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森人の詩  作者: すばる
第二章 迷い
15/49

(6)

 小夜(さよ)はペロリと舌を出した。

 差し出された蒸し菓子を一つ手に取ると、伊吹は頬張った。なるほど、小夜がおばばの十八番だと自慢するだけのものがあり、栗のほのかな甘さがちょうどよい。伊吹はペロリと平らげた。一つでも充分で、小腹がすいていた二人にとっては恰好のおやつ代わりになった。

「でも、よくばれないね。何て言って出てきたの? まさか本当に『礼を言いに言ってくる』なんて言ってきているんじゃないんだろう?」

 沸かしたてのお湯で茶を入れながら伊吹は不思議そうに尋ねた。

「――わかるか?」

「わかるよ。そんな理由、通用するわけないだろうし。下手をすれば村の人がついてきちゃうんじゃないの?」

「まあな……それは適当にな……」

 小夜は少しばかり後ろめたいのか、言葉を濁した。

「適当に?」

「う…うそは言ってきていないぞ。私はちゃんと、助けてくれた人に礼を言い行って来るというのも理由のひとつに入れている」

「いいの?」

 ここは神域だよ、と伊吹は笑った。

「お前が何を言う。伊吹こそいいのか? ここは神域だぞ」

「ぼくはいいんだよ」

「お前がよくて、私が悪いのは不公平だ」

「そんなことないよ」

「そんなことあるぞ」

 な、叉羅沙と小夜は同意を求める。

 叉羅沙はチラリと伊吹の顔を覗き見、次いで小夜の腕を伝ってするすると肩へ移動した。

「ほら、叉羅沙だって私の意見に賛成してくれている」

「叉羅沙はいつだってぼくに反抗したがるから」

「神域に入りこめば、山の神が怒って、人間を生きて外へは出さないって話だぞ」

「でも、小夜は帰れたし、今もこうやって来ているじゃない」

「それはそうだけど……」

「大丈夫なの? 本当に」

 今までの冗談口調とは異なり、いやに真面目な顔で伊吹は訊ねる。

「そうだな……大丈夫かな……」

 言われて、小夜はふと不安になったらしい。うーん、眉根をひそめて考えるようにしていたが、直に顔を上げてうなずいた。

「大丈夫だ。私は悪いことはしていない。助けてくれた人に礼を言いに来たんだ。神様も見咎めるなんてこと、しないだろう?」

 伊吹は小夜の言葉に少しばかり驚いた。

 人というものは、思いのほか信心深いことを今までの経験から、伊吹は知っていた。小夜がここに来ていることがわかれば、それこそ大事になるに違いない。小夜は二度と森へ行かせてもらえなくなるだろうし、下手をすれば、村の外へ出ることすら叶わなくなるかもしれない。

 それほど村人たちは強く信じているのだ。そして、その原因を伊吹は知っていた。


――迷い人の村、東の森に住まう神あり。何人たりとて森に入ること許されず。禁を犯さば、森の神怒りて、その者、二度と帰ることあたわず――


 小夜は伊吹がそらんじた一節を耳にして、目を大きく見開いた。

「なんで伊吹がその話を知っているんだ? それは村に伝わっている話だぞ?」

「――…」

 きゅーんと叉沙羅が伊吹の頬にすり寄る。伊吹はそんな叉沙羅の頭を左手で優しくなでてやりながら、視線は黙ったまま小夜に向けた。

「これがあったから、村の人間はここに近づかなかった。やっぱり、山神の怒りは怖いからな」

「神の怒り…か…」

 ずいぶん大げさに広まったなあと思わず伊吹はつぶやく。それを小夜は聞き逃さなかった。すかさず伊吹に問い詰める。

「どういう意味だ?」

 内心、しまったと思いながら、

「……聞いたらきっと小夜は怒るよ」

と、視線をそらした。

パチパチと火がはぜる音だけが小屋に響く。囲炉裏の炎が二人の影を壁に大きく映し出し、ゆらゆらと揺れていた。

 しばらくの沈黙の後、伊吹はようやく口を開いた。

「あの噂ね、原因はぼく」

「はあ?」

 小夜の間の抜けた声。

 伊吹になでられ、彼の膝の上で心地よさ気に目を閉じていた叉沙羅は、そんな小夜の声に驚いたのか、頭をもたげて小夜を見やる。

「――どういう意味だ?」

「うーん…」

 少しためらう伊吹。ちらりちらりと小夜をあからさまに上目遣いで見る。

「なんだ、はっきり言ったらどうだ」

「そうだねえ……」

 本当のことを言ったら、きっと小夜は怒るもの、と伊吹はもう一度ちらりと小夜を見た。

「はっきりしないやつだな」

 その言葉に、少しばかり伊吹はムッとなった。ずいっと膝を立てて小夜に近寄る。

「じゃあ、怒らないって約束してくれるね? ぼくも話すから」

「わかった、怒らない」

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