(4)
そんな、と思わず立ちあがりおばばの元へ駆け寄ろうとした。が、それよりも早く村人たちの歓声が辺りを包みこんだ。どの声も小夜が巫女になることを歓迎するものだった。
小夜は反論するきっかけを見事失い、呆然とその場に立ち尽くす。
聞いていない。そんなこと。
何も聞いていないっ。
だが、小夜には言い返すことすらできなかった。村人たちが期待に輝く瞳で自分を見つめているのを見てしまったから。新しい巫女が誕生することで、この村の安寧がこれから先も確実なものになったのだと、そう信じている姿を見てしまったから。
小夜はぎゅっと唇をかみしめる。
巫女になることが嫌なのではない。決して。
小夜はこの村のことが心から大好きだったし、自分を育ててくれた村人たちには心から感謝している。
けれど――。
約束が違う。森告げの舞いはおばばがすると――。
(するのは…今回だけ…のつもりだったのか?)
初めからおばばは、この祭りを機に巫女の座を小夜に譲るつもりだったのではないだろうか…。
だが、やはり、どうしておばばがこんなにも急いて自分を巫女にしようとしているのか、小夜にはまったく分からなかった。
おばばにはまだまだ巫女としての力がある。資格もある。一方、小夜には自分にはまだそれらがないように思えた。それなのに、どうして今このときにおばばは自分に巫女の座を譲ろうというのだろうか。こんな未熟な自分に巫女など務めることなどできようか。どうして自分に……。
だが、不安に駆られる心を村人たちに見せることは、今この瞬間から小夜には許されぬこととなっていた。駄々をこねたり、おばばに食ってかかるのは簡単だ。しかし、村人たちの前でそれはできない。さすがに小夜にもそれくらいのことは分かっていた。
小夜は意を決してすっと立ちあがり、おばばの元へと歩み寄る。そうして、村人たちの顔を見まわすと、美しい花のような笑顔を浮かべ、優雅にお辞儀をしてみせた。
「未熟ではありますが、どうぞよろしくお願いします」
よどみなく出る言葉は自分が発しているとは思えぬものだった。まるで見知らぬ誰かが自分の声を借りて述べているようにさえ思えた。自分自身が遠い存在に感じられる。
だが、小夜のそんな思いをよそに、どっとわく拍手喝采。
こうして「迷い人の村」に新たな「森告げの巫女」が誕生した――。
「どうして、そのように急く」
その夜、村長は巫女に月夜の下、静かに問うた。
巫女は月を仰ぐと寂しそうに微笑んだ。
「主にはわからぬか」
「何が」
「このままでは、小夜はいずれ消えてしまう」
長には彼女が何を言わんとしているのかわからなかった。
巫女はゆっくりと首を横に振った。
「夢見、か?」
もう一度、巫女はゆっくりと首を振った。
「――森が告げたのだよ……」
そう言葉を残すと、巫女はゆっくりときびすを返し、社へと戻っていった。
残された長は、彼女の後姿が見えなくなると、小さく息をついた。
「森が告げたのなら、それは――」
いずれ起こることなのだろう。
この村で絶対の標。
「森告げの巫女」が森より授かった言葉。
「小夜が…去る? ここから…?」
長は目を細めて月を見た。心のうちに広がる漠然とした不安を抱きしめながら――。