第5話『七ヶ月の戦争』
【巻頭詩:予言集 第10巻 第72番】
*L'an mil neuf cent nonante neuf sans mois,*
*Du ciel viendra un grand Roy d'payeur:*
*Resusciter le grand Roy d'Angolmois,*
*Avant apres Mars regner par bon heur.*
訳詩:
1999年、月を特定せず、
空から支払い人の大王が来るだろう。
アンゴルモアの大王を蘇らせ、
その前後、火星は幸福に支配する。
注釈:
1999年の「恐怖の大王」ではなく、「支払い人の大王」と読むことで、ユーロ導入や経済支配の予兆として解釈できる、という説がある。
***
## 1
ロンドン塔の正門前には、朝から警備車両が並んでいた。
空は薄曇りで、テムズ川から湿った風が吹き上がってくる。
神崎翔は、ハリー王子と並んで立っていた。
背後にはエミリー、少し離れて紗耶がノートPCを抱えている。
「本当にここに何かあるんですか」翔が低く言った。
「ある」ハリーは答えた。
「父上のメッセージにあった“次の門”というのは、宮殿の地下に続く保管庫のことだ。そこには、ル・プロフェットが王室に残した記録が眠っている」
「記録?」
「王室のスキャンダル、予言のリーク、メディアへの圧力。全部だ」
エミリーが周囲を見回した。
「今朝のBBCも、また“島の王”詩を流してる。相変わらずね」
「もう始まってるのか」翔は言った。
「ええ」エミリーが頷く。
「ル・プロフェットは、この詩を使って世論を煽るつもりよ。今日中に“王室危機”の空気を作り、その混乱をイラン戦争と結びつける」
紗耶が画面を見せた。
BBCの速報テロップが流れている。
**“Isles King” prophecy reignites debate over monarchy’s future**
(「島の王」の予言が君主制の未来をめぐる議論を再燃させる)
「最悪だな」翔がつぶやいた。
「しかも、BBCだけじゃない」紗耶が言った。
「SNSでは“No Kings”がまたトレンド入りしてる。英米で同じワードが一斉に回ってる」
「偶然じゃない」エミリーは静かに言った。
「誰かが同じ火種を、王室と大統領制の両方に投げ込んでる」
***
## 2
ロンドン塔の地下保管庫は、観光客の行列とは別の入口から入る。
ハリーが持っていた古い通行証で、四人は係員に止められずに中へ通された。
細い階段を降りるたびに、空気が冷たくなる。
壁には、歴代の文書箱が棚のように並んでいた。
「ここだ」
ハリーが鍵を差し込み、鉄扉を開ける。
奥には、古い木製の机と、封印された箱がいくつも置かれていた。
そのうちの一つに、赤い封蝋が残っている。
エミリーが封蝋を覗き込んだ。
「これは……ル・プロフェットの印よ」
翔が眉をひそめた。
「王室の保管庫に、どうしてその印が?」
「昔からよ」
ハリーの声は低かった。
「王室の内部には、予言を管理する役目を負った連中がいた。父上はそれを嫌っていたが、完全には切れなかった」
紗耶がPCを開いた。
「この箱、スキャンしていい?」
「頼む」エミリーが答えた。
紗耶は手早く箱のラベルを読み上げる。
「“1999年7月関連文書”……“英国王室とメディアの接触記録”……“中東危機対応案”……」
翔が顔を上げた。
「全部つながってる」
「ええ」エミリーは頷いた。
「1999年のユーロ導入、JFK Jr.墜落事件、英王室の予言詩、そして今のイラン戦争。全部、この保管庫の記録で一本になるわ」
ハリーが箱の一つを開けた。
中から出てきたのは、古いファクスの束だった。
「これは何です?」翔が覗く。
「1999年7月の危機対応案だ」ハリーが言った。
「“予言による注目が集まる間に、経済の実務を先行させる”……」
エミリーがその一行を読む。
「やっぱりね。予言を“実務の隠れ蓑”にしてる」
翔は、紙の端に書かれた日付を見た。
1999年1月1日。ユーロ導入。
その横に、赤字でこうあった。
「“支払い人の大王”を先に印象づけよ。
恐怖の言葉は、後からでも十分に流通する。」
翔は息を呑んだ。
「つまり、ユーロの予兆として“恐怖の大王”じゃなく“支払い人の大王”を先に置いていた?」
「その可能性が高いわ」エミリーが答えた。
「けれど、世間に流れたのは派手な『恐怖の大王』。経済支配の話より、世界終末のほうが売れるから」
「売れる?」
翔が聞き返す。
「予言は情報商品なの」
エミリーは冷静に言った。
「不安が強いほど、解釈は売れる。ル・プロフェットはそれを知っていた」
***
## 3
そのとき、上階から鈍い振動が伝わってきた。
小さな衝撃ではない。建物の外がざわついている。
紗耶が耳をすませた。
「……声がする」
ハリーが扉の隙間から覗く。
「No Kingsのデモだ。ロンドンにも波及している」
翔が驚く。
「ここまで来てるのか」
「ええ」ハリーが答えた。
「王室への不信は、今や大西洋をまたいでる。アメリカでトランプへの抗議として始まったものが、英国では王室批判に変わっている」
エミリーが静かに言った。
「これも、ル・プロフェットが望んだことよ。王室と大統領制を同時に“不安の記号”として扱わせる。そうすれば、予言の詩がもっと使いやすくなる」
そのとき、紗耶のPCに速報が入った。
**イラン方面で新たな空爆の可能性。
英軍、米軍との連携を継続。
国連、停戦を要請。**
「まだ続くのか……」翔は顔をしかめた。
「続くわ」
エミリーが即答した。
「七ヶ月の戦争にするつもりだから」
翔が振り向く。
「七ヶ月?」
エミリーは、あの三首を思い出したように言った。
「“七日”の星は、実際の戦争の短さを示すんじゃない。むしろ、連鎖の始まりを示している。ひとつの戦争が、ひとつの王室不信が、別の戦争を呼ぶ。七ヶ月かけて世界を巻き込む、という意味で読める」
「なるほど」翔はつぶやいた。
「戦争の長さを言ってるんじゃなくて、拡大の速度を言ってるのか」
「そう」
エミリーはうなずいた。
「だから“七ヶ月の大戦争”なのよ。最初は小さな火種でも、七ヶ月で世界を覆う」
ハリーが机の箱を閉じた。
「父上も、そう読んでいた。だから原本を公にしたかったんだ。予言が武器になる前に」
翔は拳を握る。
「でも、まだ遅くない。今からでも止められる」
「どうやって?」紗耶が聞く。
「まず、記録を全部コピーする」
翔は言った。
「王室の内部で何が起きていたかを、世界に出す。ル・プロフェットが詩をどう使ってきたかを、はっきり見せるんだ」
エミリーは短く頷いた。
「その通り。予言の意味を争うより、“どう使われたか”を見せるほうが効く」
***
## 4
作業は急いで行われた。
紗耶が文書をスキャンし、エミリーが要点を仏語で整理し、翔が日本語の説明文をまとめる。
ハリーは王室関係者への連絡を担当した。
しかし、その最中に、机の奥から一冊の薄い手帳が見つかった。
表紙には、鉛筆でこう書かれている。
**8月12日 / ロンドン塔 / 門は開く**
翔は手帳を開いた。
中には、簡単な箇条書きが並ぶだけだった。
- 島の王を失わせる
- 支払い人の大王を再び印象づける
- 東の火を西の恐怖に変える
- 予言は完成する
「これは……」翔が呟く。
「予言じゃなくて、計画書だ」
「そうよ」エミリーの声は冷えた。
「予言を装った作戦計画。ル・プロフェットは、ノストラダムスを未来の詩人として使ったんじゃない。都合のいい計画書として使ったの」
ハリーが顔を上げた。
「この手帳、父上は見たことがない。つまり、塔の内部にまだ協力者がいる」
「内通者が?」紗耶が言った。
「ええ」
「そして、たぶん今もここにいる」
空気が一段、重くなる。
翔はゆっくりと周囲を見た。
地下保管庫の壁、箱、扉。
誰かが見ている気配がする。
そのとき、上から足音が響いた。
複数だ。かなり急いでいる。
「来る」ハリーが低く言った。
「父上に知らせる前に、見つかったらしい」
紗耶がPCを閉じる。
「データは全部コピー済み。あとは送信だけ」
「送れ」エミリーが命じた。
「今すぐ」
紗耶はEnterを押した。
データが、外部サーバーへ流れていく。
その瞬間、地下扉が強く叩かれた。
「開けろ!」
男の声。
英国訛りだったが、どこか不自然に硬い。
ハリーが短く息を吸う。
「……来たか」
「誰です?」翔が聞く。
「塔の保安責任者だ」
ハリーは答えた。
「でも、あれは父上の命令系統じゃない。ル・プロフェット側だ」
扉が再び叩かれる。
金属が軋んだ。
「時間がない」
エミリーが翔を見る。
「翔、あなたが持って。これが今回の証拠よ」
彼女が差し出したのは、ユーロ導入と予言操作が並んだ一枚のファクスだった。
翔はそれを受け取る。
「世界に出す」
「ええ」
「でも、今は逃げるのが先」
ハリーが別の出口を指した。
「非常通路がある。こっちだ」
四人は地下保管庫を抜け、狭い通路へ走った。
背後で扉が破られる音がした。
***
## 5
ロンドン塔の外へ出たとき、広場には既に人だかりができていた。
No Kingsの旗。
王室批判のプラカード。
それに混じって、イラン戦争反対の標語が揺れている。
NO KINGS
NO WAR
STOP THE PROPHECY
(王はいらない
戦争はいらない
予言を止めろ)
「すごい混ざり方だ」紗耶が息を切らす。
「混ざるように仕組まれてるのよ」エミリーが言った。
「予言の言葉は、王室批判にも、反戦にも、経済不安にも全部使える。便利すぎるの」
翔が広場を見た。
人々は誰かに怒っている。
けれど、その怒りの対象は毎回少しずつ変わっていく。
「つまり、ル・プロフェットは怒りの向き先を変えてるんだ」
「そう」
エミリーが頷いた。
「王に向かう怒りを、戦争に。戦争への怒りを、制度に。制度への怒りを、予言に。そうやって一つの火を長く燃やすの」
ハリーが静かに言った。
「父上は、そこを止めたかった」
その言葉の直後、翔のスマホが震えた。
送信したばかりのデータが、世界各地の端末に拡散し始めた通知だった。
**BREAKING: Royal archives reveal possible prophecy manipulation**
(速報:王室の記録文書から予言操作の可能性が明らかに)
紗耶が目を見開く。
「出た!」
「よし」翔は言った。
「これで少しは止まる」
しかし、エミリーは首を振った。
「いいえ。止まらないわ。向こうも動く」
その言葉通り、広場のスクリーンに新しい映像が流れた。
イランでの爆撃映像。
そして、その隣に、BBCが特集する“島の王”詩の見出し。
同時に、音声が被さる。
*“The prophecy is being fulfilled.”**
(予言は成就しつつある。)
「始まる……」
ハリーが呟いた。
「何が?」翔が言う。
エミリーの顔が硬くなる。
「次の段階よ。
今度は、予言そのものを“実行した”ことにして、戦争を止められなくする」
***
## 6
その夜、四人は塔の外れにある仮設の控室に戻った。
デモの喧騒はまだ続いている。
エミリーが言った。
「今夜中に、チャールズ国王の声明が出るわ。ル・プロフェットはそれを利用して、王室危機と戦争を一本の線にするはず」
「じゃあ、どうするんですか」紗耶が聞く。
「次の一手を打つ」
ハリーが即答した。
「父上に、今夜の声明で“島の王”詩を否定してもらう。予言としてではなく、捏造された政治文書として」
翔はうなずいた。
「そして、イラン戦争のほうも、予言の成就じゃなくて工作だと示す」
「そう」エミリーが言う。
「“七ヶ月の大戦争”を、ただの予言じゃなく、計画された連鎖として暴く」
そのとき、ハリーの携帯が鳴った。
王室回線だった。
彼は短く応答し、顔色を変えた。
「父上が、今夜声明を出す。だが条件がある」
「条件?」翔が聞く。
ハリーは通話を切り、低い声で言った。
「“ロンドン塔の内部記録が本物である証拠”を、映像で見せろと」
紗耶が顔を上げる。
「できる。さっきのスキャンデータ、まだ残ってる」
エミリーが頷いた。
「なら、出せるわ。これでチャールズ国王自身が、予言操作を否定する」
翔は深く息を吸った。
「いよいよだな」
「ええ」
エミリーは窓の外を見た。
ロンドン塔の上に、重い雲がかかっている。
「でも、忘れないで。ル・プロフェットは、予言を壊されると次に“事件”を起こす。8月12日まで、まだ終わりじゃない」
翔は頷いた。
「それでも、進むしかない」
***
## 7
夜半、チャールズ国王の声明がテレビ各局で同時放送された。
王は、落ち着いた声でこう述べた。
「ノストラダムスの詩は、長年にわたり政治的に利用されてきました。
私は、“島の王”の詩を王室の運命として受け入れません。
むしろ、それが王室と社会を分断するための道具になってきたことを認めます」
画面の向こうで、群衆がざわめく。
No Kingsのデモも、一瞬だけ静かになった。
翔はモニターを見つめた。
「これで変わるかな」
エミリーは首を横に振る。
「半分だけね。けれど半分でもいい。予言を“真実”ではなく“利用された言葉”として見せるのが大事だから」
紗耶が呟いた。
「でも、向こうはもう次を準備してる」
その通りだった。
世界のニュース画面に、同時に新しい見出しが出る。
**Iran strike intensifies.
Possible seven-month conflict feared.**
(イランの攻撃が激化。
7カ月に及ぶ紛争の可能性が懸念される。)
「七ヶ月の戦争……」翔が低く言った。
「いまから始まる」
エミリーは答えた。
「正確には、始めようとしている」
ハリーが立ち上がった。
「明日、私は国連へ行く。父上の声明を受けて、英王室としてイラン停戦を求める」
「なら、私たちは?」紗耶が聞く。
「追う」翔が答えた。
「ル・プロフェットの本拠地へ」
部屋が静かになる。
エミリーだけが、少しだけ目を伏せた。
「イランの本部ね。ノストラダムスの“真の原本”があると言われている場所」
翔は頷いた。
「黒木教授の言葉を回収しないと」
その名を口にした瞬間、皆が黙った。
師の顔が、しばらく誰の頭にもよぎった。
エミリーが静かに言う。
「黒木先生が残したのは、原本だけじゃない。
“予言は武器になる”と知った私たちが、どう扱うかという問いよ」
翔は天井を見上げた。
答えはまだ出ていない。
だが、進むしかない。




