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過労死転生の悪役令嬢、学食で飯テロざまぁします  作者: 秋月 もみじ


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第8話 味の分からない人に、料理を出す義理はありません


 学園の大広間は、いつにも増して厳粛な雰囲気に包まれていた。

 隣国の使節団がヴァイスベルク王国を訪問するということで、学園公式の晩餐会が催されたのだ。王国の実力ある貴族の令嬢たちが、その腕前を披露する──そういう晴れ舞台である。


 本来であれば私も招待されるはずだった。

 だが断罪宣告を受けた者に、そのような場所はない。私は調理室に隠れ、黙々と仕込み作業をしていた。


 人参をみじん切りにする。玉葱を薄切りにする。音一つ立てずに、只々その作業を繰り返す。刃の先端がまな板に触れるか触れないかという微かな音だけが、調理室の沈黙を満たしていた。


 それが、社畜時代の私に与えられていた「仕事」だった。配置転換。左遷。降格。毎度同じだった──「やること」を与え、「その他」を与えないことで、人を消す。


(今も同じだ)


 しばらく前、断罪宣告を受けた。婚約破棄。貴族社会からの除外。学園の正規の行事からの排除。その一つ一つが、社畜時代と同じ「消す」という儀式だった。


 だから、私は笑顔で受け入れた。もう一度、消えてやろうと思った。


「お嬢様、ご覧になりませんか?」


 ベルタ先生は、大広間の様子を見に行くよう勧めてくれたが、私は首を横に振った。


「こちらで仕事をさせていただきます。誰かが厨房に置き忘れた食材の整理が──」


 嘘ではない。ただ、自分を貶める言葉を添えるだけで、誰もが納得する。その程度のことは、社畜時代に身に付いていた。


 ベルタ先生は、私を見つめた。その目には、何か悟るものがあったのだろう。だが、先生は何も言わなかった。只々、「そうか」と呟いて、自分も厨房に残った。


 その沈黙は、やさしかった。何も言わない。何も問わない。ただ、一人にはしない──そういう沈黙だった。


 社畜時代には、そういう沈黙をくれる人間は誰もいなかった。誰もが評価し、裁き、貶めた。その中で、私は食べることすら忘れていった。


 だから、今この瞬間が、あまりにも貴重に感じられた。


 そこへ、妙な喧騒が聞こえてきた。


 大広間からの悲鳴。盤が落ちる音。「医師を呼べ!」という叫び声。


 その声の響きは、食堂の倒産宣告と同じだった。パニック。混乱。その渦の中で、何が起こったのかを知ろうとする声たちが、重なり合う。


 私は手を止め、耳を澄ました。


「何が起きています?」


 ベルタ先生も顔色が変わった。学園の使用人が駆け込んできた。その額には、細かい汗が浮かんでいる。


「ミランダ・セルヴァーニ令嬢の作られた薬膳が、何かおかしいと──魔力の暴走の兆候が出ている方がいるそうです」


 その言葉を聞いた瞬間、私の背骨が凍った。


 ああ、そうか。


 その瞬間、全てが分かった。あの時、私が立ち去った後、ミランダはレシピを盗み見ていた。だがあの子は、薬膳の本質を理解していない。食材の組み合わせ、魔力の相性、体質の個差──それらを考慮せずに、ただレシピの形だけを真似するのだ。


(完全に間違える。魔力同士が衝突する組み合わせだ)


 私は既に分かっていた。その食材の組み合わせは、相乗作用で魔力を増幅させる。正しい配合でなければ、魔力の暴走は避けられない。


 薬膳料理とは、食材そのものが持つ魔力のバランスを整える芸術だ。一つの食材が持つ「温」の魔力。別の食材が持つ「冷」の魔力。その二つが完璧に調和する時、初めて人の体を癒す。


 だが、完璧な調和を欠くと、どうなるか?


 二つの魔力が体内で衝突し、互いに増幅される。それは、毒と同じだ。いや、毒よりもたちが悪い。毒は、一度の中毒で終わるかもしれない。だが、魔力の衝突は、その人の全身の魔力経路を破壊する可能性がある。


 つまり、ミランダがやったことは、隣国の使節に対する暴力と同じだ。いや、暴力よりも悪質な──それはテロ行為だ。


 私の思考は、その瞬間に宙を切った。


 ベルタ先生の目が、私を探した。


「リゼット。お前の出番だ」


 私は手を洗い、走った。


---


 大広間は混乱に陥っていた。


 隣国の使節の一人が椅子に倒れ込み、額から汗を流している。その額には、か細い魔力の筋が走っていた。体内で、正と負の魔力が衝突している状態だ。


 医師たちは、右往左往していた。何をしてよいか分からずに、詩集を嗅がせたり、冷たい布を当てたりしている。だが、それは全て無意味だ。この状態は、魔力の衝突による内的な崩壊である。物理的な医療では対応できない。


 ミランダは蒼白になって立ち尽くしていた。その横には、私の「白銀のデザートスープ」のレシピ帳がそっと置かれている。


(見張られていたか。盗みの現行犯だ)


 だが、それは後だ。今は目の前の患者が優先だ。


 人命が、その前にある。言い訳は、後でいくらでもできる。


「調理室から鎮静系の食材を持ってきてください。特に冷えた乳製品と、甘い実。速度が重要です」


 私は迷わず指示を出した。医師よりも早く、ベルタ先生が了解の頷きをくれた。


 十分で、解毒に近い簡易薬膳が完成した。


 白い液体。冷たく、甘く、微かに酸っぱい。正しい配合の薬膳である。


 その液体の中には、複数の相反する魔力が含まれている。ミランダが作った薬膳の「温」の魔力を中和するための「冷」。その「冷」を優しく包み込むための「甘さ」。そして、それら全てを調和させるための微かな「酸」。


 五感で分かる「味」は、実は、魔力が発した「声」に過ぎないのだ。


 その料理を口にした瞬間、使節の顔色が戻り始めた。額の魔力の筋が、ゆっくりと薄くなっていく。体内の正と負の魔力が、もはや衝突することなく、調和を始めたのだ。


 その様子を見ながら、私は静かに祈った。


(助かってくれ。お願いだから)


「……どうなっているのですか?」


 アルヴィン殿下が、静かに尋ねた。


 私は膝を屈した。


「ミランダ令嬢の薬膳に誤りがありました。食材の相性を無視した配合です。魔力の衝突を引き起こす危険なものでした」


「誤り。では、あなたが持ってきたこれは?」


「これは正しい配合の薬膳です。同じ材料でも、組み合わせと分量が異なれば、毒にも薬にもなります」


 部屋は静寂に包まれた。


 そこへ、フェリクス殿下が立ち上がった。琥珀色の瞳が、私を見つめている。その顔には、怒りではなく、何か別の感情が隠れていた。


「………………」


 フェリクス殿下は、ゆっくりと歩み寄った。そして、静かに、はっきりと言った。


「ミランダ・セルヴァーニ嬢。味も分からず、料理人の才能も理解できない者が、他者の仕事を盗む。その行為は、何に値しますか?」


 それは、質問ではなく宣告だった。


「味の分からない人に、料理を出す義務はない。同様に、料理を出す義理もない」


 フェリクス殿下の声は低かった。だが、その言葉の重さは、部屋全体を圧倒した。


 それは、単なる怒りではない。それは、一個人の料理人としての尊厳を、貴族として守る宣言だった。


 ミランダの顔は土色になった。彼女は、何が起こったのか理解していない。自分がした窃盗。自分の無能さによる誤った配合。そして、その誤りがもたらした人命の危機。その全てが、今、彼女の上に落ちてくる。


 アルヴィン殿下の顔も、微かに強ばっていた。自分の國の貴族がやったことを、隣国の王族に糾弾されたのだ。外交的な失態である。


 そして、フェリクス殿下は私の方に顔を向けた。


「リゼット・ヴァルム。お前の腕前は、学園の枠を超えている」


 銀灰色の髪が、揺れた。


「ヴァイスベルク王国よ。聞け。我が国は、この方を我が国の宮廷料理顧問として正式に迎えたい。異議があるか」


 その言葉に、大広間は色めきだった。


 アルヴィン殿下の顔が、微かに強ばる。


 宮廷料理顧問。それは単なる料理人ではない。王族の食に関わる一切を司り、王族の健康と面目を守る職位だ。


(そんなこと、できません)


 だが、言葉は出なかった。フェリクス殿下の目が、私にだけ向かっていたからだ。


「リゼット・ヴァルム。我が国で、お前の才を開花させないか」


「宮廷料理顧問……それは、どういう意味ですか?」


 私の声は、か細かった。


 その職位が何を意味するのか、私は知っていた。王族の食を司る者。王族の体と心を支える者。つまり、王族に最も近い存在だ。


 フェリクス殿下は微かに微笑んだ。その笑みの中には、何かが隠されていた。


「……来てくれたら、わかる」


 その言葉が、私の全てを揺るがした。


 誰かに欲される。そういう経験は、社畜時代の私には決してなかった。自分の価値は、能力だけだった。その能力が尽きた瞬間に、人生は終わる──そう信じていた。


 だが、今、それが揺らいでいた。

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