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過労死転生の悪役令嬢、学食で飯テロざまぁします  作者: 秋月 もみじ


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3/10

第3話 本日のおすすめは行列の先にあります


「並んでるんですけど、あと何分ですか?」


 学園食堂にそんな台詞が飛ぶ日が来るとは思わなかった。


 社畜亭、開店一週間。客数は初日の一名から、五名、十二名と増え続け、今日は調理台の前に二十人以上の列ができている。きっかけは三日目に来た平民出身の一年生トーマスが、魔法の授業で「急に魔力が安定した」と教師に報告したこと。それが口コミで広がった。

 噂というのは、この世界でも最強の広告媒体らしい。


「リゼットさん、今日は何がありますか!」


 トーマスが目を輝かせて列の先頭に立っている。毎日来る。開店と同時に来る。定時出勤の鑑だ。


「今日は琥珀のコンソメと、深碧のポタージュの二品です。コンソメは集中力増強に効果がありますから、試験前の方にお勧めですよ」


 琥珀のコンソメ。魔鶏の骨付き肉と三種の香草を六時間かけて煮出した澄んだスープだ。表面に浮かぶ油の粒が琥珀色の光を弾いて、器を傾けるとゆらゆらと金色の波紋が広がる。

 一口含むと、まず鶏の旨味が舌の中心に来る。遅れて香草の爽やかさが鼻に抜け、最後に魔素が喉の奥でじんわりと温かく溶ける。飲んだ瞬間に背筋が伸びる——集中力増強の効能は、飲めば体感でわかる。


「うわ、美味しい……頭がすっきりする……」


 トーマスが器を両手で包むように持って、大事そうに飲んでいる。この子の魔力量は学年で最下位だと聞いた。平民出身で家庭教師もつかず、入学してから授業についていけない日々が続いていたらしい。

 私のスープで、少しでも楽になるなら。


(——いけない。「誰かのために」は考えないって決めたのに)


 列を捌きながら、ちらりと食堂の奥を見る。いつもの席に、いつもの銀灰色。フェリクス殿下は今日も開店と同時に来て、奥の隅の席で黙々とスープを飲んでいた。毎日。判で押したように同じ席に座り、同じように味わい、同じように銀貨を置いて帰る。

 常連だ。完全に常連。前世のカフェの常連と同じ匂いがする——コーヒーの。じゃなくて、習慣の。


 行列の向こう側で、見慣れない顔が覗いていた。

 アルヴィン殿下の取り巻きだ。名前は知らない。いつも殿下の周りにいる貴族の子息たちが三人、遠巻きにこちらを見ている。


「なぜだ。なぜ悪役令嬢ヴァルムの店にあれだけの人間が並んでいる」


「知らん。スープが美味いらしい」


「スープで? たかがスープで?」


 聞こえている。食堂は声が響くんですよ。

 彼らの困惑が、少しだけ——ほんの少しだけ——心地よかった。たかがスープ。そう、たかがスープだ。でもそのスープを、あなたたちの殿下は三年間、見向きもしなかった。


(……これはざまぁ感情じゃない。ただの事実確認。事実確認ですからね、私)


 午後になって、もう一つ嬉しいことがあった。

 先日フェリクス殿下が差し入れてくれた隣国産の赤い香辛料を、ポタージュに少量加えてみたら、魔力回復効果が二割ほど上がった。殿下は味見をして「興味深い変化だ」と言ったきり、五分ほど黙って匙を眺めていた。あの人の「興味深い」は、たぶん一般人の「すごい!」に相当する。

 しかし赤い香辛料の正式名称を聞いたら、この世界の言語で十八音節もある名前だった。私のレシピノートには「赤いやつ」と書いてある。フェリクス殿下がそれを見て、初めて——本当に初めて——小さく笑った気がした。口元が動いただけだけど。


「リゼットさん、おかわりいいですか!」


 トーマスの声で我に返る。この子は本当に美味しそうにスープを飲む。頬が赤い。魔力の巡りが良くなっている証拠だ。

 列に並んでいた上級生が、トーマスの顔色を見て「あの子、先月まであんなに血色良くなかったぞ」と囁いているのが聞こえた。

 効果が目に見える形で出ている。これ以上の広告はない。


 閉店間際だった。

 列が途切れて、最後の客にスープを渡した後、視界の端に揺れる影があった。

 赤い髪。ミランダ・セルヴァーニ嬢。

 彼女は客として並んだわけではなかった。食堂の柱の陰から、私の調理台を——いや、調理台の上に置いてあるレシピノートを、じっと見ていた。

 私は閉店作業をしながら、わざとノートを開いたまま拭き掃除をした。見たいなら見ればいい。レシピを読んだだけで再現できる料理じゃない。温度管理と食材の見極めは、知識と経験がなければ不可能だ。

 前世の会社でも、企画書をコピーされたことは何度もある。でも中身を理解しないまま上にプレゼンした同僚は、質疑応答で必ず沈んだ。


 ミランダ嬢の指が動いた。小さなメモ用紙に、何かを書き写している。

 レシピの分量と食材名。たぶんそれだけだろう。肝心の温度帯と魔素の変性ポイントは、ノートには数字で書いていない。私の頭の中にしかない。


(コピーしたければどうぞ。でも——味は、コピーできませんよ)



 翌朝、社畜亭の調理台に花が置かれていた。

 名前の知らない野花が三本、水を張った小瓶に挿してある。隣に紙が一枚。


『昨日のスープでテストの点が上がりました。ありがとうございます。——一年トーマス』


 くしゃ、と顔が歪んだ。泣いてない。泣いてませんから。

 前世では、感謝の手紙なんて一通ももらわなかった。退職の日も、メールが一通来ただけだった。「引き継ぎ資料の場所を教えてください」。それだけ。


 花瓶を調理台の端に置いた。邪魔にならない場所。でも、目に入る場所に。

 今日も定時開店。今日も定時閉店。


 スープを仕込みながら、私はふと思った。


 ——誰かのためにじゃない。自分のために作っている。

 でも、その「自分のために」が誰かの役に立ってしまうのは、もう止められないのかもしれない。


 食堂の入口に、銀灰色の影が定位置に座る気配がした。

 今日も彼は、何も言わずに琥珀のコンソメを注文するのだろう。


 閉店作業を終えて、ベルタ先生——学園の料理教師で、唯一私の腕を認めてくれた人——が通りがかりに声をかけてきた。


「リゼット。繁盛しているようね」


「おかげさまで。先生のおかげで調理台を使わせていただけて」


「一つだけ、気をつけてね」


 ベルタ先生の声が、少しだけ硬くなった。


「学園の食堂使用規則、覚えている? 正規の食堂以外での飲食営業は、学園長の許可が必要なの。今は黙認されているけれど——正式に問題にされたら、私にも庇いきれない」


 背中に冷たいものが走った。でも一瞬だけ。

 前世でも、ベンチャー企業の友人が「コンプラは後からついてくる」と笑っていた。実績を出せば、規則は追認される。結果が全てだ。

 ——と、あの友人の会社は半年後に潰れたのだけど。


「気をつけます。ありがとうございます、先生」


 先生は心配そうな目で頷いて去っていった。


 そしてミランダ嬢のメモ紙は、いずれどこかで火種になる。

 その予感と、ベルタ先生の忠告が、スープの湯気の向こう側で、静かにくすぶっていた。

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