第5話 嵐、来たる
「「記憶が……ない⁉︎」」
瑞稀と秋の声が重なって、辺りに響き渡った。
前を歩いていた子連れの女の人や、鞄を持って何やら電話をしながら歩いていたサラリーマンの人ですら振り返るような声量であった。
二人は自分たちが大声で叫んだことを恥ずかしく思ったのが、急いで両手で口を塞いだ。
「お前ら! 声でかい!」
「ごめんごめん」
秋が怒る俺に平謝りすると、茜の方を向き直った。
「記憶がないって……じゃあ、拓翔と遊んだりしてた記憶もないってことか?」
秋が茜にそう聞くと、茜は静かに頷いた。
そこからは、秋と瑞稀による質問の嵐であった。
こいつらは茜とあったことのないはずだが、どうしてこんなにポンポンと質問が出てくるのだろうかと不思議に思った。
まぁ、昔は俺が毎日のように二人に茜のことを話していたのだ。知っているに決まってる。
茜のいない悲しみを二人にぶつけていただけなのだが……二人はしっかりと覚えてくれていたのか。
今まで、二人を本当の友達だとは思わず、深く関わろうとしなかった自分に心底腹が立った。
「そろそろ行かないと、入学式に遅れるぞ」
茜に質問攻めをしている二人を静止した。
そうだ、今日は入学式なのだ。入学早々遅刻だなんて、先生のブラックリスト入り確定だ。
「……そうですね……じゃあ……行きましょうか……」
二人に質問攻めにされて疲れたのか、覇気の無い声でそういった。
瑞稀と秋は「仕方ない」と言って、先に二人で学校へと歩き始めた。
残された俺と茜も、二人の後を追うようにして歩みを進めた。
「さっきは悪かったな。二人が迷惑かけて」
隣を歩いていた茜を見ながら優しく、つぶやくようにそう言った。
すると、茜はパッと顔を上げ、ほんのりと頬を赤ながら俺に返答を返した。
「い、いえ⁉︎大丈夫です……その、急に迫られてその……緊張してしまって……」
茜は俺から顔を背けた。
けれど、茜の耳までもが赤く染まっているのを俺は見逃さなかった。
それほどまで二人に迫られて緊張したのだろうか。
謙虚でおとなしいく、少々恥ずかしがり屋な茜を見て、昔と変わってしまったことを少し寂しくなりながらも、可愛らしいなと思ってしまった。
* * *
「お、見えてきたな」
数分ほど歩くと、目の前に学校の校舎が見えてきた。高校を見て、感嘆の声を漏らした。
校舎は俺の母校の中学とは比べ物にならないくらい大きかった。
校門へと続々と生徒が流れ込み、まるで掃除機に吸われる塵のようだった。
「これから入学式だけど、ちゃんと身だしなみは大丈夫か?」
三人に向けてそう言い放つと、みんな自分のネクタイやリボンを直し始めた。
中学まで学ランだったせいで、まだ慣れきっていないネクタイをもう一度締め直し、校門の中へと入っていった。
中へと入ると、上級生らしき人たちが「ご入学おめでとうございます」という掛け声と共に、深くお辞儀をして俺達新入生を見送っていた。
すると、一人の少女の人影が茜へと向かってきていた。
「入学おめでとう! 茜!」
その人物は、こちらへと向かってくるなり、長い茶髪を靡かせながら茜へと飛びかかるように抱きついた。
俺達三人は、状況が飲めずに固まってしまった。
誰なのだこの女の子は。俺は少し警戒の体制をとった。
「ありがとう。晴美お姉ちゃん」
茜は、抱きついてきたその子を抱きしめ返した。
……? お姉ちゃんだと?
記憶を辿る限り、茜には姉はおろか、兄弟の一人もいなかったはずである。
「茜のお友達? 茜の姉の間宮晴美です。よろしくね」
茜の姉、晴美さんは茜からパッと離れて俺たちの方を向きながらお辞儀をした。
第一印象、なんだか天然の混じったような、ふわふわとした人であった。
「よ、よろしくお願いします……?」
戸惑いながらも、晴美さんにお辞儀を仕返した。
晴美さんは、「入学式の担当で準備だから自己紹介はまたねー!」などと言い残し、走って廊下の先に消えていった。
嵐みたいな人だな。と、瑞稀と秋と話していると、茜が俺たち三人の方をくるりと振り返った。
「すみません。急に私の姉が騒いでしまって……」
茜は、申し訳なさそうに、少し俯きながら俺たちに謝罪を述べた。
「いや、全然大丈夫だ。むしろ緊張が吹っ飛んだからな」
茜に半歩近づいて、微笑みながらそういった。
すると茜は、顔を上げて、優しく微笑みながら「ありがとうございます」と、俺たち三人に向けて言った。
その顔は、顔立ちや性格、髪型までもが変わってしまっていても、どこか茜らしい雰囲気を残していた。
すると、またもや瑞稀と秋が内緒話を始めた。
「ねぇ秋! 茜さんめっちゃ可愛いんだけど! 私負けちゃうって!」
「あぁ。そ、そうだな瑞稀。……確かにあれはやばいな……」
なんて言ってるのかは聞き取れなかったが、二人は俺たちの方をチラチラと覗いていた。
一体どんな会話をしているのだろうか。気になって仕方がない……
「やっぱり、あのお二人は仲がいいんですね。雨宮さん」
茜が、俺の隣に並び、二人を眺めて笑みをこぼしている。
そんな姿が、どこか綺麗であった。




