第1話 命日ぐらいは人助け
中学を卒業してすぐの日、俺は新幹線に揺られながら東京へと向かっていた。
綺麗な風景を見ながらひじ掛けに肘を立て、何をするわけでもなくぼーっとしていた。
小4のあの日から何をするにも気力がわかず、以前のようにゲームに熱中することもなくなってしまった。
それはそれとして、なんで東京へ向かっているのかというと、俺の春から通う高校が東京にあるからだ。
そして何より、茜の墓が東京にあるからだ。
さらに、俺が東京へと上京する今日は茜と、茜の両親の命日なのだ。
今までは時間の都合や、お金のせいで東京には行けなかったが、東京の高校に進学することになったので、ようやく茜と茜の両親の墓参りに行ける。
俺は、茜を失ってからの五年間で、最も最高の気分にいた。
そう、それにしてもあれから五年の歳月が経とうとしているのだ。
俺は手帳に挟んだ茜の写真を眺めて、少しうっとりする。
正直、これがどうしようもない程に気持ちが悪く、普通の人間の沙汰ではないことぐらい、俺が一番理解している。
昔の女の子のことを忘れられず、ずっと執着し続けている。もう、茜はいないというのに……
はたから見れば小学生女児の写真を見ながらニヤニヤしている犯罪者予備軍として映るだろう。
だけど、それでもやはり茜を忘れることができないのだ。
* * *
そのまま数時間、俺は新幹線に揺られ続けた。
街並みも、長閑な住宅街から、高いビルが立ち並ぶようになってきた。
こんなビルを見たのも、これまでの人生で数回程度なので、窓に釘付けになていた。
行き交う人々、こんなにも大勢の人がいるところを、見たことがなかった。
数分して、俺の目的の駅へと電車は到着した。
地元の駅にはないような最新設備。休日のせいか、駅には大勢の人がいた。
地元の駅なんて、休日でも人がいればよいという程度なのにな。
そんなところに住む俺からすれば、この景色は特異なのだ。
この駅で乗り換えるので、階段を下り、スマホに表示されている、案内の通りに進んで行く。
俺は、新居よりも先に茜の墓参りに行くと決めていた。
人ごみをかき分け、ホームへと向かおうとしたとき、何やら困って立ち往生している、同年代ぐらいの女の子がいた。
いつもなら無視して通り過ぎるところだが……茜の命日ぐらい、何か善良なことをしようと思い、その女の子に声をかけた。
「なにか、お困りですか?」
そう尋ねると、その女の子は驚いて一歩後ずさりをした。
「あ! いや、なんだか困ってるように見えたので……」
警戒されたと思い、弁明をする。
その女の子は、長い黒髪で、落ち着いたような雰囲気があり、茜とは正反対な子だった。
だが、何やら引き付けるものがある。俺はこの子を助けなきゃいけない。
自分勝手だが、なんだかそう思うような気がしたのだ。
「あ! す、すみません! 別に警戒してたわけじゃなくて……少し驚いてしまったというか」
なんだか、少しほっとした。
これで、セクハラとか言われて通報されなくてよかった。
話を聞くとどうやら道に迷っているみたいだ。
ここら辺の地理はわからないので、断ろうとしたが、目的地は俺と同じ墓地であった。
「いつもは別の駅で降りているんですが乗り過ごしてしまって……」
ということなので、俺はそのままその女の子と一緒に墓地へ向かうことにした。
ホームで横に並ぶと、特に話す話題もないので二人ともだんまりを決め込んでいた。
数分ほど気まずい空間が流れ、お互い何か話すわけでもなくホームに電車が到着した。
「乗りますか」
その子に優しく、気持ちの悪くない程度にそう言うと、その子は静かにうなずいた。
やはり、駅同様に電車内も人が多く、どこも席は空いていない状況であった。
俺とその子はつり革につかまって隣り合わせになるようにして立っていた。何を話す訳でもなく、静かに並んで立っていた。
時々聞こえるのは他の乗客たちの話声や、駅に着く前後に流れる社内アナウンスのみだ。
そんな状況に耐えかねた俺は、ようやく口火を切った。自分から最初話しかけていたのにも関わらず、だんまりというのはいただけなく思ったのだ。
「えっと……名前ってなんていうんですか?」
俺は、その子に向かって微笑みながらそう問いかけた。
女性経験など皆無なので、この質問でいいのか。将又、道案内をしただけなのにも関わらず、こんな馴れ馴れしく話しかけても良かったのだろうか。
頭の中で、様々な思考が廻った。
だが、そんな考えとは裏腹に、彼女は優しく微笑んで俺の方を向いてくれた。
「間宮茜と言います。春から高校生です」
俺は彼女の名前を聞いて、体に稲妻が走ったような感覚に見舞われた。
いや、別に茜と名前が同じなだけだ。それに、この子は茜の面影なんて一つもない。
茜なんて名前は日本にはありふれているものだ。大体、学校に一人はいるレベルで。
俺はただの思い込みだと心の内に茜のことはしまい込み、間宮さんに話しかけた。
「間宮さんね。俺は雨宮拓翔。雨宮って呼んでください。俺も、春から高校生です」
俺は間宮さんに「よろしく」と軽く会釈をした。
その後は、特に話すこともなく、もう一度沈黙が続いた。
先ほどの自己紹介から電車は二駅ほど進み、途中の大きな駅でかなりの人数が下りたおかげで、俺たち二人は席に座ることができた。
この雰囲気で席を一つ開けて座るのは少し気まずいと思ったのか、間宮さんは俺の隣の席にちょこんと座り込んだ。
そのまま数分が過ぎ、大都会からは少し逸れた、閑静な住宅街が車窓には広がり始めていた。
人はまばらになり、車両には俺と間宮さんを含めても十人ほどであった。
そんなとき、間宮さんがこの沈黙を破るためなのか口火を切った。
「そ、その……雨宮さんって趣味とかないんですか……?」
間宮さんは少し控えめに、恐る恐る俺にそう尋ねてきた。
……趣味……か。茜を失ってから、これといって熱中するものもなく、趣味なんてものはなかった。
俺の趣味とは何なのだろう。
しいて言うなら読書なのだろうか。本だけは昔から読み続けていた。
けれども、特に熱中もしていなければ、暇なときに読む程度である。
「読書ですかね」
すると、同じ趣味なのか、間宮さんの顔がぱあっと明るくなった気がした。
予想通り、間宮さん読書が趣味で、その後は二人で好きな作家や本について話し合った。
そのときの間宮さんは、とても明るく、楽しそうであった。
* * *
そんな時間はあっという間に過ぎ去り、気がつけば電車は墓地の最寄駅へと到着していた。
ホームへ降りると、人はまばらで、周りにも閑静な住宅街が広がっているのみであった。
俺は一度軽く背伸びをする。 一時間ほど電車に乗っていたのだろうか、少し時間を空けるとなかなか体が動かないものだ。
改札を出ると、スマホのナビアプリを頼りに墓地の方へと向かっていった。
外は先ほどまでの都心のようにガヤガヤとした忙しい雰囲気はなく、静かで落ち着いた雰囲気であった。
駅から数分ほど歩き続けると、目的の墓地へと到着した。




