第0話 幼馴染は突然に消える
小学校4年生の頃、俺、雨宮拓翔には好きな女の子が居た。
肩にもつかない短く切られた髪型で、元気で、誰にでも分け隔てなく接するような明るい子だった。
運動神経もそこらの男子よりも良かった。
名前は天道茜、近所の家に住む幼馴染だった。
学校は違うが、よく公園で顔を合わせるようになってから、毎日公園で一緒に遊ぶのが日課になっていた。
お互い両親は共働きなので、学校が終わると寂しさを和らげるために、よく近所の公園で遊んでいた。
その日も、両親の帰りが遅いので、俺達は近所の公園で遊んでいた。
「待ってくれよ〜茜」
公園を走り回り、もうヘトヘトで息を荒くしながらも、滑り台の上にいる茜へと叫んだ。
「拓翔が遅いんだよ! ほら、早く来て!」
茜は俺のことを滑り台の上から笑いながら、大きく手を振る。
茜に負けるものかと思い、散々走り回ってガクガクになった足を気合で動かす。
「足ガクガクじゃん〜」
滑り台の階段を登り、茜の元へとたどり着くと、茜は疲れに疲れきった俺の姿を見て、からかう様に笑った。
その姿は、一般的には「綺麗」と言わないだろうが、俺からすればそんな茜が綺麗で、可愛かった。
「からかうなよ。大体、茜の運動神経が良すぎるだけだ」
悔しく、茜から目線を逸らし、綺麗な青空を見上げてそう言った。
すると茜は、「男の子でしょ? もっと頑張りなよ」と、俺の肩をポンポンと、叩きながらまたもからかう様にそう言った。
「そういうのって『男女差別』って言うんだぞ! そういうのは良くないってテレビで言ってたぞ」
「そりゃごめんね。じゃあまた私についてきてね!」
茜はそう言い残して、目の前の滑り台のスロープから滑っていった。
「ちょ、ちょっとぐらい休憩させてくれよ〜」
嘆きながら茜の後を追うように滑り台を滑り始めた。
滑り始める頃にはとっくに着地していた茜は、すごい速度で加速していき、あっと言う間に遠くへと行ってしまった。
俺も運動神経が悪い方ではない、むしろいい方であるのにも関わらず、茜に追いつけないのだ。
「早く早く!」
飛び跳ねながら俺を急かす茜を横目に、俺は耐えられなくなって近くにあったベンチへと座り込んだ。
「ちょっと! 何座ってるの!」
「茜に普通の人がついていけるわけないだろ」
ベンチの背もたれにもたれ、「ふぅ……」と、深いため息を吐いた。
その間も、茜は木の枝で地面をつついたり、蝶を追いかけたりとやりたい放題だった。
「お前、よく疲れないよな」
茜に向かって、馬鹿にする三割、尊敬七割でそう言った。
もう一時間はぶっ通しで走っているのにも関わらず茜はまだまだ元気だったのだ。
「あ、そういえば私、明日の三連休で東京行くんだ!」
突然、茜がこちら側を振り向き、そういってきた。
「東京」俺たちからすれば憧れの地だ。俺の住んでいるところは、田舎とも都会とも言えないありふれたような住宅街が建ち並ぶところだ。
高層ビルや、大きな駅、おしゃれなお店だって、この街にはない。
そんなところに住んでいる人間からしたら、東京というのは一度ではいってみたいところだ。
「へぇ~いいじゃん。東京かー俺も一回は行ってみたいなー」
大きく背伸びをし、目線を雲一つない空に向けながらそう言う。
もう一度向き直ると、いつの間にか隣に茜が座っていた。
「うわ!びっくりした。お前、気配無さすぎだろ」
気が付かぬ間に隣に座っていた茜に驚いて少し後ろにのけ反る。
「パパの車で東京まで行くんだ。いいでしょ?」
茜は俺の顔を下から覗き込み、ニヤッと笑いながらそう言う。
茜の上目遣いはとてもかわいらしく、不覚にも俺は少し顔を赤らめてしまった。
「ま、まぁ楽しんで来いよ!月曜日、お土産待ってるからな!」
「うん!またね!」
茜は、綺麗に咲く桜の木の下で暖かな風に吹かれながら俺に手を振った。
茜に手を振り返し、にこやかにほほ笑んだ。
「またね」と、お互いに言い合ったが、「また」は無かった。
その次の日の、まだ夜が明けきらないころ、茜は両親と車で東京へと向かった。
* * *
翌朝、俺が目覚めると、もう時刻は午前9時になっていた。
ベットの上で一度伸びをし、深呼吸をして目を覚ました。
だが、なんだか今日の雰囲気がいつもと違う気がした。休日だから両親がいるのにもかかわらず、どこか家は静かだった。物音すらしない、たまに聞こえてくる音は、外からの車のエンジン音のみだ。
いつもは母さんが好きな歌手の歌を大音量で垂れ流しているはずだが……その歌すら聞こえない。
不思議に思って、自室のある二階からリビングのある一階へと階段を、一段、また一段と少し寝ぼけ気味でぼーっとしているので転ばないように慎重に下りて行った。
「母さん、おはよう……」
眠い目をこすりながらリビングのソファに座っている母親に声をかけた。
「おはよう拓翔……」
母さんは、いつものような元気はなく、少しか細い声で返事をした。
いつも元気な母さんが、まるで病気の時みたいに元気がなくなっていて、当時の俺はおどろいた。
「母さん、どうかしたの?」
母さんにそう尋ねると、返事をするわけでもなく、テレビに向かって指を指した。
またドラマをみて感動して泣いたのかな、と俺はそんなポジティブな考えをした。
だが、テレビに映っていたのはドラマなんて言うそんな生ぬるく、かわいらしいものではなかった。
「なに……これ?」
テレビには、首都高速道路の空中映像が映し出されていた。
だが、そこに映っていたのは三連休あるあるの渋滞映像などではなかった。
10台以上の車を巻き込み、中には原型をとどめていないようなものもあるような大事故だった。
「どうしたの母さんこれが──!」
気が付いてしまった、いや気が付きたくなかった。
この時間帯なら茜達一家の車がここを走っているころだ。俺はテレビの画面に張り付き、事故車を一台一台確認していった。
そして、その中で見つけてしまったのだ。
茜のお父さんの車を。
茜のお父さんのかっこよかった黒色の車はもうそこにはなく、前方部分、ほぼ半分がなくなってしまっている状態であった。
だが、まだこの車が茜のお父さんのものだという確証はない。ただ同じ車種だけなのだという可能性もある。
この車が好きでよく眺めていた、ナンバープレートも覚えている。
恐る恐る、その事故車のナンバープレートを確認した。
まさか、あの茜が、茜の両親が事故にあうわけがない。そう思って心を落ち着かせていたが、現実はそう甘くはなかった。
その事故車のナンバープレートが、茜のお父さんの車のものと一致してしまったのだ。
次の瞬間、俺は床に崩れ落ちた。
最悪の事態を考えてしまったのだ。もしも、茜が。あの優しい茜の両親が。
そう思うと、居ても立っても居られなくなった。
急いで家を飛び出そうとすると、母さんが俺の腕をガシッと掴んだ。
「離して母さん!茜が、茜のお父さんとお母さんが!」
「拓翔、落ち着いて。まだ死んじゃったとは限らないじゃない」
腕を掴んだ母さんは、そのまま俺を自分の方へと引き寄せ、ギュッと、強く抱きしめた。
母さんの言った通り、いいことだけを考えて、心を落ち着かせた。
絶対に茜が、茜の両親が死ぬわけがないと。
* * *
三日後、俺は世界というものが漫画やアニメのように、ヒロインや周りの人間は死なないなんていう幻想を壊された。
そう、茜達一家が死んだという報告が入った。
茜の母方のおばあちゃんからだった。
早朝、ハンカチで目から流れ落ちる涙を拭いながら、俺の家に訪ねてきた。
おばあちゃんは俺と茜が仲良く遊んでいた事を知っていたので、俺に第一で話に来てくれた。
その場に泣き崩れ、1週間家にこもり続けた。
葬儀は家族だけで行われた。俺も行きたいと、最後ぐらい茜の顔が見たいと懇願したが。かなわぬ願いだった。
それでも、自分で立ち直って、学校に復帰できた俺は、今でもすごいと思っている。
だが、やはり茜のことが、親しい人が亡くなる恐怖に苛まれ、人と本心から仲良くすることができなかった。
「親友」という立ち位置の人間はできた。でも、俺はどこかよそよそしくしてしまっている。
仲のいい人が死ぬ恐怖を、身をもって味わったからだ。
もしも、こいつと仲良くして、心のうちを全部明かせる、本当の親友になったら。
そう考えると、仲良くなんて、できなかったのだ。
* * *
そんな俺も、五年が経ち、中学を卒業した。
高校は、東京の都立高校に進学することになった。
親友と呼んでいいのか分からないが、よくつるんでいた二人とともに。
この東京への上京が、俺の運命を左右するとはこのとき、誰も知らなかった。
欠陥品と彼女達 ~俺の世話係の瀬戸さんは今日もツンツンしている~
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