第一話
「一人の人に拘るってなんだと思う?」
ココアを口につけながら、朝倉透は独り言か話してるのか分からない調子で言い放つ。
「誠実さを求めるってこと、アンタにはない部分よ」向かいに座る萌は紺色のカバーに包まれた本に目を落としながら珈琲に口をつける。
背の高い仕切りに区切られ、細工が施された照明が席を照らすだけなのでここに来るといつもより萌の機嫌が悪く見える。
「でもさ俺ら大学生だぜ?遊んでなんぼだろ?」
まるで授業をするように「沢山の人と出会って、恋して、思い出を作るのさ」と身振り手振りを大袈裟に萌に説く。
萌は表情一つ変えずに本を読み続ける。時々、眼鏡を押し上げ白い手でページをめくるだけである。
「それなのに愛華……?いや涼子か?」
「この前ビンタを貰った子は愛華ちゃんでしょ」
「なんで知ってんだよ」
「私のとこにアンタのクレームが来るからよ」
本を閉じ萌は透を睨みつける。
「今に始まった事じゃないだろ?」
「今に始まった事じゃないからウンザリしてるのよ」
「でもそのお陰で俺はのびのび恋愛出来てるぜ?」
「キープの女の子を沢山作ってその度に別の女の子にビンタされる事を恋愛って言うのね」
萌は本を仕舞いながらズバズバ透を切り伏せる。
「相変わらず人を傷つけるのが上手いな」
「褒めなくてもいいわよ、アンタ程じゃないし」
全てのボールがとてつもない威力で返ってくる。が思わず口角が上がる。ココアを飲みきり財布を取り出す。
「来月も十五日?」
「おう、空けてある」
「そ、じゃあさっさと出ましょ」
萌は上着を羽織りそそくさと席を立つ。透も席の奥側に押し込んだ鞄と上着を手に取った。
「あ、じゃんけん」
「前回持ち合わせがないからって言って払わせたのは誰だっけ」
「そうでした、すみません」透もわざとらしく一音一音ハッキリ伝える。
レジでお会計を済ませる、ジャラジャラと小銭を出して財布の中がスッカラカンになってしまった。
「そうそう、十五日もしかしたらちょっと遅れるかも」スケジュール帳に書き込みながら言う
「なんか予定あんのか?」
「ちょっと野暮用がね」
「なんだよ野暮用って」
「別になんでもいいでしょ」
「あの推し活ってやつならまた付き合うぜ?」
「違うから」
「なんだよ萌がそこまで隠すなんて滅多に無いだろ?もしかして男か?」ニヤケながら萌に言うが、目の前の彼女は何も言わない。
普段ならすぐさまに振り返り殴りかかる勢いで否定するはずだ。
「えっマジ?」
その言葉にわなわなと震えだし噴火するように口を開いた
「ええそうよ!意識してる男がいるから美容院予約しただけよ!これで満足!?」
真っ赤な顔で否定する萌。
透は呆然とする、今まで恋愛なんて無駄だお前という不誠実な奴がいるからと言いたげだった萌が。
「アンタに言うとめんどくさいと思ったのよ」
「……でもそれ、普通に美容院予約して遅れるで良かったんじゃねえか?」
その一言を聞いて平手打ちが飛んできた、右頬にヒリヒリとする感覚。
「もううっさい!じゃあ十五日ね!」
足音が聞こえてきそうなほど大きな歩幅で歩いていく。
「嘘だろ……。」
なんだか素直に祝福できない。モヤモヤのような、ドロっとしたような、形容できない気持ちが透の中で沈殿する。
「いやいや、素直に喜ばねえーと」
頬をさすりながら透も帰路につく。いつもだったら駅まで送っていたことを今になって思い出した。




