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孤信者

彼らは私を「悪魔の使徒」と呼ぶ。 村人は疫病のように私を避け、勇者たちは異端と見なし、神殿は門前払いをする。 彼らが見るのは、私の胸に刻まれた契約の印だけ。 私の心にある祈りは、誰の目にも映らない。


私はかつて魔王と契約を結んだ。 だが、私は決してキティを裏切ったことはない。


なぜなら、私は知っている——魔王は「悪」ではない。 「悪」とは、神の沈黙を纏い、彼を呑み込んだ黒き霧にすぎない。


私は魔王の記憶を見た。 彼はかつて神殿の前で夜を守り、人間のために壁を築き、戦火の中で子どもたちを庇った。 「悪」の意志が、彼を神の座から引きずり下ろし、「魔王」という名を与えたのだ。


そして私は——真田雪誠。契約者、孤信者。 それでも私は信じている。キティは彼を見捨ててはいない。 神の光は、裁きだけでなく、救いであるべきだ。


私は毎日、黒き塔の頂で祈りを捧げる。 それは私自身のためではない。 かつて世界のために燃え尽きた、あの魂のために。


「キティよ……まだ私の声が届くのなら、力を与えてください。 魔を斬るためではなく、魔を救うための力を——」


風は語らず、神は沈黙を守る。 それでも私は跪き、信じ続ける。


真の信仰とは、見られることではない。 誤解され、捨てられ、呪われてもなお、光のために生きようとすることだ。


黒き塔は山々の頂にそびえ、濃霧と枯れた森に囲まれている。 雪誠は一人で塔を登りきった。 その身を包むマントは風雪に裂かれ、胸の契印は微かに熱を帯びていた。 それは、彼が払った代償を思い出させるようだった。


彼は石の祭壇の前に跪き、両手を合わせ、額を冷たい地面に押し当てた。


「キティ……私は、間違っていたのかもしれない。」


その声は低く、風にかき消されそうだった。


「私は魔王と契約を結んだ。誤解され、捨てられ……闇だけが私の声を聞いてくれると思った。」


彼は顔を上げ、灰色の空を見上げた。 その瞳には、懇願と決意が宿っていた。


「だが、私は本当の意味であなたを裏切ったわけではない。 私は、あなたの教えを覚えている。あなたの光を、今も渇望している。」


彼は立ち上がり、塔の縁に歩み寄り、黒霧に覆われた谷を見下ろした。


「魔王は……悪ではない。彼はかつて、あなたの使徒だった。守護者だった。 『悪』の意志が彼を呑み込み、あなたは沈黙した。」


雪誠は拳を握りしめた。契印が黒く輝く。 だが、彼は一歩も退かなかった。


「私は栄光を求めない。罪を清めてほしいとも思わない。 ただ一つだけ願う——彼を救う力を、私にください。」


風が止み、霧が静まり、塔全体が沈黙に包まれた。


雪誠は目を閉じ、返答を待った。


しばらくして、天の彼方から一筋の光が差し込んだ。 それは永き夜を貫く暁のように、彼の上に降り注いだ。


契印の熱は消え、光と溶け合い、透明になっていく。 黒き紋様の半分が光に呑まれ、そして——新たな印が浮かび上がった。


それは魔王の呪いではなく、キティの印。 それは闇の契約ではなく、光の盟約だった。


雪誠は苦しげに息を吐き、身体が引き裂かれ、再び形作られるような感覚に襲われた。 彼は地に崩れ落ち、胸を押さえ、二つの力が体内で交わり、ぶつかり、溶け合うのを感じた。


再び目を開けたとき、風雪は止み、世界は静寂に包まれていた。


彼は立ち上がり、黒霧に覆われた谷を見つめ、低く、しかし確かな声で言った。


「これからの私は、魔王の契約者であるだけでなく……神の契約者でもある。」 「私は真田雪誠。悪魔の使者であり、キティの使徒でもある。」 「私は孤信者——黒き印を背負い、心は神の光を求める者。」 「私の使命は、魔王を滅ぼすことではない。彼を救うことだ。」


彼は黒き塔を後にし、足取りは重くも揺るがなかった。 その背中は、雪の中にまっすぐな軌跡を刻み、未知なる運命へと続いていた。


そして彼の次なる地は——世界の心臓。 万族の都、万信の城。 アイソロン。

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