伝説と真実
世界は「灰の使徒」を覚えている。 アイソロンの街角で信仰を語った者。 「光とは、共に歩む力だ」と言った者。
彼は多くの人々に再び祈りを捧げさせ、 神殿の壁を震わせ、 魔族の子供たちに「自分は呪いではない」と初めて信じさせた。
だが、その人は——もう姿を消した。
伝説は語る。 彼は神殿の裁きで命を落とした。 勇者団に暗殺された。 あるいは黒霧の中で自らを焼いた。
また、こう語る者もいる。 彼はキティの化身であり、使命を果たした後、天光へと還ったのだと。
どの説も、誰も彼を再び見た者はいない。 ——ただ一人、リーヴを除いて。
彼女は知っている。 彼は死んでいない。 彼は去っていない。
彼はただ、名前を変え、仮面を変えただけ。
今、彼は「魔王の使者」と呼ばれている。 銀灰色の獣の仮面をかぶり、深灰のマントを纏い、 辺境と廃墟の狭間を歩く者。
人々は彼を恐れ、罵り、こう呼ぶ—— 「悪魔の代弁者」 「黒印の継承者」 「魔王の影」
彼は弁明しない。 何も明かさない。
なぜなら、彼は知っている。 本物の信仰は、証明を必要としない。 本物の使命は、理解を求めない。
リーヴだけが知っている。 彼の胸の契約印は、もはや呪いだけではない。
それは「双印者」の印。 半分は魔王から、半分はキティから。 闇と光が交差し、呪いと祝福が共に刻まれている。
「本当に、その名で歩み続けるの?」 彼女はかつてそう尋ねた。
雪誠は静かに頷いた。
「灰の使徒は、彼らの希望だった。」 「でも、魔王の使者は——彼らの恐怖だ。」
彼は彼女を見つめ、穏やかだが揺るぎない声で言った。
「僕は、恐怖を背負ってでも、希望を守る者だ。」
二人は荒野を並んで歩く。 背後には忘れられた伝説。 前方には、まだ見ぬ運命。
そして、世界の片隅では—— 夜、祈る子供がいる。 小さな声でこう言う。
「灰の使徒さま……もしまだ生きているなら、 どうか、僕が闇に飲まれないように守ってください。」
雪誠は、魔獣の仮面をつけたまま、 その村を静かに通り過ぎる。 夜の中、一つの灯を灯して。
彼は名を残さない。 ただ——光を残す。




