新しい家、新しい旅路
アイソロン南部、川沿いの静かな小路。 朝霧はまだ晴れず、斜めに差し込む陽光が石畳に小さな家の輪郭を浮かび上がらせていた。
家の前には一本の老木が立ち、まばらな枝葉が風に揺れて柔らかな影を落としていた。 家の裏には川が流れ、そのせせらぎが都市の喧騒に静けさの層を重ねていた。
雪誠は木の扉を押し開け、そっと身を引いてリーヴを先に通した。
彼女が敷居をまたいだその瞬間—— 雪誠は中に入らず、扉の前に静かに立ち、そして——跪いた。
音もなく、動きもなく。 ただ、そこに跪く。 それは彼女の存在への敬意であり、 同時に、自らの信念への静かな祈りだった。
家の中で、リーヴは一つひとつの角を歩いた。 窓辺の木目に触れ、暖炉の扉を開け、椅子に腰かけて陽の温もりを頬に感じた。 テーブルの空の器、壁のフック、窓の外に広がる川の流れ—— すべてが、彼の手で整えられた「居場所」だった。
彼女は、雪誠が後ろにいないことに気づかなかった。 窓辺の光を一緒に見ようと振り返ったその時—— 彼が扉の前に跪いているのを見た。 頭を垂れ、まるで沈黙の彫像のように。
「……雪誠?」
彼女はそっと近づき、風のように優しく声をかけた。
雪誠は顔を上げた。 その瞳は静かだったが、言葉にできない震えを秘めていた。
すぐには立ち上がらず、ただ彼女を見つめ、そして—— 静かに口を開いた。
「君が好きだ。」
リーヴは息を呑んだ。 その言葉にではなく、 その姿勢と、その瞬間に、心を貫かれた。
戦場でもなく、危機の中でもなく、 彼が彼女のために用意した「家」に、彼女が足を踏み入れたその後に—— 彼はそれを言った。
彼女はすぐには答えず、そっと膝をつき、彼と目線を合わせた。
「……私のために、跪いたの?」
雪誠は静かに頷いた。
「君が魔族だからでも、弱いからでもない。 君が——僕の選んだ人だから。」
リーヴの目に再び涙が浮かんだ。 だが、今回は流れなかった。 彼女はただ手を伸ばし、彼の手を握った。
「じゃあ、一緒に歩こう。」 彼女は言った。 「ここから、始めよう。」
雪誠は立ち上がり、銀灰色の獣の仮面を顔にかけた。 それは自分を隠すためではなく、 彼女の姿を、この世界に示すための宣言だった。
二人は並んで扉の前に立ち、朝の光と川の流れを見つめた。 それは旅の終わりではなかった。 それは、彼らが初めて「自分たちの道」を選んだ瞬間だった。




