君を愛することはないと言われた、二日目
「これからも、君を愛することはない」
結婚二日目の寝室で、シル伯爵令嬢は夫になった男に、初日と同じ台詞を言われる。
「旦那様。私はあなたの優しさを知っています」
「何を世迷言を」
「旦那様がわざと私を遠ざけようとしていることはわかってます」
キンキンキンキンキンキンキン
「なんだって?」
「ですから、旦那様が、わざと、私を、遠ざけようと」
キンキンキンキンキンキンキン
「聞こえない。もっと大きな声で」
「ですから!旦那様が!私を!」
キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン
「キンキンキンキンうるさいのよ!」
シル伯爵令嬢は、同じ寝室で剣で戦っていた王国騎士団と邪教団を蹴りとばした。
「あなたたち、わかってる?私達は新婚なのよ。これから、夫婦の時間が始まるの。子作りは、貴族の役目です。ですから、戦うなとは言わないから、もう少し静かに戦ってよ」
正座をさせられた王国騎士団二番隊隊長が手を上げて意見する。
「ですが、剣で戦ったら、どうしても音が出ちゃいますよ」
キンキンキンは、剣同士があたる音。
「確かにそうですね。では、うちの辺境領の職人に、音が小さくなる素材で剣を作らせてみます」
それが剣製造業界に革命を起こし辺境領の収入を二倍にするのは、また別の話。
「シル総隊長」
「元総隊長です」
王国騎士団二番隊の新人の呼びかけを、訂正するシル伯爵令嬢。
「私はシル総隊長・・・シル元総隊長に憧れていました。でも、がっかりです。この国家の存亡に色恋ごとを優先させるなんて」
二番隊隊長があわてて新人の口をふさぐ。
「駄目だって。それシル元総隊長が一番キレるやつ」
シル伯爵令嬢は、王国騎士団の新人の頭を掴む。
左手だけの怪力で、圧倒的実力差を思い知らされる新人。
「おまえは騎士団として国民の税金から給料もらっているんだろうが。王国民のみなさんが、食べ物を生産したり物を製造したりしている間、剣の鍛錬をしているんでしょう。剣の練習なんてね、無職が昼から酒飲んでいるのと変わらないのよ。それが許されているのは、国の脅威を騎士団が引き受けているからよ。王国騎士団の仕事は、王国民に国家の存亡なんてものは忘れてもらって存分に色恋沙汰とかに悩んでもらうのが仕事でしょうが」
シル伯爵令嬢の怒りは、王国騎士団の隣で正座させている邪教団の信者にも向けられる。
「あなた達も、新婚の寝室に乗り込んでこないでよ。迷惑なのよ」
「我々の崇高な目的は・・・」
「あなた達の事情なんてどうでもいいのよ。人間、生きていれば、誰でも辛いこととか苦しいこととか体験するんだから。だけど、それを理由にして人に迷惑かけるなって言っているの」
シル伯爵令嬢の言葉に、邪教団の信者達は憑き物が落ちたかの表情をする。
「そうだよな。その通りだよな」
その青年の父親は、神父だった。
貧しい者に自らの食糧を与えるほどの人格者だった。
だが、その父親は施しを与えた相手に殺された。
殺した理由は、父親から金品を奪うためだった。
青年は、父親が信仰した神を恨んだ。
あれだけ神に祈った父を、見殺しにする神など存在する意味もない。
青年は自分で宗教を作った。
父の信じた神を否定する宗教。
悪人は殺し、地獄に落とす。
博愛を掲げる父の宗教への当てつけに、邪教団を名乗った。
青年の考えに賛同する者が、信者としてついてきてくれた。
まず青年が実行しようとしたことは、父を殺した者を殺すこと。
だが、実行する前にそいつは捕まり、青年の手の届かない牢屋にぶち込まれた。
青年には双子の妹がいて、騎士団に入りその犯罪者を捕まえたのだった。
青年は力を求めた。
牢屋で守られている犯罪者を殺すことができるだけの力を。
そんなとき邪教団にひとつの情報が入った。
世界情勢を変えることができる古代兵器の情報が、シル伯爵令嬢の右手に封印されている、と。
青年は、少ない信者を全員引き連れて、シル伯爵令嬢がいる屋敷に乗り込む。
そこには、護衛として王国騎士団二番隊がいた。
その二番隊の中に、青年の妹がいた。
「お兄様。そんなことをしても、お父様は帰ってきません」
「父は関係ない。これは、神への挑戦だ」
「そんな言葉で自分を誤魔化さないでください」
青年は剣を抜く。
「これは、この世の間違いを正す聖戦だ」
妹も剣を抜く。
「私では、お兄様の目を覚まさせることはできなかったのですね」
二つの剣がまじわる。
キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン
「キンキンキンキンうるさいのよ!」
兄妹は仲良くシル伯爵令嬢に蹴りとばされた。
おわり