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侯爵令嬢ウルスラの愉快な復讐劇~開幕です~  作者: 蒼黒せい


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終幕~わたしはもう死に戻らない⑯~

 それから一月後。


 ウルスラはフェリクス、ユーリス、そして4つ子全員を連れて、あの廃屋敷の燃え跡に来ていた。


 火事の実況見分はとうに終わり、そこには燃え跡だけが残っている。土地の所有者も曖昧で手つかずのまま、黒く焼け残った建物の残骸だけがあちこちに散らばっている状態だ。当然死体も残されておらず、完全に廃墟となっている。


 この場に来たのは、ウルスラの復讐劇を終わらせるためだ。


 既にモートンは死んでいる。復讐相手がいなくなった時点で復讐は完了したと言えるが、終わらせたいのは復讐ではなく『復讐劇』だ。


(私は勘違いしていたわ……彼が死んだら復讐が終わるのだと。違ったのね、私には私なりの終わらせ方があったのよ)


 役者が死んだからといって、舞台が幕引きとなるわけではない。幕引きとなる場面は、きちんと脚本家が用意しなければならないことだ。


 ならば脚本家は誰か。もちろんウルスラだ。


 6人全員を集めたウルスラは、ある手紙を持ったまま、みんなを前にして言った。


「これから、私の復讐劇の幕引きをします」


 そして来たのがここである。


 ウルスラは、懐からその手紙と1枚の紙きれを取り出した。紙きれのほうは、モートンがサインした両親の暗殺依頼書だ。モートンが死んだ以上、とっておく意味は無い。


 そして手紙。手紙の内容はウルスラ以外誰も知らない。一体何の手紙なのか、誰かがそれとなく訊ねても、彼女は口にせず、フェリクスにすら見せない。


 これは、ウルスラが前世の記憶を取り戻し、モートンへの復讐を誓うために書いた手紙だ。その中にはこう書かれている。


『拝啓 旦那様 殺し返すのでお覚悟を』


 この手紙を書いた瞬間こそが、この復讐劇の幕開けとなった。なら、幕引きはこの手紙をモートンに届けることだ。


 だが、彼は死んでいる。最初は入れるつもりだった、墓すらない。ならばどうやって届けるか。その方法が、燃やすことで彼と同じ運命にし、天へと送り届けることだ。


「ユーリス、マッチを」

「はい」


 ユーリスから差し出されたマッチを受け取ったウルスラは、まず一本目をこすって火をつけると、依頼書に火をつけた。


 マッチの火は依頼書にすぐ燃え移り、その火をどんどん大きくしていく。ウルスラは依頼書を放り投げた。依頼書は地面に落ちるまでにひらひらと漂いながら、その身をどんどん黒い灰へと変えていく。


 地面に付いた時にはほぼ燃え尽きかけており、すぐさま灰へと変わる。これでもう、モートンが両親を殺そうとしたという記録は、消え去った。万が一にでもこれが流出すれば、モートンはいないのに彼の生家であるラトロ家に非難が殺到するだろう。


 ラトロ家に、別段慈悲を掛けたいわけではない。だが、かといってモートンのせいで彼の家が落ちぶれるのもヨシとするつもりもない。だから、もう燃やして無くすことにした。


 いよいよ次は手紙だ。この手紙が燃え尽きた時、復讐劇は幕引きとなる。


 ここで初めて、ウルスラは封筒を開いた。その中から取り出された便箋に、その場の全員の注目が集まる。ウルスラは振り返ると、みんなの顔を見ながら笑顔で言った。


「この手紙は、あの男へのラブレターですわ」


 その言葉に、全員がギョッとしたような表情へと変わった。だが、ウルスラが便箋を開いてその中身を見せると、フェリクスは笑い、ユーリスは口に手を当てて微笑み、4つ子は寸分違わずうんうんうなずいている。


『拝啓 旦那様 殺し返すのでお覚悟を』


 これほどウルスラがモートンに送るにふさわしい恋文は無いだろう。全員が納得していた。


 便箋を封筒に戻し、ウルスラはマッチに火をつけた。その火を手紙へと移す。


 さきほどの依頼書と違い、折り重なっている分燃え広がり方は遅い。それが本当の舞台の幕引きのように見えてきた。


 手を放すと、スッと地面へと落ちる。それでも手紙は燃え続け、その身を少しずつ灰に変えていく。


(これで……本当に、終わりだわ)


 そしてすべてが燃え尽き、灰だけが残った。と、ちょうど突風が吹き、灰は風にさらわれていく。燃え尽きたはずの手紙はもうそこに無く、まるで風が灰となった手紙をモートンに届けてくれたのではないか、そんな錯覚を覚えてしまった。


 ウルスラは灰が飛ばされた方向を見上げ、その胸に抱えたままだった複雑な思いを解き放つ。


(モートン……あなたのことが、心底憎くてたまりませんでした。でも……あなたを愛していたのは、本当のことなんです。だから、裏切ったあなたのことが絶対に許せなかった。これで、もう終わり。……さようなら、モートン)


 ウルスラの絶望の深さは、モートンへの愛の深さの裏返し。信頼し、深く愛していたからこそ、彼女の復讐は徹底的に彼を絶望させることへと特化した。


 彼への復讐の気持ちが消えたのも、まさにそれだったのかもしれない。彼が復讐する価値も無いと感じたのは、彼を愛せないと分かったときでもあったのだ。


 無関心。


 好きでも嫌いでもなく、愛も憎しみも持てない。


 燃え尽きた手紙は、ウルスラに残された彼への憎しみであると同時に、つながりでもあった。それが無くなった今、もうウルスラにはモートンとのつながりを示すものは無い。


 これで、すべてが終わり。


 ウルスラは振り返った。そこには、復讐のために加担してくれた仲間たちがいる。


 フェリクス。ユーリス。アーサー。オーティス。ラルフ。デニス。


 彼らがいたから、ウルスラはモートンとの因縁を全て断ち切ることができた。だから、ウルスラはそのことへの感謝の言葉を紡ぐ。


「みんな、今日まで私の復讐のために行動してくれたこと、本当に感謝しています。今の手紙をもって、私の復讐劇は閉幕となりました。もう……みんなに、復讐のための手伝いをお願いすることはありません」


 ウルスラは頭を下げた。


 フェリクスはともかく、他の5人は使用人だ。主人が頭を下げるべき相手ではないのだが、それでも今は、ウルスラは頭を下げたかった。こんな女の哀れな復讐のために手を貸してくれたことへの感謝と、そして謝罪。


 顔を上げると、フェリクスはいつものように笑い、他の5人はすまし顔だ。使用人として応えることは当然だというように。


 それにウルスラも笑った。ああ、本当に彼らがいて良かったと、心から思う。彼らがいたからこそ成し遂げられたのだと。


 そして、自分のこれからにも、彼らがいてほしい。その想いを言葉にして届ける。


「でも、これからは私の人生に、みんなの手伝いをお願いすることがあると思います。私は……一人では何も出来ない、非力な存在。だから、みんなにいてほしい。これからも……いてくれますか?」

「もちろんだよ」

「きゃっ!」


 ウルスラの願いに真っ先に応えたのはフェリクスだった。


 彼はかつてウルスラにしたときと同じように、目にもとまらぬ早業でウルスラを横抱きにしていた。それにウルスラは驚きの声を上げるも、暴れることは無い。少しだけ照れくさそうにしながら、大人しくその腕の中に収まっていた。


「愛する君のためなら、ぼくは何でもしよう。君の望みは何でも叶えよう、君の人生の障害は全て排除しよう。だから、ぼくの人生の彩りを、ウルスラ、君にお願いしたい。どうかな?」

「フェリクス様……もちろんです」

「うれしいな」


 フェリクスはウルスラの額にキスを落とした。それに今度こそウルスラの顔が赤く染まる。本当は唇にしたいところを、フェリクスはグッとこらえながら、いつかのお楽しみにとその時を待つことにした。


 ユーリスも、そんな主人の願いに自らの答えを口にした。


「私もです、お嬢様。私も、これからもずっとお嬢様にお仕えし、お嬢様のためには何でもしましょう。今後とも、よろしくお願いいたします」


 そう言って、深々と頭を下げた。頭に付けたヘッドドレスを見ながら、ウルスラはユーリスの誓いに喜びと、ちょっとだけ不安をかすめていた。


(ユーリスはうれしいのだけれど、本当に変な男を引っ掛けてこないかだけが心配だわ…)


 なにせ美人過ぎる。自分のことよりもユーリスの今後の方が心配なのだが、それは今は言わないでおく。自分は侯爵令嬢だし、夫となるのは第三王子だ。変な男なら問答無用で叩き潰せるし。


 ユーリスに続き、4つ子も己の誓いをウルスラへと捧ぐ。


「「「「もちろんです、お嬢様。我ら一同、これまでも、そしてこれからも常にお嬢様とあります。お嬢様に拾っていただいたこの命燃え尽きるその時まで、お嬢様のために働き続けましょう」」」」


 そこまで言って、4つ子は頭を下げた。


 言葉の一言一句、そして動作の一つにいたるまで完璧に連動した動きを見せる4つ子。これを聞くのも久しぶりだ。彼らがこれからもいてくれるのなら、こんなに心強い事は無い。


「みんな、ありがとう。それじゃあ、帰りましょうか」


 みんながうなずき、馬車へと乗り込んでいく。フェリクスに横抱きにされたままのウルスラは、そのまま乗り込むことになったが、もう気にしない。


 馬車が走りだし、ウルスラは窓から廃墟を振り返った。


(やっと……死に戻りから解放された人生が、続くのね)


 なんとも感慨深い思いが胸を埋めていく。死に戻りの人生を回避する、運命の場となった廃墟。あそこであったことも、いずれは忘れていくかもしれない。そのうち、死に戻りがあったことすら忘れるだろう。


 だけど、それでいい。あんな異常事態を記憶にとどめる意味などないのだ。自分には、これからがあるのだから。


「ウルスラ、どうしたんだい?」


 窓から顔を戻すと、フェリクスにそう話しかけられる。


 愛しい人の存在に、ウルスラはつい嬉しくなり、その頬にキスをした。


「なんでもありませんわ」


 笑顔でそう言うと、フェリクスはポッとを顔を真っ赤に染め上げながら、困ったように笑った。

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