終幕~わたしはもう死に戻らない⑭~
その後、王都ではちょっとした騒ぎが起きていた。
王都でとある晩、全く同時に3件もの火災が起きたのだ。その一つはあの廃屋敷だが、それ以外にも倒壊寸前の木造アパートや、潰れた娼館などが燃えてしまった。
焼け跡からは複数の遺体が見つかったが、損傷がひどく、身元の判別には困難を極めている。
全く同時に起きた火災、人の出入りが無いはずの建物で見つかった遺体。そういった事情もあり、何らかの事件があったのではないかと、王都の新聞をにぎわせている。
その一つの当事者でもあるウルスラは、朝食後に自室で新聞を読んでいた。火災の後日談が報じられた記事を読み終えると、新聞をテーブルに置き、息を吐いた。
「火災の原因は一切不明。遺体も身元不明。衛兵もお手上げで、この件は幕引きそうね」
「はい、このまま終わりになると思います」
ウルスラのつぶやきに、背後に控えたユーリスが応えた。
モートンとの因縁を終わらせた日から、4日が経過している。
この手に残る人を刺した感触は、徐々に薄れてきていた。モートンの死にざまも、思ったよりもずっと早く記憶から消えつつある。こんなにもあっさりと消えていくものなのかと思ったけれど、覚えていても良いことがあるわけでもない。ウルスラは自分の頭の忘却機能に身をゆだねた。
これで本当に終わった。なのに、相変わらずその実感だけが湧かないのが、なんとももどかしい。ユーリスを使ってモートンを絶望に陥れた。あの瞬間こそが、ウルスラにとって復讐のクライマックスだった。
今思えば、その通りだった。死者に絶望はない。それは自分でもわかっていたことだ。死は絶望ではない。絶望とは、生きて望みを絶たれることなのだ。死んだのに生き返った自分のように、愛する者に拒絶されたモートンのように。
ウルスラの絶望とは、モートンにいつ殺されるか分からない恐怖にあった。5回の死に戻り、数えて約30年間に渡ってウルスラはその絶望の中にいたのだ。それが、彼に対する復讐の炎の燃料となった。
そう考えれば、生かすことでモートンの絶望を広げることはできたけれど、そんな意欲もわかない。モートンの愚かさをまざまざと見せつけられたことも、その原因だろう。彼はあまりにも愚か過ぎた。愚か過ぎて、復讐の価値すら見失いかけたほどに。
(あんな男に、あれ以上絶望を見せつけても何も面白くないわ)
復讐とは、相手に復讐するだけの価値があってはじめて成り立つものだ。それが分かった。
ならばその後は、ただの蛇足でしかない。彼を殺したのは、復讐ではなくただの自己防衛。少し手間はかかったが、それだけだ。何かを得ることも無い。
ならば、もうこれ以上彼について考える意味は無いのだ。もうこの世にいないのだし、ウルスラにしたいことも無い。
(終わった……じゃあ、これから私は何をするの?)
ふと湧き上がる疑問。
これまで、モートンに復讐することを第一に考えていた。一応、モートンへの復讐を終えた後のことを考えて、社交界に顔を出して人脈を広げ、事業も立ち上げてきた。好きな人もいる。
することがあると言えばある。でも、そこに熱意が湧かない。一種の無気力状態にウルスラは陥っていた。
「はぁ……」
ウルスラがため息を吐くと、同時にドアがノックされた。
「ぼくだけど、いいかい?」
「?…はい、どうぞ」
ドアを開けて入ってきたのはフェリクスだった。
この4日間、彼は忙しく後処理に回っていた…らしい。4つ子曰く、あの事件ではフェリクスの『私用』も済ませていたらしく、その後処理があったんだとか。
その私用の一つが、同時火災事件だ。あの日、ウルスラとモートンの因縁に決着がついた晩は、フェリクスもまたオイタをしてきた裏ギルドにお仕置きを仕掛けていたらしい。廃屋敷以外の他の二つの建物は、実は裏ギルドの拠点の一つだったようで、お仕置きの一環として焼き払ったようだ。
どうやら裏ギルドがウルスラを狙ったことに、彼は相当根に持っていたようで、二度とフェリクスの周囲にちょっかいを掛ける気力を根こそぎ奪おうとしたらしい。フェリクスは自分の配下の諜報部員を使い、拠点にいた裏ギルドの連中を皆殺しにし、その上で拠点に火を放った。
おかげで裏ギルドは大幅に戦力を失い、その脅威を引き下げられたという。
やはり、彼を本気で怒らせてはいけないのだと、ウルスラはつくづく思った。
(さすが、国王も恐れる方だわ。本当に、彼が協力してくれて助かった)
自分の復讐に、この国最恐の男が支援してくれたのだ。うまくいかないわけがない。その上、その男が自分の婚約者だと思うと、なんとも誇らしいような、気恥ずかしいような…自分が彼に見合う女性なのかという不安が頭をよぎる。
かたや国内最凶の諜報部にして第三王子。かたや、ただの侯爵令嬢。身分的には釣り合っているのだけれど、個人としての資質や才能という点で、ウルスラは大きく見劣りする。それが気になるのだ。
もちろんウルスラはフェリクスのことが好きだし、フェリクスもまたウルスラを好きだと言ってくれる。立場も、お互いの意思も、何一つ問題ない。
問題はただ一つ、ウルスラの劣等感だけだ。あまりに大きすぎるフェリクスという存在に対しての。
今までは、彼のことを協力者として見るだけでよかった。そこに劣等感など抱く意味などない。だって、自分より優れているからこそ、協力してもらうことに意味があるのだから。
しかしもう協力者という関係ではなくなってしまった。曲がりなりにも対等の立場である。対等だからこそ起こる劣等感。それが苦しくないわけがない。
そんなウルスラの心境など知らないかのように、彼はウルスラの元へと歩み寄る。婚約者として当然のように隣へ腰を下ろした。
「どうしたんだい?浮かない顔をして」
「えっ……あ、いえ、その……」
気持ちが顔に出てしまっていたようだ。
どうして…だなんて、言えるわけがない。本人に向かって、「あなたに劣る自分が気になる」だなんて、そんな恥ずかしいことが。
かといって、この気持ちを今すぐ静められるほど、ウルスラはこんな気持ちに慣れていなかった。無理やりに笑顔を作ろうとしても、どうしてもぎこちなくなってしまう。
それに気付かないフェリクスではなかった。彼は諜報部のトップだ。人間観察はお手のものである。
「大丈…」
「…夫じゃないよね。君のそんな表情は初めてだよ。ぼくでは力になれないかい?」
力になれないとかの問題ではない。優秀過ぎるフェリクスに嫉妬しているのだから、彼自身に何かできることなんかないのだ。
どうにかするのは、嫉妬している自分自身。だから黙るしかない。
唇に力を入れて閉ざし、沈黙してしまったウルスラを前に、フェリクスはしばし考え込んだ様子を見せた後に口を開いた。
「…ウルスラは、ぼくに兄が二人いることを知っているかい?」
「えっ?……それは、もちろん」
何を聞かれるかと思えば、知っていて当然のことに意味が分からないまま答えた。
フェリクスが第三王子という立場なのだから、その上に二人いるというのは誰でも分かることだ。そんなことを、なぜ聞くのかとウルスラは首をかしげる。
見上げたフェリクスは、どこか悔しそうに目を細めていた。
「一番上の兄は、父上と同様に政治に優れている。人を扱う手腕も見事だ。実は二番目の兄と王位を争ってはいるけど、ほとんど一番上の兄が優勢だ。決して剣が強いわけでもないし、ぼくのように諜報の腕が優れているわけでもない。それでも、彼は王として最もふさわしい人間だ。……ぼくと違ってね」
突如始まったフェリクスの独白に、ウルスラは静かに耳を傾けた。
彼が言いたいことを、しっかりと聞き逃さないようにするために。でも、なんとなくだが、伝えたいことが分かるような気がする。
それに確信を得たいから、続きを待つ。
「それに比べて二番目の兄は、剣に優れている。剣の実力で言えば、騎士団長にも後れを取らないほどにね。その分、政治はあまり得意じゃない。人心の掌握も劣っていて、力で人を従わせるしかできないんだけど、それでも自分が王にふさわしいって、王位を狙っているんだ。ぼくには……そんな剣の腕は無いし、そこまで王位を求める貪欲さも無い」
「フェリクス様……」
そこまで聞いて分かった。彼の言いたいことが。
彼は嫉妬しているのだ。上の兄二人に。こんなにも諜報部として優れた才を発揮しながら、一番上の王子の政治力に、二番目の王子の剣技に。それらをもたない自分のことが、悔しくてたまらないのだと。
「こんなにも劣るぼくが、君のように素敵な令嬢を娶っていいのだろうかと、不安になるよ。君が、ぼくを見限ってしまわないか、怖くてたまらないときがある。ねぇ……ぼくは君の隣にいていいんだよね?」
「……当然ですわ」
そんなことを聞くなんて、答えは分かり切っているはずなのに。
いや、そうじゃない。分かっていても怖いのだ。人の闇を好む彼の中に、こんなにも人間臭い部分があったなんて驚きと共に、愛おしさがこみあげてくる。劣等感だなんて、誰しも持つ感情を、彼も持っているのだ。
そんな彼を前に、劣等感でふさぎ込んでいられようか。
劣等感は仕方ない。でも、だからこそどうするべきなのか、考えるのはそこだ。フェリクスに抱く劣等感を、自分はどうするべきなのか。
(フェリクス様……私は…)




