終幕~わたしはもう死に戻らない⑫~
「さて、もうすぐだな」
時刻はもうすぐ深夜0時を迎える。
モートンとユーリスは、ウルスラを呼び出す場所として用意された廃屋敷に来ていた。もう少しで、あの女が死ぬ。邪魔が入らないよう、屋敷の周囲には裏ギルドの連中が配置されている。
あの女はどんな顔をするだろうか。自分が助けに来たと思ったユーリスが、本当に愛しているのは自分であり、ウルスラのことなど死んでほしいとすら思っているということが分かったその時、どんな顔をするのかが楽しみで仕方ない。
腰には今日のために丹念に研ぎあげた剣を帯びている。この剣の切れ味と、騎士としての自分の剣技が合わされば、間違いなくあの女は死ぬ。切り口から咲く血の花火が、自分とユーリスの新たな門出の祝福となるのだ。
高まる高揚感に喉が渇く。それに気付いたユーリスが、サッと水の入ったグラスを差し出してくれた。
「モートン様、どうぞ」
「ありがとう。君は本当に素晴らしい女だ。助かるよ」
水を一気に飲み干す。なんだか少し苦い感じがしたが、気のせいだろう。さっきまで酒を飲んでいたから、少し舌が鈍っているに違いない。
「さぁ、時間だ」
屋敷の外から、馬車の音が聞こえてくる。物音の消えた深夜だから、その音はやけに響いた。
モートンとユーリスは部屋を出ると、ろうそくで照らされたエントランスホールに躍り出た。持ち主のいなくなった屋敷はあちこち廃れており、窓のカーテンはボロボロ。床の絨毯もあちこち破けており、歩くと埃と毛が舞い上がる。床は傷んでおり、一歩歩くだけでうるさいほどに軋む泣き声をあげた。
まさにあの女にふさわしい死に場所だ。
二人並んで待っていると、玄関の扉が開いていく。扉もまた長年の経年劣化で建付けが悪く、人一人通る分だけ開けるのにもずいぶんとてこずっているようだ。
やっと扉をくぐったそこに、モートンは因縁の醜い女の姿を見た。
醜さの象徴であるウェーブがかった水色の髪。ろうそくに照らされた碧色の瞳は、まっすぐにモートンを見据えていた。その身にまとうのは、なんと黒いドレスだ。上半身は体のラインに合わせてスッキリと、下半身は下に向かってドレープが広がっている。ろうそくに照らされることで、裾に刻まれた金の刺繍がわずかに光り輝いていた。まるで喪服の様な出で立ちに、モートンは内心笑う。
(なんて愚かな女だ、自分の死に場所に喪服を着てくるとはな。だが、それこそ奴にふさわしい。その黒いドレスが、真っ赤に染まるのを見届けてやろう)
扉をくぐったウルスラは、ゆっくりとモートンとユーリスの元へと歩みを進めていく。その歩みには一切の迷いも恐怖も感じられない。その堂々した歩みはまさに侯爵令嬢という姿そのものだ。
顔にはいつもの、何の邪気も感じさせない笑みを浮かべている。それにモートンは違和感を覚えた。
おかしい、どうしてこんな状況で笑っていられるというのか。裏ギルドの連中が動いていないところを見ると、この女は間違いなくたった一人で来た。馬車で来たから御者くらいはいるだろうが、ただの使用人風情。何の障害にもならない。
つまり、この女は間違いなく丸腰だ。何か剣技や護身術を習っていた話も聞かない。ただの非力な女。
(それなのに、深夜の廃屋敷に一人で来て、どうして何の不安も感じていない?どういうことだ、これではまるで……)
ウルスラのあの笑みには、モートンは二度も苦汁を嘗めさせられていた。何も知らないふりをして、その実何もかも知りつくしていたような、あの笑みを。
まさか、この女は既に何かを仕掛けているのではないか。自分はおろか、裏ギルドの連中すら出し抜いて。
そう思った途端、モートンの脚は震え、無意識に一歩後ろに踏み出していた。
だが、その瞬間モートンは体にしびれが走ったことに気付いた。その時にはもう遅く、踏み出した脚は体を支えることが出来ない。モートンは背中から床に倒れ込んでしまった。
「ぐはっ!な、なんだ……?」
暗い天井を見上げながら、モートンは自分の身に起こったことが不思議で仕方ない。体がしびれ、指一本まともに動かせない。動くのは口と目だけで、立ち上がることもできない。
(くそっ!あの女を殺すという時に、一体何が起きたというんだ!?)
動けない体に困惑している間にも、ウルスラの足音は止まらない。
まずい、このままではあの女に何をされるか分かったものではない。モートンは近くにいたはずのユーリスに助けを求めた。
「ユーリス!体が動かないんだ、済まないが起こしてくれないか?」
「嫌です」
「…………えっ?」
助けを求めたのに、即答で拒否を伝えられたことで彼の頭は真っ白になる。
どういうことだ…そう問おうとして、視界の端に黒いドレスの裾が映った。もうそこまでウルスラは迫っている。焦るモートンは、再度ユーリスに助けを求めた。
「ユーリス!冗談を言っている場合じゃない!早く……」
「うるさい」
「なっ!?」
なんと冷たく、恐ろしい声を出すのだろうか。そんな声をユーリスが発したことが、モートンには信じられない。
だが驚きはそれだけではない。自分の傍に侍っていたはずのユーリスが歩み出し、そのままウルスラの隣に立ったのだ。そのことに、ウルスラは一切気にも留めていない。さも、そうであることが当然であるかのように。
そこまでして、やっとモートンは気付いた。
「ユーリス!貴様、裏切ったのか!」
モートンの遅すぎる気付きに、ウルスラは呆れたようにつぶやく。
「おかしなことを言いますね、ユーリスが裏切った?彼女は最初からこちら側ですわ」
「はい、その通りです」
ウルスラに同調するように、ユーリスは返事をした。
モートンは憤怒の表情でウルスラを睨みつける。そこにはユーリスに裏切られたことよりも、それを仕組んだであろうウルスラへの怒りがこもっていた。彼にとって、悪人とはどこまでもウルスラのことを指す。
まだモートンの中では、ユーリスは騙されているだけなんだという気持ちが消えていない。ユーリスが実は自分をもう愛していないなど、そんな都合の悪い事実は受け入れられないのだ。
「くそぉ!おい、裏ギルドの連中!何をしている!さっさとこの女を殺せ!」
自分では殺せないと分かると、モートンの判断は早かった。控えている裏ギルドへと、殺害の指示を出す。それでウルスラは終わりだ。
「……?おい、何をしているんだ!早く来い!」
だが、モートンがどんなに叫んでも、それに応える反応が無い。
それはウルスラとユーリスも同じで、彼女らは逃げる素振りも見せず、床に伏したままのモートンを見下ろし続けている。ウルスラは笑みのまま、ユーリスは無表情だ。それがさらにモートンの不安を煽る。
「………まさか」
「そのまさかだよ、モートン君」
あってはならないことがよぎった時、それを肯定するかのような男の声が場にこだまする。誰なのか、声のする方に目だけを向けると、そこにいたのは緑の髪をした、侍従服を着た男だ。
まさかこの男が何かしたのか。侍従服と言うことは使用人、おそらく馬車を操っていた御者なのだろう。だが、どうして御者がこの場に来れるのか。裏ギルドの連中は、ウルスラ以外は誰も入れないと言っていたのに。
「フェリクス様、もう済んだのですか?」
「もちろん。あんな連中にてこずるわけないでしょう?」
その男に、ウルスラは親し気に声を掛けた。男もそれを当然という感じで受け止めている。
(い、一体何が起きている!?どうなっているんだ……)
今起きている状況が、全くもって意味が分からない。
裏切ったユーリス。
一切不安を感じていないウルスラ。
呼びかけても出てこない裏ギルドの連中。
そして最後に出てきた緑の髪の男。
その男のことを、ウルスラはフェリクスと呼んだ。その名をどこかで聞いたことがあると記憶の隅を探った時、モートンはある男の名であることに思い至り、体を震わせた。
「ま、まさか……第三王子の…」
「そう。ぼくが第三王子のフェリクスだよ。初めまして。そして……さようならだ」




