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侯爵令嬢ウルスラの愉快な復讐劇~開幕です~  作者: 蒼黒せい


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終幕~わたしはもう死に戻らない⑪~

「…では、行ってまいります」

「ええ、気を付けてね」


 二人とも、決意を秘めた瞳で見つめ合い、うなずき合った。


 ユーリスはウルスラの部屋を出ていく。彼女はこれからモートンに呼び出された場所に向かうためだ。


 そこでユーリスと合流したモートンは、ウルスラをおびき出すための手紙を書き、この屋敷に届けさせる。二人はおびき出すための場所に移動し、そこに一人で現れたウルスラをモートンが殺す…そういうシナリオだ。


 そのための布石はもう打たれている。


 ウルスラにできることはもう無い。その時を待つだけだ。心配なのは、ユーリスのことだけ。彼女だけは、怪しまれないようにと一切護衛が付かない状態で、モートンの下へ向かうのだ。


 モートンが危害を加えることは無いと思う。いや、信じたい。だけど、あの男がユーリスにふしだらな真似をしようものなら、絶対に許さない。その時は、ウルスラは一切ためらいなく殺人鬼と化すだろう。


 ユーリスが屋敷を出ていくのを、部屋の窓から見送った。その背中を見ていると、どうしようもなく不安が押し寄せてくる。二人の間で交わした決意は、いともあっさりと無散していった。


 鎮静の効果のあるハーブティーを淹れてもらう。でも、落ち着かない心は飲み物ごときではどうしようもなかった。それを、従者に扮したフェリクスがそっとウルスラの背後に立ち、その肩に手を添えた。


「落ち着かないかい?ウルスラ」

「フェリクス様……」


 そっと振り向く。見上げた先のフェリクスは、いつもと変わらぬ穏やかな笑みだ。


 彼の何も変わらない雰囲気に、ウルスラの不安は徐々にほぐれていく。


 そうだ、自分が心配したからといって、何かできるわけでもないのだ。自分よりもよっぽど緊張と不安、そして怒りと闘志を抱えて敵陣に乗り込むことになったユーリスのほうがずっと大変なのに。


 安全を保証されている自分が動揺してどうするのだと、ウルスラは自分を叱咤した。カップを置き、自分の頬を叩く。相変わらず力が弱いせいで、ペチッとか弱い音しかならない。それでも、ウルスラには十分だ。


 それを見たフェリクスは少し驚くも、ウルスラの目に力が戻ったことが分かり、一安心した。


「ウルスラ…」


 すると今度は、肩に載せていた手をそっとウルスラの前へと伸ばし、そのまま背後から抱き締めた。それにはウルスラも驚き、瞬く間に頬を赤らめていく。


 フェリクスの大胆な行動に、うれしさと困惑が入り混じる。そうされるのは望ましいけれど、今はそんな場合ではないのだ。これからを思えば、こんな浮ついた空気でいていいわけはないのだから。


「フェリクス様、今はこのような…」

「勇気」

「えっ?」

「今はウルスラに勇気を分け与えているんだよ。どう、勇気は出てきたかな?」


 こんな体勢で勇気を…と言われても、正直ピンとこなかった。


 でも、せっかくのフェリクスの気遣いを無下には出来ない。ウルスラはゆっくりと目を閉じた。


 服越しに伝わるフェリクスの体温。すぐ近くに愛しい人がいる。目を閉じることで、その存在の大きさがよく分かった。こんなにも大きな人に、今自分は包まれている。


 そこには確かな安心と、そして勇気があった。ためらわず、焦らず、退かず。確実に前へと進む力。


 抱き締めてもらうだけで、こんなにも力がもらえる。その素晴らしさと、そうしてくれるフェリクスへの感謝が、ウルスラの心を温めてくれた。


(フェリクス様……本当に、あなたは素敵な人なんですね)


 最初はよく分からない人だと思ったのに、今ではかけがえのない人になってしまった。そんな人との出会いは、死に戻りがあったからこそだ。そう思えば、死に戻りも悪いことだけではない。前世の記憶も取り戻し、ウルスラは一人の人間として確かに成長できた。


 死に戻りが無ければ、疑うことを知らないただの無垢で哀れな女でしかなかった。4つ子を奴隷市場から救うことも無かった。ユーリスと、こんなにも深くつながることになることも無く、終わっていただろう。


 死に戻りに絶望した過去。死に戻りに希望を感じる今。それは確かにどちらもある。帳消しにされるものではなく、そのすべてが今のウルスラにあるのだ。その集大成が、もうすぐそこにある。


 ウルスラはゆっくり目を開いた。自分を抱き締めるフェリクスの腕に、そっと自分の手を重ねた。


「ありがとうございます、フェリクス様。……勇気、分けてもらいました」

「それは良かった」


 そう言ってフェリクスは、少しだけ腕の力を強める。さっきよりも強く抱きしめてくれるその腕に、ウルスラは力強さとほんの少しの息苦しさを感じていた。



 ****




 モートンは上機嫌だった。


 彼はつい先ほど、ウルスラへの手紙を書き終え、裏ギルドの連中に届けさせた。一仕事を終えた彼の元に、そっと中身の入ったグラスが置かれた。


「お疲れ様です、モートン様」


 上機嫌の理由はユーリスの存在だ。彼女がそばにいて、自分のために飲み物を用意してくれる。これほどうれしいことは無い。用意された水割りを、グッと飲み干す。


 ああ、今夜の酒は格別だ。こんなにもうまい酒を飲んだことがあるだろうか。今夜全てに決着がつく。さしずめ、これは勝利の食前酒といったところ。


「ユーリス、君が注いでくれた酒は最高だ。もう一杯貰えるかい?」

「はい、もちろんです」


 空のグラスを取ったユーリスは、部屋の隅に向かい、そこで酒を水を混ぜ合わせる。それをトレイに載せ、再びモートンの前に置いた。


「ありがとう」

「いいえ」


 ユーリスの笑顔を肴に、モートンはすぐさま一気に煽った。彼女は自分の酒の好みを熟知している。それもただの好みではなく、モートンの機嫌次第で濃度を変えてくれるのだ。


 今日のモートンは上機嫌。そういうときは、濃い目がいい。強めのアルコールが喉を焼く感覚が堪らない。一気に酔いが回り、気分は最高である。


 自分の元に戻ってきてくれたユーリスは、本当に嬉しそうだ。かいがいしく世話をしてくれるし、モートンにいつも笑顔を向けてくれる。美しい彼女の笑顔を前にすれば、どんな不愛想で唐変木な男でも、惚れてしまうだろう。


 だが、そんなことはさせない。ユーリスの笑顔が向けられる相手は自分一人だけだ。他の誰にも、その笑顔を見せるつもりはない。もちろん、あの醜い女もだ。


 ユーリスを手紙で呼び出した時、本当は自分が迎えに行きたかった。だが、裏ギルドの連中に止められ、仕方なく部屋で待ったのだ。自分が待つ部屋までくる途中、きっと彼女は不安で心細かっただろう。部屋に連れてこられて、モートンの姿を確認したときの彼女の嬉しそうな顔といったら、心臓が破裂しそうなほどに高鳴ったのだ。


 彼女が隣にいる。それだけで最高だ。もう何も要らない…というわけではないが、彼女さえいれば何でもできる。そんな万能感が自分を包み込んでいた。


「ユーリス、君が私の下に戻ってきてくれて、本当にうれしいよ」

「モートン様、私もモートン様の元に戻ってくることができて、本当にうれしいですわ」


 そう言ってユーリスは、モートンの頬にそっと口づけをした。


 なんて健気なんだろうか。いけない、こんな粗末なベッドでなければ彼女を押し倒してしまいそうだ。かろうじて残った理性で、必死に自分を食い止めた。これから機会はいくらでもあるのだ、今盛ることは無い。


「今夜、あの女を始末して君を解放する。その時こそ、真に私の元に戻って来れるんだ。楽しみにして待っていてくれ」

「はい、私もその時を心待ちにしております。次、用意しますね。」


 ユーリスは空いたグラスを持って、また部屋の隅へと向かった。その後ろ姿を見ながら、モートンはあと数時間後におとずれるウルスラの最期を想像して笑った。もうすぐ、自分からすべてを奪った女の命を奪う時が来るのだ。嬉しくないはずがない。


 だが、モートンは気付かない。背を向けたユーリスが、その顔におぞましい笑みを浮かべていることを。

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