終幕~わたしはもう死に戻らない⑩~
「ふっふっふ……もうすぐ、もうすぐだぞ」
モートンは暗い部屋で一人呟いた。
彼がいるのは、裏ギルドが持つ拠点の一つであり、その中にある部屋だ。決して整っているとはいえず、はっきり言えば寝泊まりするだけの役割しかない。固いベッドに、小さい木製の机と、椅子が1脚あるだけ。
最初、そんな部屋に押し込まれた時は文句の一つでも言ってやりたかったが、外に出る危険性を説かれれば、うなずくしかなかった。
「もう、あなたは先に殺されてもおかしくないんですよ?少しは自分の置かれてる立場を理解していただきたいものです」
ずいぶんと嫌味交じりに言われたが、死にたくはない。
ここまで案内した裏ギルドの連中によれば、あっちはもう自分を殺す気で動いているらしい。モートンからすべてを奪っておきながら、そのうえ命まで奪おうとするなんて、なんて不届きな連中だと思う。腹が立って仕方ない。
そんな奴らには絶対に屈するものか。必ずウルスラを殺し、モートンは大手を振って外へと舞い戻るのだ。
だがその前にやっておくべきことがある。ユーリスだ。彼女を取り戻さなければならない。
彼女はまだ自分を愛している。ウルスラの下にいるのは、きっと彼女に騙され、そして脅されているからだ。
にもかかわらず、あの醜い女はユーリスに執着している。自分から奪った女にあれだけ執着するなど、バカの考えることは分からない。だが、それは利用できると気付いた。
ユーリスを使って、ウルスラを一人でおびき出させる。ユーリスの命が無いと告げれば、あの忌まわしい白い護衛どもを置いてくるだろう。そこを殺せば、万事解決だ。
それを確かめるため、先日、裏ギルドの連中を使ってユーリスに手紙を届けさせた。きっと彼女は、自分からの手紙を心待ちにしていたはずだ。
案の定、手紙を受け取った彼女は指定した待ち合わせ場所に来た。相変わらずユーリスは美しい。だが、それがあの女の手によるものだと腹立たしかった。
それに、ユーリスの隣にいていいのは、自分にだけ相応しい特権なのだ。間違っても、あんな女にはそんな権利など爪の先ほども存在しない。
来てくれたユーリスに、「君は脅されているんだろう?」と聞けば、彼女は涙を流してうなずいた。聞けばウルスラに脅され、わざとあんな心にもないことを言わされたのだという。やはり思った通りだ。
そして、今でも自分を愛しているという。あの魔窟から自分を救い出してくれるのを心待ちにしているとか。
そこまで聞かされれば、自分も本気にならざるを得ない。必ずやあの女を殺し、ユーリスを取り戻して、二人で幸せに暮らすのだ。もうヴィンディクタ家を手に入れることはできない。だが、最後に裏ギルドの連中を使って、意趣返しに皆殺しにくらいしてやってもいいだろう。
あんな醜い女を生み出した家だ、一緒に消えてもらったほうがいい。醜い一族など、この世にいるべきではないのだから。そうしたら、あの家のめぼしい財産だけでも奪って、ユーリスと暮らすのだ。なんと素晴らしい。
(くっくっく…作戦当日が楽しみだ)
早く作戦を実行したい。だが、裏ギルドからストップがかかっている。やつらは殿下や白い護衛どもを警戒しているらしく、隙を伺っているようだ。
そんなことをせずとも、ユーリスを使えばすぐにウルスラだけ殺せる。それでいいと何度も言っているのに、やつらはちっとも聞きやしない。
「念には念を入れたいんですよ」
そればっかりだ。おかげで、自分はいつまで経ってもこの薄暗い建物から外に出られない。食い物は出るが、どれも味気ない保存食ばかりだ。酒も強すぎる。いい加減、この中にいるのはうんざりだ。
すると、突然呼び出しがかかった。案内されるがまま違う部屋に向かうと、俺をここまで連れてきた男がそこにいた。
「来てくれましたね」
「御託はいい。さっさと作戦を実行するぞ。もうこんなところにいるのはイヤなんだ」
「いやはや血気盛んで何より…。良いでしょう、こちらとしても朗報が入ったので、それをお伝えに来たんです」
「朗報だと?」
「はい。なんと、殿下が国外に諜報に出たようです。これで彼女の守りは各段に落ちます」
「ほう、それはいいじゃないか」
フェリクス殿下。こいつらが言うにはただの王族ではなく、凄腕の諜報部なんだとか。その実力は裏ギルドの連中ですら敵わず、そのせいで俺の暗殺依頼書を引き渡す羽目になったんだと、言い訳がましく述べていた。
それを聞いた俺は、裏ギルドへの不信感を強めていく。
(ふん、やっぱりこいつらがだらしないせいで失敗しただけじゃないか。相手が強いから失敗しただと、情けない連中だ。チッ、やっぱり組むんじゃなかったな)
結局、こいつらのせいで思うように動けなくなってしまった。こいつらとしては俺を守ってるつもりだが、俺一人ならさっさとウルスラをやっていたのに。無駄に時間だけ食わされたのは納得がいかない。
だが、やっとその時が来たのだ。これまでの事には目をつぶろう。問題なのは、あの醜い女を殺すことなのだから。
「殿下さえいなければ、あの護衛の4つ子は我々だけでも対処できます。その間に、モートン様はウルスラお嬢様を始末してください」
「言われんでもそうするさ。その後のことも分かっているんだろうな?」
「ええ、もちろんですとも」
裏ギルドとは、醜い女を殺して終わりではない。その後、殺害発覚で衛兵に捕らえられる恐れがある
。それではユーリスとの幸せな生活が送れなくなってしまうから、国外への逃亡を手配してもらうのだ。そのくらいの役には立ってもらわないと。
その後、殺す段取りを付けた俺は、早速部屋に戻ってユーリスに送る手紙を書いた。この手紙の到着を、ユーリスは首を長くして待っているに違いない。
手紙には、あの女を殺す段取りが付いたこととその日にち、そしてユーリスへの想いの限りをつづった。この手紙を読んだとき、きっと彼女は俺の愛の深さに感動して、涙を流すだろう。その涙を、俺が拭ってやれないのが残念でしかない。
だがそれももうすぐ終わりだ。再び、彼女が俺の隣に戻ってくる。そうすれば、俺の恋のささやきを、雨のように彼女に降り捧げよう。
その時が楽しみだ。まるで、もう彼女が俺の隣にいるような気分になりながら、固いベッドに横になった。




