終幕~わたしはもう死に戻らない⑨~
後日、フェリクスを交えた作戦会議をウルスラの自室で開いていた。
もう婚約者となったフェリクスなので、私室への出入りも当然認められている。そんな彼は、今日は手土産として王都でも人気のベイクドチーズケーキを持ってきてくれた。
しっとり焼き上げた生地に、チーズの濃厚な味と香りが堪らない一品だ。複数のチーズをブレンドしているらしく、フレッシュクリームチーズのくちどけの良さと、ナチュラルクリームチーズの発酵させた風味のバランスがいい。
これに合わせるのはやはり紅茶がいい。ハーブティーではチーズの濃厚さに負けてしまうので、別の菓子に合わせるほうがいいだろう。紅茶の渋みが口の中の濃厚さを洗い流し、次の一口を新鮮なものにしてくれる。
そうして切り分けられたそれを半分ほど食べたところで、先日のユーリスの話を説明。しばし考え込んだフェリクスが口を開いた。
「…うん、その線で間違いなさそうだね。おそらくモートンは捨て駒だ。彼らが依頼として動くだけのの都合のいい、ね」
「やっぱりフェリクス様もそう思いますか」
ウルスラとユーリスだけで考えた憶測だが、フェリクスに認められれば、がぜん真実味が出てくる。
ホッとしたウルスラだが、そこにフェリクスは予想外の話を始めた。
「それでなんだけど、ぼくはしばらく諜報で国を空けようと思う」
「そうなんですね………えっ?」
そのままうなずいてしまいそうなところで、ウルスラは驚きで固まった。
今このタイミングで?これから、いつモートンが仕掛けてくるのか分からないのに、そんな時にフェリクスがいないなど、心細いし、不安になる。
だが、本来フェリクスはそういう立場だ。ウルスラ一人にかまってはいられない。彼にだってすべきことがあり、例え婚約者であろうとも関われない領域というものがあるだろう。
それでも…と思ってしまう。だが、ここでわがままを言ってはいけない。ウルスラは気丈に笑顔を浮かべて、フェリクスの負担にならないように努めることにした。
「わかりました。こちらは大丈夫ですので、フェリクス様はお仕事に…」
「という体で、油断させようと思うんだけど……違うよ?本当に空けるわけじゃないからね?」
「えっ、あ、そ……そうなん…ですね?」
「うん。ちょっと裏ギルドを油断させようと思う。ぼくが君と関わりがあることはともかく、婚約したこともバレてるかもしれない。そうなれば、君が1人で行動してたら、それは囮で裏でぼくが動いてると感づかれかねないからね。だから、ぼくは国外に出てることにするのさ」
フェリクスの言葉にウルスラは安心し、胸を撫で下ろした。
よかった、彼はちゃんといてくれる。さっきまで心細かった心が一瞬で安心に切り替わってしまうのは、彼への信頼の強さと、やっぱり好きだからだ。
あからさまに安心した様子を見せるウルスラに、フェリクスは嬉しそうに笑っていた。
(ああ、やっぱりウルスラは可愛いなぁ)
言葉にしてしまうと恥ずかしがって、拗ねちゃうから言わない。でも、言って恥ずかしがる姿も見たいから、自身も大分重症だなとフェリクスは独り言ちた。
自分が不在という情報だけで喜怒哀楽をあからさまに見せる存在に、どうしてこんなにも心が湧きたつのか。これが恋というものかと実感する。
空色の髪の間から見える、薄紅色の頬とのコントラストが美しい。その頬に口づけしたくなるが、まだ早い。互いに好きだと分かり、婚約者になったばかりなのだ。焦る必要はない。
これからじっくりと、互いの好きを重ね合わせていけばいいのだから。
「そうそう、その間はぼくはこの屋敷で使用人として働かせてもらおうかな。そうすれば、屋敷を出入りしてても何も不思議じゃないし、そこまで裏ギルドも探っては来ないだろうからね」
「え゛っ」
フェリクスの提案に一番気まずそうな声を上げたのはウルスラだ。当然というべきか、王子を使用人として働かせるなど言語道断である。作戦の一環と分かっていても、畏れ多くてそんなことできるわけがない。
「フェリクス様、それはさすがに……」
「庭師とか楽しそうだなぁ。あ、下男でもいいかも?いっそ、ウルスラの侍従が一番いいかな?」
もはやノリノリのフェリクスは止められそうもない。これならいっそ、自分の目の届く範囲に置いたほうが精神上いいのではないかとウルスラは思い始めた。下手に誰かの下に預けて、叱責されてるフェリクスを見た日には心臓がすくむ。
かといって、フェリクスが常に傍にいるのも、心が持たない。彼が後ろに侍っていると思うだけで、どうしようもなくドキドキして、何もできなくなりそうなのが怖い。
(いっそ前に置けば安心するかしら?……って、私は何を考えているのよ…)
もはや混乱しすぎて、自分が何を考えているのかすら分からない。
ウルスラは苦悩の気持ちを吐き出すのと一緒にため息も吐き出し、気持ちを切り替えることにした。
「それは後で考えるとしまして……、あの男の始末をどうするか考えましょうか」
「そうだね。君を殺させないのはもちろんだけど、逃がすわけにもいかない。ただ、君を殺すまでは裏ギルドの妨害が入ると思っていいだろう。そうなると、ぼくや4つ子では彼を殺すチャンスが来るかは分からない。…ウルスラ、君自身がやることになるかもしれないよ」
「ええ、分かっております」
ウルスラはしっかりとうなずいた。
自分の手を汚すことはもう決めたのだ。今更それに臆するつもりはないし、逃げるつもりもない。
ウルスラの目に決意の光を見たフェリクスは、その決意を確かに受け取ったと頷く。
それから計画を練り上げていく。キーはユーリスだ。もっともモートンに近づき、彼に疑われない彼女だからこそできることがある。
そのために必要なものを手配する段取りまで進んだところで、場は解散となった。
あとは、モートンがユーリスを使い、ウルスラを呼び出そうとする。その時を待つだけだ。




