終幕~わたしはもう死に戻らない⑧~
「それでは行ってまいります」
「ええ、気を付けてね」
そう言って、ユーリスは出掛けて行った。
モートンが指定した場所は、王都の街角の一角だ。それなりに人出もアリ、すぐに人を連れ込めるような場所もない。ユーリスをその場で誘拐…なんてことは無いはず。
もちろんそれは、こちらも手出しができないということだ。いっそその場で始末してしまえば…というフェリクスの過激な案もあったが、人目に付くリスクが大きすぎてウルスラが却下した。
念のため、ラルフを事前にその近くに配置させている。ユーリスは買い出しのついでに寄ったという体なので、侍女服で出掛けた。ラルフは私服に着替え、のんびり買い物を楽しんでいるというフリである。
ユーリスが出掛けた後、ウルスラは自室で一人、お気に入りの子猫のガラス細工を撫でていた。滑らかなガラスの表面を指で撫で、その造形の細かさを楽しむ……つもりが、実際は全然落ち着かず、ずっとソワソワしっぱなし。
一刻も早く、ユーリスが帰ってきてほしい。ただそれだけが、今のウルスラの願いだった。
(はぁ…こんなことになるのなら、さっさとあの男は始末すればよかったわ)
何度もその後悔が頭をよぎる。
一通りの復讐を果たし、もはや絞りつくした雑巾のようにボロボロになったあの男が、ここまで面倒になるとは思わなかった。
ウルスラの予定では、自暴自棄になって襲ってきたモートンを4つ子に迎撃させ、正当防衛の一環で誤って殺してしまうというつもりだった。まさか裏ギルドが関わるという想定外さえ起きなければ。
どうでもいいと侮ったツケがこれだ。このツケは、ウルスラ自身が払わなければならないだろう。じゃないと、ウルスラがすっきりしない。
ゆっくりと、ガラスの子猫を棚に戻した。そのまま自分の手を見つめる。お嬢様らしく、汚れもシミも何一つない、綺麗な手。でも、近いうちにこの手は汚れるのだ。いや、汚す。そのときが、ウルスラとモートンの因縁に終止符を打つときだから。
その後、しばらくしてユーリスが戻ったという報告を聞き、ウルスラは居ても立っても居られなくて、部屋を飛び出す。そして、ウルスラの部屋へと向かおうとしてたユーリスと鉢合わせし、そのまま抱き着いた。
同い年なのに、ユーリスはまるで娘を受け止めるかのように、微笑みを浮かべながらウルスラを抱き締める。
「ユーリス!無事だったのね……よかった」
「お嬢様、ご心配おかけしました。はい、どこにも問題はありませんよ」
ウルスラを抱き締めたユーリスは、そのまま主の頭を撫でた。不敬だが、今はそれが最適解のように思える。事実、ウルスラはその行為を咎めることなく、むしろ喜んで受け入れていた。
部屋に移動した二人は、まずはソファーに座り、落ち着くことに。ジャムを入れた甘い紅茶を用意してもらい、ユーリスも座らせて報告を聞くことにした。
「…というのが、あの男の作戦のようです」
「そうなのね…」
ユーリスの説明によれば、モートンはユーリスを使って、ウルスラを王都の外れにある廃屋敷に一人で来るようおびき出し、そこで自らウルスラを斬り殺すつもりのようだ。
それだけを聞けば穴だからの作戦にしか聞こえないのだが、モートンは自信満々であり、その謎の自信は一体どこから来るのか不思議なほどだ。
まず穴の一つ目。
「ユーリスが私をおびき出すというのは、どういうことなのかしら?普通、主人が使用人のためにそこまで危険を侵すと思うかしら?」
はた目から見れば、ウルスラとユーリスの関係は主人と使用人の関係でしかない。もちろん、実際の関係はずいぶんと異なっているが、それは当人と、その当人たちを間近に見ている者しか知らない。
二人の関係をモートンが知っているとは思えない。となれば、その時点で破綻している計画なのだが、一体どこに自信があるのだろうか。
疑問に思うウルスラに、ユーリスは苦笑しながらその疑問に答えた。
「…どうやらあの男は、私がお嬢様の大切な『私物』だから絶対に盗り返しにくると、信じて疑わないようです」
「へぇ……あの男の中では、私はそういう人間になってるのね」
「全くです。あれほどお嬢様の近くにいながら、一体お嬢様の何を見ていたというのか、理解に苦しみますね」
主従は揃って笑みを浮かべた。真っ黒な笑みを。
人を物扱いなどただの一度もしたことがない。にも拘わらず、そんなことをするような人間だと思われるなど、不愉快極まりないことだ。ユーリスにしても同様で、主人をそのように見られていい気分などするわけがない。
物扱いしているのはモートンのほうだ。自分がそうユーリスのことをそう見ているから、ウルスラもそう見ているはずだという思い込みを作っている。
とはいえ、一つ目の疑問は氷解した。内容には大きな不満があるが、それは今は置いておく。
「次だけど、一人で来いって……仮にも侯爵令嬢が1人で出歩けるわけないでしょうに」
「それなんですが、私の命を使って脅すようです」
「…矛盾してない?あの男がユーリスに危害なんて加えられないでしょう。起こるはずもない危害なんて、脅しにはならないわよ」
「大変不本意ですが、そうですね。ただ、あの男の頭の中では、私が危険にさらされれば、お嬢様は何でも言うことを聞くと思い込んでいるようです」
「…本当に、どんな頭してるのかしら」
お花畑が過ぎる。二人は呆れたように息を吐いた。
少し頭が回れば、そんな脅しに意味は無いと気付くはずだ。そんなことも気付かないほどモートンの頭が回らないのか、それともウルスラのことをそう認識しているのか。
とはいえ、穴だらけの作戦は、それだけ隙を突きやすいわけでもある。その辺は、遠慮なく利用させてもらおうとウルスラは考えた。
そして最後の三つ目である。
「もし私を殺したら、それこそあの男は殺人罪で捕まるわ。その後のことは考えていないのかしら?」
「一応、後の手配は裏ギルドがやってくれるようです。私とあの男を他国に逃がす手続きをしてくれるとか」
「………あの男、裏ギルドに依頼料払ってるの?そこまでアフターケアしてくれるのかしら」
「いえ、その様子はありませんでした。『素晴らしき理解者だ』とか言ってましたが、どこまで真実かは…」
「そうなのね」
ウルスラは口元に手を当て、少し考え込んだ。
詳しく裏ギルドのことを知っているわけではない。だから断言できるわけではないが、そこまでやってくれるものとは思えないのだ。
フェリクスの予想では、裏ギルドはフェリクスに一泡吹かせればいいだけなのだ。モートンのことなどどうでもいいはず。わざわざモートン一人どころか二人も手間をかけて逃がすことをしてくれる組織には思えない。
まして、依頼料も払っていないのだから。
(どういうことかしら……あの男は依頼者だから依頼完了まで守るのは分かるけど、依頼を終えた後も守る意味がある?国境まで通すのだってそれなりに手間のはずだし、衛兵など追手が付くリスクだってある。わざわざそんなことをしなくたって……あ)
そこまで考えて、ウルスラに一つの予想が浮かび上がる。それが正しければ、裏ギルドの気前の良さにも納得ができる。
その予想を、ウルスラは口にした。
「…もしかしてだけど、裏ギルドは私が殺された後、その場にいる全員皆殺しを考えているんじゃないかしら?」
「えっ?そんなことは…」
ない、と言おうとしてユーリスも気付いたのだろう。難しい顔をしている。
「これまでのはモートンのシナリオ。ただ、裏ギルドのシナリオは少しそれに加えるんじゃないかしら。例えば…そうね、私が殺された後に、あの男もユーリスも殺して、その場に放置。そうして誰かが見つけたとしても、過去の因縁からモートンの無理心中でした、とかね」
「ありえますね。もしくは屋敷に火を放って、何もかも焼いて証拠隠滅も」
「そっちの方が可能性高そうね。呼び出す場所が場所だもの。それが一番裏ギルドにとって手間が少ないし、モートンをそのままにするのもリスクがある。用事さえ済めば、あとは用無し。多分、裏ギルドもモートンを騙していると思うわ」
二人で話し合いながら、徐々に裏ギルドの狙いをより具体化していく。
なお、二人は絶対にモートンのことを呼ばない。「あの男」呼びだ。もう名を口にすることすら、嫌らしい。この様子からも、二人のモートンへの嫌悪感の強さがうかがえた。




