第四幕~あなた自身の手で堕ろしてくださいな⑰~
「それで、この後はどんな脚本を描いているんだい?」
「そうですね……」
フェリクスの質問に、ウルスラは考え込んだ。
ここから先は、完全に死に戻りの頃には無い展開だ。つまり、未知と言える。
だが、モートンがどう動くかは想像がつく。死に戻りの中でも、ウルスラから何も奪えないと気付いた時の彼の行動は、一貫して共通している。
おそらく、これからのモートンもそうするはずだ。その予想を、ウルスラは口にした。
「モートン様…いいえ、モートンはこれから私を殺しに来るはずです」
「いよいよだね」
「はい。何も奪えないのなら、せめて私の命だけは奪う。彼はそう言う男です」
「君が言うと説得力が違うなぁ」
「ふふっ、そうでしょう」
なにせ彼に5回も殺されたのだ。言葉の重みが違う。
ただ、それに対し、ウルスラはどうするのかがまだ決めかねていた。
一番手っ取り早いのは、彼を殺してしまうことだ。はっきり言って一番簡単で、最もウルスラにとっても危険が少ない。
ただし、問題なのは当然殺人が法を犯すという点だ。ウルスラは彼のように、何も後先のことなど考えずに行動するつもりはない。ウルスラさえ殺せれば後のことなど知らぬの彼と違い、ウルスラにはその後もあるのだ。
家族にも、4つ子にも、ユーリスにも…そして何よりフェリクスにだって迷惑を掛けたくない。そうなると、殺人が発覚する恐れがある手は使えない。
それを言うと、フェリクスは難しそうな顔で悩み始めた。
「まぁそれはそうだね。となると、後は相手が仕掛けてきたところを反撃して、その時に『誤って』殺してしまう…くらいかな。それなら罪に問われることもないだろうね。面倒にはなるけど」
「はい、それが妥当かなと思ってます」
ウルスラもフェリクスの考えに、神妙に頷いた。
リスクはあるが、それがウルスラに最も非が及ばない方法だ。
ただし、そのリスクはかなり高い。過去の死に戻りでも、ウルスラを直接殺すと決めたモートンにはためらいが無い。二人で出掛けていて日常会話中に殺してきたり、出合い頭に殺されたり。
ウルスラが彼の存在を視認した時点で、既に殺しは始まっている。それがリスクだ。
当然その際の攻防は4つ子頼りになる。モートンには監視を付けたままなので、いつ仕掛けてくるのかは分かるはずだが、それでも、いつ殺しに来るか分からないというのは恐怖だ。
その恐怖を思いだして、ウルスラの体が震え、縮こまる。顔はうつむいて、膝に乗せられた手が震えているのが目に入った。これまでは、モートンの目的のためにはまだウルスラは殺されなかった。だがもう、殺す段階に入ったのだ。
それが怖くないわけがない。どんなに優秀な護衛がいようと、殺人鬼に狙われる恐怖が無くなることはないのだ。
膝の上で震えるウルスラの手に、誰かの手が添えられた。顔を上げると、対面にいたはずのフェリクスが隣にいる。間近で見上げることになった彼の顔は、彼にしては珍しい、辛そうな顔をしていた。
「殿下…?」
「…ねぇ、ぼくが殺しちゃダメ?こんなに君を怖がらせるような奴、今すぐにでも始末してしまいたいよ」
どうしてそんなに切なそうに言うのだろうか。フェリクスの気持ちが、ウルスラには分からない。分からないけど、それでもフェリクスにはこれ以上迷惑を掛けたくないという気持ちが勝る。
さっきは次の話をしたが、もうフェリクスが見て面白くなるような場面はないはずだ。殺すか、殺されるかの二択の一瞬だけの場面。
その一瞬の場面に、彼を立ち会わせるのは難しい。だって、ずっとウルスラと共にいるわけにはいかないのだから。かといって、自分のせいで彼の手を汚してほしくもない。
だから、怖がる心を必死で抑え、ウルスラは笑顔を浮かべた。何も問題などないのだと、彼に伝えたくて。
「大丈夫です、殿下。安心してください。きっと大丈夫ですから」
「ウルスラ嬢…」
だから、そんな顔をしないでほしい。こちらの方が切なくなってしまう。
重い空気のまま、この場は解散となった。
ウルスラとアーサーが出ていった部屋には、フェリクスが1人残っていた。ソファーに座ったまま、テーブルに肘をついて手を組み、組んだ手の上に顎を乗せる。彼は先ほどと一転し、おそらく誰も見たことがないであろう、憤怒の表情を浮かべている。
(ああもう…ウルスラ嬢には悪いけどさっさと殺してしまおうかな)
ウルスラをあんなにも怖がらせるモートンという男が、心底憎い。これまではウルスラにとっての復讐相手であり、フェリクスから見ればおもちゃのような存在だった。いや、ピエロと言ったほうが正しいだろう。
死に戻りから彼の行動パターンを知っているウルスラによって弄ばれるピエロ。ただそれだけなら、フェリクスにとっては面白いだけの存在に留まっていた。
だが今は違う。ピエロは殺人鬼という配役に代わり、ウルスラは復讐者の立場から殺人鬼に怯えるか弱き令嬢へとなってしまった。
彼女の元には、自分が鍛えた4つ子がいる。遅れは取らないだろうと思っている。だが、いかなる場面においても絶対はあり得ないのだ。
それは今回のモートンのパターンにおいては特に顕著である。大抵、殺人鬼というのは殺人に酔っており、簡単には殺さない。殺人そのものを楽しむからだ。だがモートンは違う。ウルスラによれば、彼は『殺す』という結果一つにのみ執着している。余裕がない。
わざわざ誘拐して相手が苦しむ様を見たいとか、そういった余裕がないのだ。助けるといった余地が存在しない。殺すか殺されるかの二択のみ。シンプルだけに厄介極まりないのだ。
それは狙われる側にも、守る側にとっても非常に重い緊張を強いられる。わずかな気のゆるみが命を失う結果になりかねない。
だからこその先手必勝。やられる前にやったほうがいい。だがそれをウルスラ自身が拒否している。これではフェリクスといえど動けない。
(…僕は何を気にしているんだ。さっさとやってしまえばいいだけじゃないか。どうして…)
フェリクスはすでに殺しを経験している。諜報がメインではあるが、時には暗殺をすることもある。今更モートン一人殺したところで、どうということは無い。
自分が何を躊躇っているのか、それがフェリクスには分からない。ただ、彼の頭に浮かぶのは、笑顔のウルスラの姿だ。彼女の笑顔を曇らせたくない。だからこそ、モートンを殺したいし、殺せない。
ウルスラ……彼女の笑顔を守りたい。それに気付いた時、フェリクスはようやく自分の心に気付いた。
(ああ、そうか……ぼくは、彼女を好きなのか)
だから、守りたいのだ。彼女のことを。彼女の笑顔を。
彼女の笑顔を曇らせる存在を、許して置けない。それが今はモートンだが、この先も同じだ。彼がこの世からいなくなった後でも、彼女を笑顔を守りたい。
最初は面白い少女だと思った。初めて会ったのは彼女が9歳の時か。それからもう7年の付き合いになる。こんなにも一人の女性と付き合い、語り合ったのは他にいない。女性というものにほとんど興味を持てなかったのに、どうしてウルスラにだけはこんなにも興味を持ってしまったのか。
彼女の傍にいれば面白いものが見られると思っていた。だがそれは、徐々に彼女自身を見たいというものに変わっていった。きっとその頃にはもう、ウルスラに惹かれていたのかもしれない。
昔、彼女を横抱きにしてずいぶんとからかわれたことがある。あのときには、もうそういうことだったんだと思う。
「そうだ……守ればいいんだ、ぼくが」
そうつぶやいたフェリクスは立ち上がった。諜報部の拠点を出ると、その足で真っすぐに王宮へと向かう。
ウルスラを守るため、フェリクスは次の一手を打つ。その顔に、彼らしくない覚悟を決めた男の決意を宿して。




