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侯爵令嬢ウルスラの愉快な復讐劇~開幕です~  作者: 蒼黒せい


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第四幕~あなた自身の手で堕ろしてくださいな⑫~

「あら、気付いていないとでも思ったんですか?言ったでしょう、彼には監視を付けてあると。モートン様が我が家を乗っ取ろうとしていることなど、当に知っておりますわ」


 正確には死に戻りで知ったことだが、それを今ここで言う必要はない。大事なのは、二人の秘め事はとっくに筒抜けだということ。


 まさか知られているとは思わなかったのか、ユーリスは驚いて口をぱくぱくさせるだけ。何も言えなくなってしまった。


 そこにウルスラは更なる追い打ちをかける。


「モートン様はおよそ2年前、私の両親を暗殺しようと企んだ前科がありますの。それも聞いておりますの?」

「な、なによ、それ……そんなの……聞いてな……」

「両親を殺害した後は、私を殺してあなたを後妻に入れる。その計画ももちろん知っておりますわよ」


 微笑んでそう言えば、ユーリスは信じられない物を見るような目でウルスラを見ている。当然だ、どこに自分を殺そうとしている相手と婚約する人間がいるのかと。


 もはやユーリスの頭は、婚約をどちらが望んでいるのかなどどうでもよかった。それ以上に、今目の前にいる存在が、理解不能で、恐ろしいものにしか見えない。


「話を戻しましょうか。確かに私はモートン様との婚約を望んでいますが、その目的は別にあります。間違っても、あの方を愛しているなどということはありませんわ。愛されたいというのなら勝手にどうぞ。モートン様が私のことを嫌っているのも、かまいません。私の言いたいことは…」


 そこで言葉を区切ったウルスラは、じっとユーリスを見つめた。


 碧の瞳に見据えられ、ユーリスに悪寒が走る。理解不能な存在が、何を考えて自分を見ているのか。分かるわけがない事態に恐怖しかない。


 それでも、黙ったままでは恐怖に呑まれてしまう。ユーリスはかろうじて声を上げた。


「な、なによ…」


 ウルスラの瞳はユーリスを放さない。その瞳は、まるでユーリスを憐れむかのように細められていく。


「愛されてもいないあなたが一生懸命なのが、本当に不憫でならないということです」

「なっ…ふざけないで!私はモートン様に愛されているわ!あなたとは違うのよ!」


 聞き捨てならない言葉に、ユーリスは一瞬で沸騰した。


 絶対にそんなことなどありえないのだと、この1週間ずっと考え続けていた『疑念』を吹き飛ばすように声を上げる。


(愛されていないだなんて、そんなことありえないわ!モートン様は私を愛している。だから体も許したし、彼も子どもができたと知ったら喜んでくれたのよ!そうよ、この女は自分が愛されてないからって、そんな出まかせを言うしかないの。なんて哀れなのかしら)


 ユーリスは気付いていない。必死になればなるほど、疑念が深まっていくことに。


『愛しているのなら、どうしてこの1週間、ただの一度も自分の元に来てくれないのか』


 モートンには大きな仕事がある。そのためには、1週間自分が放っておかれるのは仕方ないことだと、何度も自分に言い聞かせた。


 あんなことがあった後では、自分の元を訪れることはできないはずだ。来て婚約解消につながっては元も子もない。だから、モートンが来てくれなかったことは、何ら不思議なことではないし、まして落ち込むようなこともでないのだ。


 だがその疑念を、ウルスラは正面からぶつけてきた。


「ではなぜ、モートン様はこの1週間、あなたに会いに来ていないのですか?」

「っ!!!それは、彼には大事な……」

「ええそうでしょうね。あなたをズタボロにし、子どもを堕ろして、それでも1週間放置してもいいくらいの、大事な大事なことがあるんですものね」


 満面の笑みで、ウルスラはそう言い切った。


 それにユーリスは両の手を握り締め、何とか言い返そうと思っても言い返せなかった。


 彼にはなすべきことがある。そのためには今自分のことをかまっていられないのだと、頭は理解している。


 だが心はどうだ。心は何を望んでいる?


 それを見てはならない。開けてはならない。知ってしまえば、もうユーリスの心は保てない。落とされたガラス細工が、粉々に砕けてしまうのと同じように。


 それを、ウルスラは笑顔でたやすくこじ開けた。


「そんな大事なことよりも、自分の元に来てほしい。そう思っているでしょう?」

「っ……うっ……ああ……」


 何度も考え、否定してきた想い、それをウルスラに告げられたユーリスは、涙が決壊した。


 心身共にどうしようもないほどに傷ついたユーリス。彼女にとって、モートンこそが救いだ。その救いは、いつかではない。


『今』欲しかった。今来て、抱きしめてほしかった。彼に何度も殴られ、意識を無くした時、目が覚めたときにそばに彼がいるはずだと、何の疑いも無かった。


 誰もおらず、自分の部屋で一人で目覚めたときの絶望。


 ヴィンディクタ家なんてどうでもいい。侯爵夫人になれるなんて些細なことだ。ただ彼に、モートンにそこにいてほしいのに。それを願うことすら許されず、叶えてくれさえしない。


 だから、ユーリスが思うことは不思議ではない。


『本当に、モートンは自分を愛しているのか?』


 と。


 ユーリスの表情を見て、ウルスラは彼女がモートンからの愛を信じられなくなっていることを察する。


(あともう一押しね。そのためには、嘘もつかせてもらうわ)


 ここから話すことは事実無根のでたらめだ。だが、ユーリスにとってはこれ以上ないほどに効き、もはや嘘か事実か確かめる正気すら失うだろう。


 その時が、ウルスラの手に堕ちるときだ。


 ウルスラは放心しているユーリスへ、とどめの嘘を放つ。


「ねぇユーリス、知っておりました?モートン様が浮気なさっていたことを」

「っ……それは、私のコト…」

「いいえ、あなたでも私でもない方ですのよ」

「えっ……」


 なにそれ、そんな話聞いていない。


 どういうことだと目で訴えれば、ウルスラは頬に手を当て、いかにも困ったという体を見せる。


「実はモートン様、貴女の他にも浮気相手がいるの。名をなんておっしゃったかしら…そう、リゼロット・マルムというご令嬢だわ」

「…………」

「ふふっ…そういえば、あなたのお父様をだました詐欺の投資話を持ち込んだのも、マルム家という噂だわね。あら、これはなんていう運命なのかしら?」


 ウルスラはカラカラと笑った。


 これは嘘だ。モートンはリゼロットと浮気などしていない。面識くらいはあるかもしれないが、あの女は美しいだけで金のない男には用がない。


 事実なのは、マルム家がユーリスの生家から金をだまし取るための詐欺の投資話を持ち掛けたこと。つまり、ユーリスにとってマルム家はお家取り潰しの原因であり、憎んでいる相手だ。


 モートンが、そんな家の令嬢と浮気をしていた。それだけで、ユーリスの精神はもう耐えられないだろう。そうウルスラは踏んだ。


「…………」


 ユーリスは何も答えない。もはや表情は虚ろで、どこを見ているのかすら分からなかった。


 その姿に、ウルスラはデジャヴを感じていた。そう、何度も死に戻りを繰り返し、前世の記憶を思い出すことになるまでの直前の自分。


 度重なる絶望の繰り返しに、心が壊れた姿。


 この状態こそが、ウルスラがユーリスにさせたい姿だ。ここまで堕とせば、後は簡単。


 ほんの一瞬、胸が痛む。彼女の状態がどんなものか、他ならない自分がよく知っている。どれほどの絶望を味わわせればそうなるのか、二度と経験したくないほどに。


(…気にしてはダメよ。これは必要なことなの。モートン様にとどめをさすために)


 ウルスラはユーリスの前まで歩み寄ると、床にひざまずき、彼女と同じ目線に合わせる。ユーリスはそれにも気付かず、ただ明後日の方向を見ている。


 そっと右手を伸ばし、ユーリスの左頬に手を添える。肌と肌が触れる感触に、一瞬彼女の心が戻ってきた。そのチャンスを、ウルスラは逃さない。


 ニヤリとそう笑みを浮かべ、言葉を放つ。


「ユーリス、私の下に来なさい」

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