第四幕~あなた自身の手で堕ろしてくださいな⑦~
「なぁ、ウルスラ。そろそろ結婚のことを考えてくれたかい?」
「申し訳ありません、モートン様。まだ心の準備が……」
「そうか。大丈夫だよ、私が君をしっかりと支えるから」
「モートン様……すみません、私が弱いばっかりに」
「…いや、ぼくが急ぎ過ぎただけだから、謝らなくていいよ。ただ、愛する君と一刻も早く一緒になりたいだけなんだ。今日はこれで帰るから」
「はい、またお会いしましょう」
そう言って、モートンはヴィンディクタ家の屋敷を出ていく。
ついさきほどまで、ウルスラとモートンは中庭でお茶をしていた。ウルスラの16歳の誕生日にも訪れなかったのに、ある時を境にまたウルスラの元を訪れるようになったのだ。
尤も、誕生日を祝わなかったことへの謝罪は一言で終わり、それからはずっと結婚を催促してくるばかりだ。それをウルスラはのらりくらりと交わしている。
(とんだ茶番だわ)
モートンを見送り、自室へと戻る廊下を歩きながら、そうウルスラは愚痴た。
ウルスラにはモートンと結婚する気などさらさらない。今は結婚することに心の準備が整っていないという体で断っているが、整う時など永遠に来るわけがない。
一方、モートンも同様だ。彼がウルスラを愛しているなどありえない。平然と外にユーリスという浮気相手を作り、ウルスラの元を訪れるよりも頻度は高い。そんな彼がウルスラとの結婚を望んでいるのは、ヴィンディクタ家の暫定爵位狙いだ。そんなものを与えてやるつもりなど、かけらもない。
そんな茶番をウルスラが何度も繰り返しているのは、『その時』を待っているからだ。最もモートンに絶望を与えられる瞬間を。
自室に戻ると、待っていたかのようにラルフが入室を求めてくる。許可を出すと、すぐさま入室し、報告を始めた。その報告の内容に、ウルスラは冷酷な笑みを浮かべる。
「時は満ちたわ」
その一言にラルフはうなずいた。ついに主の待望の瞬間が来たことを、彼も喜んでいる。
(お待たせしましたね、モートン様。あなたに与えられた絶望、その真骨頂をこれからお見せしますわ)
ウルスラは迅速に指示を出していく。演者は整った。復讐の舞台第四幕の開演である。
***
その日、夕日が差し込む頃にモートンは騎士の務めを終えて、いつもの酒場へと向かった。
体は疲れているが、これからユーリスに会えるかと思うと疲れなど感じていられない。彼女の美しい笑みを思い浮かべ、足早に進んでいく。
「いらっしゃい!あら、モートン様じゃないか」
酒場に入ると、出迎えのは女将だった。ユーリスが出迎えてくれなかったことに彼は眉を寄せ、女将に尋ねる。
「女将、ユーリスは?」
「それがさぁ…今日はまだ来てないんだよ。何の連絡もない。こんなことは初めてなんだが、私らも商売があるから部屋にも行けなくてね」
「何だと?」
ユーリス不在という状況に、モートンは悪い予感が浮かぶ。
ユーリスは美しい女性だ。それだけに、酒場でも男たちから声を掛けられることが多い。大抵は女将がさばき、ユーリス本人も慣れてきたのかそつなく断っている。
だが、もしかしたら酒場の外で厄介な男に絡まれたのかもしれない。そう考えたモートンは、すぐさまユーリスを探しに行くことにした。
「私はユーリスを探しに行ってくる。今日はいい」
「ああ、そうだね。頼んだよ。最近体調悪そうだし、どこかで倒れてなければいいん…」
最後まで聞かず、モートンは酒場を飛び出した。
不調の原因は分かっている。悪阻だ。一線を越えたモートンとユーリスの間に生まれた一つの命。
命が宿っていると分かったのは2か月前だ。その時点で既に2か月だという話だから、今は妊娠して4か月目になる。
すでにユーリスの体はユーリスだけのものではない。ユーリスとモートンとの子ども、そして何よりユーリスはモートンのものなのだから。
(どこの誰だか知らないが、ユーリスに手を出したことを後悔させてやる!)
怒りの形相を浮かべ、モートンはまずユーリスが借りているアパートの部屋に向かった。道中どこかにユーリスがいないか探しながらだったが、どこにもユーリスの姿は無い。
「ユーリス?」
部屋のドアをノックする。予想通りというか、返事は無かった。ドアノブに手を掛ける。ドアはあっさりと開き、そのことにモートンは驚いた。
(ドアが開いている?どういうことだ……)
ゆっくりとドアを開ける。部屋の中は窓がカーテンで遮られており、ほんの少しの夕日が差し込むだけ。
部屋の中に入っていくと、誰もいない。ここにはユーリスはいないのはすぐ分かる。だが、部屋のドアは開いていた。ユーリスに何かあったという嫌な予感が、どんどん膨らんでいく。
一緒に二人で寝た小さなベッド。小さなクローゼットに、机に椅子。棚。1輪の花だけが生けられた花瓶。
女性の部屋にしては殺風景だが、薄給のユーリスにはこれでも贅沢なのだ。とくに荒らされた様子はない。
そのとき、机の上に1枚の紙が置いてあることに気付いた。
(何だこの紙は……『この紙を見たのなら、西門付近の木造倉庫まで一人で来い』…!?)
これは明らかに誘拐だ。しかも、ここにモートンが来ることを分かった上で仕掛けている。
ユーリスには両親はもういない。他に家族もいないから、天涯孤独なのだ。ということは、身代金目当ての誘拐という線は無い。
つまりこれは、モートンを呼び出すために行われた誘拐だ。部屋を飛び出したモートンは、焦る気持ちを抑えつつ西門へと駆け出した。
(くそっ、俺のせいでユーリスが危険な目に!無事でいてくれ、ユーリス!)
モートンはすっかり社交界とは距離を置いていた。誘われることが無くなったというのもあるが、今の顔で令嬢や夫人の前に出られないというのが大きい。
それもあって、モートンに恋焦がれた令嬢はもういない。そう思っていたのだが、そうではなかったのかもしれない。
(おそらく、俺に恋慕している令嬢による犯行だろう。だが、こんなことをするような奴の言うことなど聞くものか!)
モートンの脳内に悪質な犯人像が浮かび上がっていく。そんな卑怯な奴に屈してなどなるものかと、正義の心を燃やし、足を動かし続けた。
「はぁっ、はぁっ……ここか」
西門付近の木造倉庫。
それらしい建物を見つけたとき、かなり夕日は沈みかけている。一刻も早く、ユーリスを誘拐犯の魔の手から救い出さないといけない。
はやる気持ちを抑え、荒れた呼吸を整えつつ、モートンは倉庫の入り口に手を掛けた。入り口に鍵はかかっておらず、あっさり開いた。倉庫の中にはろうそくが点けられており、薄暗いがまだ中の様子は見える。
目を凝らし、中をよく見るとそこには思いもよらぬ人物が待ち受けていた。それは、モートンがこの世で最も醜いと評する女だった。
「お待ちしておりましたわ、モートン様」




