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侯爵令嬢ウルスラの愉快な復讐劇~開幕です~  作者: 蒼黒せい


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第四幕~あなた自身の手で堕ろしてくださいな①~

 目を閉じると、あの時の光景が今でも思いだせる。


 自分が病床に伏している横で、妻をないがしろにして夫が外で作った女と仲睦まじい様子を見せつける光景が。膨らんだ腹を撫で、絶望を煽る様は見るに堪えない。


 その様子を自室でノートに書きつけたウルスラは顔を上げる。外から夕陽が差し込み、もうすぐ夜になろうとしていた。


「ふふっ、あれからもう1年になるのね」


 マイクとモートンによる、両親暗殺未遂事件。あれから1年と少しが過ぎた。


 ウルスラは変わらず、社交に精を出している。他にもいずれ婿を迎えるため、その際に領主としての仕事もできるよう、少しずつ父から領地経営も教わっていた。


 モートンと結婚することはない。だが、誰とも結婚しないわけにはいかない。誰と結婚するかはまだ考えていないけど、その準備だけは進めている。




 もちろんモートンの監視も怠らない。あれから騎士学校に復帰したモートンだが、欠けた歯が見られないようにとすっかり人付き合いが無くなり、孤立していた。


 かろうじて令嬢や夫人が招待するパーティーには参加するが、マスクをし、一切飲み物や食べ物を口にしない。それもあって招待も減り、最近はほぼ参加していないようだ。


 孤立が深まるにつれ、彼の形相は徐々に悪化していった。何もないのに常に苛立つような態度を見せ、やたらと周囲を警戒している。美丈夫と呼ばれたその顔は、陰が差して恐ろしさだけが際立っていた。


 15歳になり、騎士学校を卒業したモートンは、屋敷を出て騎士団の宿舎に入った。針のむしろの屋敷にいるよりはよほどマシだろう。


 だが、孤立しているのは変わらない。欠けた歯が見られないよう、食堂では常に一人で壁向きに座る。さっさと食べ終わるとマスクをして、足早に食堂を出ていく。声を掛ける暇すらなく、その不愛想さに誰もが関わることを止めていた。


 かろうじて続いていたウルスラとの逢瀬も、最近は何も言わずに欠席してばかりだ。もちろん病欠などではなく、宿舎にこもっているだけ。それは監視させているからよく分かる。


 数少ない逢瀬でも、モートンの態度はまるで負け犬が遠吠えだけは一人前のように、虚勢を張るものでしかない。ウルスラ相手に一丁前なことばかり言うが、その手はいつも震えている。


 それをウルスラはいつもと変わらない微笑みを浮かべて聞いていた。ときにはウルスラを小ばかにするような発言をし、背後に控える4つ子に殺気を浴びせられて怯えるのはいつものことだ。もちろん、ウルスラはどんな発言も笑って流している。


(ふふふ、そんなことばっかりおっしゃって。ちゃーんと、嘘だって分かっておりますのよ?)


 そうやって一生懸命に虚勢を張るモートンのことが、ウルスラは楽しくてたまらない。自分という恐怖に呑まれまいと懸命に抗うその姿が、なんと情けなく、なんと滑稽か。自分に嗜虐趣味でもあったのかと錯覚してしまうかと思うほどに。


 時折、モートンの顔が恐怖に引きつるのだ。たまに本性が顔に出てしまうらしく、4つ子に肩を叩かれて修正してばかり。それも、最近モートンが来ない要因かもしれない。




 ただ、ウルスラには一つの懸念があった。


 それは、モートンがこの先何もしかけてこないのではないか?というものだ。過去の死に戻りでは、この時点でウルスラは孤立し、両親も亡くなっている。モートンは屋敷を支えるためという名目で、屋敷に住み着いていた。


 それが今はどうだ。ウルスラは順調に社交界で知り合いを増やし、両親は健在。モートンは騎士団の宿舎住み。まるで異なる状況だ。こうなると、この先どう動くかは過去の記憶があまり当てにならない。


 これでも彼のことだ、動くはずだと信じている。モートンに信用は無いが、別のベクトルでの信頼はあるのだ。だが、その信頼も陰りを見せ始めている。


「すっかり大人しくなってしまって……ちょっと当てが外れてしまいましたわ」

「なるほど、それは一大事だ」


 今日も今日とて、ウルスラはフェリクスの元を訪れていた。もちろん、表向きはウィンドウショッピングのついでである。


 今日は紅茶ではなく、ハーブティーだ。フェリクスが最近諜報に行った国での主な飲み物がこのハーブティーらしい。お土産と称してごちそうになっている。


 ゆったりとソファーに座り、淹れてもらったカップを手に取る。鼻に近づけると、少しピリッとした爽やかな香りが鼻孔を突き抜けた。香りを堪能し、次に液体を口に運ぶ。ほのかな苦みが広がり、次にわずかな甘み。どちらも口に残ることなく、後味はさっぱりだ。


「おいしいですわ、このハーブティーとやら」

「気に入ってもらえたのなら何よりだ。今度また盗って……輸入させておくよ」

「……そうしてくださいまし」


 何やら不穏な言葉が聞こえた気がするが、無視しておく。相手は法の外で活動する存在だ。常識を説いた所で意味がない。


 一旦ハーブティーのことは脇に置くと、このまま復讐が果たされずに終わることへの不安から、ウルスラの口からはため息が漏れる。


 それを気にかけ、フェリクスは声を掛ける。


「君へ次に何か仕掛けるとしたら、何になるんだい?」

「ええと……確か、私以外の女性と浮気をし、子どもを作りますわ」

「ほう………?」


 ピシリと空気が凍った。一気に空気は重く、呼吸がしにくい。部屋から音が無くなったようで、やたらと心臓の鼓動が耳に響く。


(えっ、どうして殿下が怒っていますの?)


 明らかに空気が凍った原因はフェリクスだ。


 表情は変わらないように見えて、明らかに余所行きのまさに貴族らしい笑みを浮かべている。いつもの自然で無邪気な笑みではない。


 なおウルスラは知らないが、フェリクスがウルスラ以外に見せる笑みはほとんどよそ行きの笑みである。そのことを4つ子はちゃんと理解している。


 フェリクスはカップを置いた。ソーサーと触れるだけの音がやけにうるさい。自分の指同士を組み、テーブルに肘を着く。組んだ指の上に顎を乗せ、ゾッとするような低く、それでいて楽しげな声でしゃべりだした。


「それはそれは……ウルスラ嬢を放ってそんなことをするなんて、クズ中のクズだなぁ。今すぐ殺していい?」

「だ、ダメです…」


 あまりのフェリクスの迫力に、ウルスラは自分の声が震えるのが分かった。


(こ、怖い……)


 それが今のフェリクスの正面にいるウルスラの正直な感想だ。これが国を代表する諜報部の迫力。残忍で冷酷な、時には執行者となることに一切疑念の余地を抱かせない、恐ろしき君臨者。


 国を裏から操ることにためらいも恐れも無い。自らの情報一つで数万の民の命運を左右しようという立場にありながら、その決定は棒を倒して進む方向を決める子どもの様な無邪気さを併せ持つ。


 奴隷市場も裏ギルドも、この国の闇をたやすく内包する。それがフェリクスという、この国の第三王子。国王も兄王子すら恐れる、真の姿だ。


 フェリクスはそこで、自分がウルスラを怖がらせていることに気付いたようだ。長く息を吐くと、凍り付いた空気は霧散し、そこにはウルスラにとっていつものフェリクスがいた。


「あぁ、ごめんね。ぼくらしくもなく、つい殺気立ってしまったよ」

「い、いえ…」


 初めてフェリクスの殺気を浴びてしまったウルスラは、落ち着くためにとカップを手に取った。しかし、震える指はカップを持てない。


 その手を、フェリクスの手が包んだ。


「こんなにも震えてしまって……本当に、申し訳ない」

「っ……!」


 ウルスラより大きい手。フェリクスの手は、ウルスラの手をすっぽり包み込んでしまった。


 大きく、温かく、少しゴツゴツしている男性の手だ。これまでもフェリクスと握手することはあったのに、今日に限ってはやたらとその手を意識してしまう。


 さっきまで恐ろしいと感じていた男の手が、自分の手を包み込んでいる。怖いはずなのに、どうしてか今は安心し、それでいて……恥ずかしい。


 包まれている時間が長くなるほど、震えは収まっていく。それに反比例するように、今度はウルスラの頬が赤く染まっていく。


(殿下の手…私の手と全然違う。男性の手って、こんなにもたくましい……って、私は何を考えているのよ!?)


 自分の考えていることが急に恥ずかしくなり、咄嗟にウルスラは手をフェリクスの手の中から引き抜こうとした。


「も、もう大丈夫ですわ!殿下、だから手を放して……」

「そうかい?でも、今度は顔が赤いよ?」

「~~っ!だ、大丈夫なんです!」


 強引に手を引き抜く。まるで手に心臓があるかのように、鼓動が激しく感じられる。手を握り合わせていると、フェリクスは申し訳なさそうな表情を浮かべて、謝罪してきた。


「ごめんね、ぼくの手で触れてしまって…気持ち悪かったね」

「い、いいえ、そう言うことじゃないんです!そういう、こと…じゃなくて……」

「…ウルスラ嬢?」


 否定したいけど、どう否定すればいいか分からない。尻すぼみになりながら、ウルスラは恥ずかしさのあまりそっぽを向くしかない。


 その反応に、フェリクスは本気で分からないのか首をかしげていた。


 それを、今日の護衛役であるアーサーは呆れた目で見ている。


(ああ、まただ。全く……どうして男女の機微に関してだけは、この2人はこうも鈍いのか、本当に分からない)


 ウルスラは、過去においてだがモートンに恋していたこともあるのに。そう思うと、アーサーは不思議でたまらない。


 だが、アーサーはアーサーで恋をしたことがあるわけでもなく、好きな人もいない。彼もまた、恋愛という点においては初心者でしかないのだ。


 最初から一目ぼれで、恋愛における過程を全部すっ飛ばしてしまった過去のウルスラ。そんな彼女にとって、好意をはっきり認識していない異性との接触がどれほど慣れてないかなど、周囲はもちろん、当人も知らなかった。

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