第三幕~あなたに奪える命はありません⑦~
モートンは優雅に紅茶を飲みながら、ラトロ家の自室で新聞を読んでいた。そこに載るはずの記事が無いことに、内心焦りを感じながら。
(おかしい。もうとっくに殺されたはずだ。なのに、どうしてまだ載らない?)
ウルスラの両親が領地に向けて出発し、既に1週間が経っている。計画通り、裏ギルドが手配した盗賊が襲撃を掛けていれば、もうとっくに死んでいるはず。高位貴族が殺されたとあれば、新聞に載らないとおかしい。
だがどんなに隅々まで読んでもヴィンディクタ家の文字一つない。載っているのはくだらないゴシップ記事ばかりだ。モートンの望む記事は見当たらなかった。
この日、モートンは騎士学校が休日ということもあり、時間はたっぷりある。それで新聞を何度も読み直しているのだが、やっぱりない。
念のため、それまでの新聞も見直してみた。だが、やっぱりそんな記事は無い。そのことにモートンは徐々に不安を大きくしていく。
(まさか失敗したのか?くそ、高い金を払ったというのに役に立たない連中だ。何が裏ギルドだ、ろくに使えない役立たずの集団じゃないか)
モートンが払ったわけではないのにそう彼が思うのは、既に彼の中でヴィンディクタ家は自分のものだという認識になっているからだ。当然、その家の夫人の宝石も自分のものだと思っている。
(チッ…やっぱりあんな愚か者の言うことに乗ったのがまずかったか?)
きっかけは、ヴィンディクタ家に仕える執事長の息子マイクからだった。
マイクは自分は優秀なのにいつまで経っても執事長になれない。父である執事長に懇願しても、当主に直談判してもダメ。そこで、次期当主になるであろうモートンを頼ってきたわけだ。
実際にはモートンが次期当主になることはないが、貴族のややこしい法など平民風情が知っているわけがない。それにマイクはずいぶんとやせ細っており、目もおどおどしていて美しくない。こんなやつの言うことなど聞きたくないのが本音だ。
やや遠回しにモートンは拒否した。しかし、マイクは自分はカジノに借金があり、このままではヴィンディクタ家の評判を落とすことになるぞと脅し始めたのだ。
それにはモートンも驚き、逆にマイクを危険視した。
(とんでもない奴だな。こんなやつが将来俺の使用人になるというのか?ここはさっさと排除を……いや、こいつは使えるな)
モートンは常々、どうやったらウルスラの両親を排除できるか考えていた。だが、相手は高位貴族。下手な方法では失敗し、自分に火の粉が降りかかってくる恐れがある。
そこに現れたマイク。カジノに入り浸り、その借金のためには自分が仕える家を脅す始末。やっていることはクズだが、それはつまり自分のためなら何でもやるという使いやすさも秘めている。
それに気付いたモートンはニヤリと笑い、マイクに話を持ち掛けた。執事長を排除するという計画を。初めはマイクもそこまでするつもりはなく、むしろ諫める側になろうとしていた。
しかしモートンが、「俺が当主になれば屋敷の資産を好きに使っていいぞ」という殺し文句にあっさりうなずいた。所詮金で動く輩などこんなものだと、マイクを見下しながら。
もしモートンが暫定爵位を得ても、あのうるさい執事長がいては屋敷を好き勝手にできない恐れがある。だったら、まだこの金で操れる息子のほうを執事長に据えたほうが扱いやすいというものだ。モートンにとっても、執事長排除は悪い話ではない。
(あの男は、一々俺に口を出してきて厄介だからな。ウルスラという婚約者がいながら他の令嬢や婦人たちと楽しむ俺を諫めてくる。この機会に排除してやろう)
その後、マイクは裏ギルドと接触したという話を聞かされる。裏ギルドは騎士学校でもその存在をほのめかされており、危険だとされている。マイクは裏ギルドを使って、父親を排除すると考えたようだ。
それを聞いたモートンは、執事長どころかヴィンディクタ家夫妻も排除する計画を思いついた。裏ギルドを使えば、自分の手を汚すことなく始末でき、暫定爵位を得ることは確実だ。
その話をすると、やはり小物のマイクは恐れ、止めた方がいいのではと訴えた。しかし、金をちらつかせればあっさりうなずく。
(…この男、扱いやすいが簡単に流されやす過ぎるな。信用できないし、何かあれば簡単に俺を裏切るかもしれない。こいつもいずれ排除することを考えておくか)
モートンはマイクに対する不信感を隠しつつ、マイクに裏ギルドへ殺害依頼をするよう頼んだ。
翌日マイクから、高位貴族の暗殺依頼には貴族の証明が求められたという。平民の自分では依頼書にサインできないので、モートンがサインしてほしいというのだ。
(チッ、サインなんかしたら万が一の証拠になってしまうじゃないか!だが、確実に排除したいなら裏ギルドを使うのが確実だ。ここは大人しく、リスクを取るしかない)
モートンはそのことを了承し、マイクと共に裏ギルドへと向かった。
裏ギルドは、王都の裏路地にある今にも倒壊しそうなアパートにあった。だがそれは外側だけで、中はしっかりとした構造になっている。そこで担当の指示に従い、契約書にサインをしていく。前金としてマイクが夫人から盗んだ、大ぶりの宝石が付いた指輪を出す。
それを見たモートンは心の中でひっそりと舌打ちをしていた。
(この宝石も、本当は俺のものだったはずなのに…くそっ)
しぶしぶサインを終えたモートンは、マイクとともに暗殺の予定を決めていく。暗殺は、ヴィンディクタ家夫妻が領地の祭りに参加するため、出掛ける日に行われるようにした。盗賊を雇って護衛もろとも始末する。
さらに護衛を減らすためにマイクには症状の軽い毒薬が渡された。軽い体調不良に陥るもので、食中毒に似たような症状だという。それをマイクが護衛たちの食事に混ぜ、護衛に参加できないようにさせるのだ。
これで確実に始末できる。そう思っていたはずなのに、その連絡がいつまでも来ない。
焦りが刻々と積み上がる中、使用人がドアをノックする音が聞こえた。
「なんだ!?」
焦りから声を荒げてしまい、モートンはハッとした。ダメだ、今はまだ大人しくしていないといけない。2年前の件で、外の反応は収まったが、屋敷の中は相変わらずのままだ。父も兄も、自分への当たりが強い。
ひどく気に食わないが、いずれこんな家は出ていき、自分は格上のヴィンディクタ家の当主となるのだ。それまでの辛抱だと強く自分に言い聞かせる。
一旦深呼吸したモートンは、今度は優しく声を掛け直す。
「すまない。声を荒げてしまった。入ってきていいよ」
「…はっ、申し訳ありません」
入ってきたのは歳若い侍女だ。怯えているが、あとで優しくフォローすればすぐになんとかなるだろう。
モートンはどうしたのかと優しく尋ねた。
「その、ウルスラお嬢様より至急屋敷に来てほしいとのことです」
「ウルスラが?なぜ?」
「分かりません。ヴィンディクタ家より馬車もよこされており、至急それに乗ってきてほしいと」
「……分かった、すぐ行こう」
侍女が部屋を出ていき、モートンは身支度をしながら考えていた。
(まさか、今頃うまくいったのか?それなら理由が言えないのも、今すぐ来てほしいというのも納得できる。フン、無能だと思ったけど、しっかり始末したというのなら遅れたのには目をつぶってやろう)
支度を終え、玄関に向かうとそこには確かにヴィンディクタ家の紋章が入った馬車が待っている。馬車の前には、ウルスラにいつも付くようになった真っ白い髪と肌の従者がいた。
(チッ、こいつか。いつも俺のことを無視するような態度を取りやがって。だが待っていろ。当主も執事長もいなくなったのだから、お前のこともすぐに首にしてやる)
モートンはこの従者が嫌いだった。常にウルスラの傍に侍り、そのくせモートンのことはまるで存在しないかのように顔を向けることがない。この世で最も美しい自分が無視されるなど、到底許されることではないのだ。
そのすまし顔も今日までだと思いながら、モートンは馬車に乗り込んだ。




