第三幕~あなたに奪える命はありません⑥~
諜報部の拠点から帰宅した後、デニスは一旦自室に戻った。
そこには休憩中のアーサーとオーティスがいる。アーサーは椅子に座って読書を、オーディスはウルスラの書いた手帳を読んでいる。ラルフはモートンの監視中だ。
4つ子は4人で大きな一部屋を使っている。ウルスラに関わる秘密の共有が必要な4つ子は、個室ではなく大部屋を選んだ。おかげで彼らはいつでも情報を共有できる。
デニスはそこで、今日起きたことを共有するために二人に報告した。
「………というのが、今日の進捗だ」
「わかった」
「そうなったか。やはり殿下の力を借りる羽目になるとはな…」
「やむを得ない。われらの誰かが傷ついても、お嬢様は気になさる。それに、殿下が動くことで無傷でなんとかできるなら、それに越したことはないからな」
「分かっている。だが、もどかしいのは分かるだろう」
「当然だ。我らだけの力でお嬢様をお助けできないのは、悔しい」
アーサーはギュッと手を握り締めた。自らの力不足を嘆くように。
全く同じ顔、同じ背丈、同じ声をした3人が話す光景。
ウルスラ以外の者であれば、誰が喋っているのかすら判別できないだろう。下手をすれば独り言だと受け取られかねない。
今日の共有情報は、モートンがウルスラの両親及び執事長暗殺の依頼書の奪取を、フェリクスが担当したということ。諜報としての腕で言えば、4つ子はフェリクスにだって引けを取らない。だが、圧倒的な経験の差が、今回のような対応の違いを生む。
「裏ギルドか…殿下は当然のようにかかわりがあるのだな」
「そうだな。私はてっきり殿下と殿下率いる諜報部で力づくと思っていたが…さすがに内情まで把握されておられるとは驚いた」
「殿下は……我らとはまったく異なる行動原理を持っている。誰にも殿下を知り切ることはできんさ」
3人は同時にため息をついた。殿下の底知れなさに、畏怖と称賛をこめて。
国内の全てを知り尽くしているのではないか。そう思ってしまうほどに、フェリクスの知識は膨大だ。その知識を生かした対応力は、まさに諜報を行うための天恵と言っていい。所詮特別な訓練を施された『だけ』の4つ子とは違うのだ。
だが、そんなことで落ち込んではいられない。すでにウルスラの復讐は進んでいるのだ。自分たちも足踏みしてはいられない。
自分の分の紅茶を淹れ、一口飲んだデニスは「そういえば…」と切り出した。
「お嬢様と殿下は……その、何なんだろうな」
「………」
「………」
デニスの言葉に、アーサーもオーディスも黙った。この場にはいないが、ラルフも同じ反応だっただろう。
「そんなの、こっちが聞きたいくらいだ」
「だろうな」
「いつだったか、お嬢様を殿下が横抱きで連れ込んだこともあった。……お嬢様は、特に嫌がった様子はなかったな」
「いきなりすぎて反応に困ったんじゃないか?」
「それもあるだろうな。別にお嬢様は男性嫌いというわけではない。…それなら、我々を近くに置かない」
「それなら殿下は?あの方の元に3年いたが、あれほど女性と親しいところは見たことが無い」
「女性と接したことが無いわけではないが、あれほど親密に触れていたところも無いぞ」
「そう考えれば、横抱きとはいえ女性扱いしたというのは…殿下がお嬢様を女性扱いしているということになるな」
「お嬢様にとってモートンは復讐対象だ。どう考えても、結婚することはないだろう」
「…つまり、お嬢様と殿下が……その可能性はある、か?」
デニスの呟きに、他の二人は黙り込んだ。
ありえるのでは?と一瞬でも考えた自分の思考に、なんとも複雑な気持ちだ。この場にいないラルフも含めて、4つ子にはウルスラへの恋愛感情は無い。あるのは純粋な敬愛と奉仕の精神だけだ。
とはいえ、主の異性関係に全く関心が無いわけではない。幸せになってほしいし、そのためにはなんでもする覚悟はある。
だが、その相手はあのフェリクスであるということが、なんとも微妙だ。
王族だし、見た目ももちろん優れている。立場や権力は申し分なく、それどころか国王すら裏で操る彼より『安全』な存在など他にはいない。
言ってしまえば、彼以上の優良物件などそうないのだ。…なのだが、彼の倒錯的な『人の闇を面白がる』という性質が、男という以前に人間として勧められない。
フェリクスにも選ぶ権利はある。彼は明確に『面白い女性』が好みだと言っている。その条件に合致するのがウルスラで、それを当人同士がいる場で言ってしまうのは彼らしくもないのだが、その時の反応が既に互いを意識していると言える。
つまるところ、ある意味お似合いなのだ。ウルスラにはまだ候補がいるかもしれないが、フェリクスにしてみれば彼女以上の女性はいない。フェリクスが本気でウルスラを狙えば、それで決定事項だ。彼なら、他の候補となりうる男を、『いかなる手段』をもってしてでも外すだろう。
そうなったときのことを考えて、3人は身震いした。彼と敵対することだけは、いかなウルスラに忠誠を誓う4つ子であっても避けたい。
「………」
「………」
「………私は護衛に向かう」
「私も行こう」
「いってらっしゃい」
次の護衛をアーサーが、しばらくしたらマイクの監視にオーディスが向かう。デニスは休憩。それぞれが次の任務に向けて動き出した。
少々気まずい空気を残しながら。
***
それからあっという間に日は過ぎていき、両親と執事長が領地で開催されるお祭りのため、出発する日が来た。
ウルスラは両親を見送るため、玄関にいた。他の使用人たちも見送るために集まっている。
馬車や馬の整備は完璧。警護として付く護衛は、当初の予定通り10人が、しっかりと体調万全で出発を待っている。
それをウルスラは自分の手筈がうまくいった証拠として、ほくそ笑んでいた。さらに、ある人物がいつもと異なる様子を見せていることにも気付いている。
(ふふっ……やっぱり慌ててるわね。あなたの大事なものは、どこに行ったかしら?)
ウルスラが横目で見ている先には、顔面蒼白のマイクがいた。
彼も見送る使用人の一人として玄関にいるが、視線は下を向き、口元は震えている。手もわずかに震えており、明らかに何かあったというのが明白だ。周囲にいる他の使用人も、どうしたのかとちらちら見ていた。
どうして彼がそんな様子なのかを、ウルスラは良く知っている。分かってはいるが、まだそれを明らかにするのは早い。マイクともう一人、とある人物が驚愕する顔を見るために、今は放置する。
そんなマイクの様子を、父でもある執事長が不審そうにしていた。
「マイク、何を挙動不審になっている?私がいなくても、しっかりと務めを果たすのだぞ」
「は、はい…親父…」
「……やれやれ」
情けない息子の様子に眉尻を下げ、呆れたような様子を見せた執事長だが、自分の本来の仕事のために当主のもとへと戻っていった。
「では、行ってくる」
「行ってらっしゃいませ、お父様、お母様」
「ええ、行ってくるわ」
両親を乗せた馬車がゆっくりと進み始める。それをウルスラは、何の不安も無い微笑みを浮かべながら見送った。
既に策は仕込んである。あとは両親が用事を終えて帰ってくるのを待つだけだ。
その時こそが断罪の時。ウルスラは使用人たちに背を向け、屋敷の中へと戻っていった。誰もウルスラの顔が見えなくなった時、彼女には冷酷な復讐者の顔が浮かんでいた。




