第三幕~あなたに奪える命はありません④~
それから二日後。朝食を終えた後、私室に戻ったウルスラはさらに動きがあったということで、マイクについての報告を聞いていた。
今日の報告担当はアーサーである。手にした報告書を読み上げていく。
「マイクはあれから裏ギルドと接触しました」
「裏ギルド?」
そんなものは聞いたことが無い。不思議そうに繰り返したウルスラに、アーサーは丁寧に説明してくれた。
「裏ギルドは我々諜報部と似たようなものです。諜報・工作・調達・暗殺なんでもござれ。我々と違うのは、いかなる組織にも属していないこと。基本的には金さえあればどんな依頼でも受けます。裏ギルドの存在は秘匿されており、普通の貴族ならまず関わることはありません」
「そうなのね、どうりで聞いたことが無いわけだわ」
「……お嬢様には、一生縁のないものであってほしかったです」
「………続けて」
「はっ」
アーサーのぽつりとした一言に、ウルスラは顔をしかめた。
不快だからではない。4つ子の優しさが今の自分には似つかわしくないと感じるからだ。4つ子はウルスラを主人と認め、敬愛している。だから、諜報活動を行うし、ウルスラが命じれば殺人だってたやすく行うだろう。
だがそれは、4つ子が冷酷無比であるというわけでない。
彼らは訓練によって私情を感じないようにすることができるだけで、消せるわけではないのだ。
4つ子の幸せはウルスラに仕えること。だがさらに欲を言えば、ウルスラが幸せになることを望んでいる。自分たちの存在価値を見出してくれたウルスラだからこそ、その望みは強い。
だから、その幸せには裏ギルドの存在など不要だし、自分たちのような諜報技術も要らないはず。ただの従者として、ときに護衛として敬愛する主人を守れればいい。それが4つ子の願いだ。
私情を誤魔化すように、アーサーの報告が続く。
「裏ギルドと接触したマイクは、その後モートンと再び密談を交わしております。そこでモートンはお嬢様のご両親および執事長の殺害を提案しました。マイクは始めは難色を示しておりましたが、金に釣られて承諾しました。今夜、裏ギルドに正式に依頼すると思われます」
「ついに仕掛けたわね。…でも、そんなところに頼むのなら相当なお金が必要じゃないかしら?マイクはおろか、モートンだってそんなお金ないでしょうに」
「…どうやら、奥様の宝石を盗んで資金にするようです」
「なんですって!!」
まさかの方法にウルスラは勢い余って立ち上がり、激昂した。
ただでさえ借金でヴィンディクタ家に迷惑をかけるかもしれないのに、そのための資金まで盗んでなんとかしようとする。
とんだ腐れ外道だ。絶対に許せない。モートンの協力者は一切容赦しないが、マイクに対しては更に容赦は不要なようだと、ウルスラは心に決める。
激昂から一転。ウルスラは氷のような冷え切った口調で新たな指示を出した。
「マイクの悪行は一切漏らさず集めなさい。死すら生ぬるいと思わせるために」
「はっ」
それはアーサーを含めた4つ子も同じ思いだ。
主であるウルスラを愛し、慈しむ夫人。その夫人の私物を盗み出すなど、万死に値する。アーサーはこの後4つ子の中でこの話を最優先で共有することを決めつつ、続きの報告を続けた。
「裏ギルドですが、マイクからの依頼は受けないと突っぱねております。裏ギルドはよほどの大金でない限りは、身元が保証されている貴族からしか依頼を受けません」
「貴族からしか……それは何故かしら?」
「裏ギルドを裏切らせないためです。裏切って衛兵などに通報すれば、裏ギルドと関わったことを暴露するぞ、という脅しですね。ですので、依頼を契約するためにモートンが出向いて、契約書にサインすると思われます」
「……それはいいわね」
思わぬ証拠の登場にウルスラは嗤う。
そんな決定的な証拠の存在は絶対に見逃せないし、逆に言うと表にも出せない。それが見つかれば、モートンは殺人教唆で牢屋行きだ。それではまだ足りないのだ。
それをウルスラが持ち、さらにその存在をちらつかせればモートンはどんな感情を抱くだろうか。怯えか、逆上か、それとも追い詰められて思いもしないことをしでかすか。いづれにせよ楽しみだ。
(でも、そんなまずい相手に関わって大丈夫かしら?)
問題は、それを手に入れるには裏ギルドに潜入しなければならないだろう。いくら4つ子といえど、難しいのではないか。最悪、相手が相手だけに返り討ちにあうかもしれない。
それだけは絶対に嫌だ。
思案するウルスラに、アーサーを平然と言い放つ。
「お嬢様が望めば、何でも手に入れて見せます」
アーサーの目は真剣にウルスラを見据えている。今すぐそれを命じてくれと、目が語っている。
分かっている。彼らならそう言うのは。だからこそ、言えないのに。そんなリスクを犯したくない。
怖いのだ。もう誰かを失うのは。今はモートンから奪うだけの存在でありたい。
ウルスラにある覚悟は、奪ったら奪われるかもというものではない。モートンの全てを奪い取るという覚悟。誰かを地獄に叩き落とすことへの覚悟だ。
覚悟が必要なのだ、ウルスラには。両親に愛され、人を疑わずに生きてきた少女にとって、誰かを害するということは。
モートンを地獄に落とすために淀んでいた瞳が、今は4つ子を失うことへの恐怖で揺れている。奴隷から買い取っただけの、自分の復讐のために利用した4つの命を、失いたくない。
それに気付いたアーサーは目をそらした。そんな目をさせたいわけではないのに、そうさせてしまった自分の発言を恥じて。
「申し訳ありません」
「いいえ。……正直に答えて。裏ギルドから契約書を無事に盗める確率は?」
「……80%かと」
「わかったわ。……別の方法を考えましょう」
嘘でも100%と答えてればよかったか?答えはノーだ。万が一傷ついて帰れば、ウルスラは間違いなく自分を責める。まして帰れなかったら、復讐すらやめかねない。
だが、モートンが交わすであろう契約書は、ウルスラにとっては絶対に必要なものだ。自分たちが確実に手に入れられないのであれば、違う方法を取ればいい。その方法を、アーサーは口にした。
「お嬢様、フェリクス殿下に頼んではいかがでしょうか?」
「……私もそう思ったわ。でも……いいのかしら?」
「大丈夫でしょう。お嬢様の頼みなら、フェリクス殿下は断りません」
「何よそれ。でも…そうね、ちょっと…そう、ちょっとだけ頼んでみましょう」
そう言うウルスラの横顔は、どこか悲しげだった。




