第三幕~あなたに奪える命はありません③~
「じゃあ、今日はこれで失礼するよ」
「ええ。またお会いしましょう、モートン様」
あれから数日後。
今日は騎士学校が休日の日であり、モートンはヴィンディクタ家の屋敷を訪れていた。2年前は死にそうな顔で訪れていたのに、今ではにこやかな笑顔で平然と門をくぐるようになっている。
立ち直りの早さと面の皮の厚さは常人をはるかに超えるようだ。
(全くもって羨ましくない才能だこと)
今日は婚約者としての仲を深めるということで、中庭でのんびり二人だけの茶会を楽しんでいた。モートンは騎士学校での生活や、卒業のための試験に向けて最近はますます訓練が厳しくなっているという話を。ウルスラは最近参加した茶会で、ある伯爵令嬢が新しい洗髪料を開発・発売し、話題になっているという話をした。
「ああその洗髪料なら聞いたことがあるよ。夫人たちの間でずいぶん人気なようだね。ものすごく髪が滑らかで真っすぐになるとか。今度プレゼントするよ」
するとなぜかモートンがもう知っているということが判明し、あげくにはウルスラに進めてくる始末。さすがにこれにはウルスラも内心ピキッときた。
(モートン様は私のこの髪がずいぶんと気に入らないようね。そういえば死に戻りする前でも言われてたけど、本当にこの方はストレートの髪がお好きなようで)
今の人生ではまだ言われていないが、モートンにとって髪とはストレートこそ美しい…いや、当然であり、それ以外は醜いという思考だ。ウルスラのウェーブがかった髪を醜いとはっきりこき下ろしている。
ウルスラはこの髪が大好きだ。ふんわりとしたボリュームがあり、手暇になるとつい指にくるくると巻き付けてしまう。ストレートが悪いと言いたいわけではなく、単純に好みの問題。
モートンがストレート好きだというのは構わない。彼自身、女性が羨ましくなるくらいに綺麗な金髪だ。連日汗臭く訓練を重ねているのに、どうしてそこまできれいな髪を維持できるのか、知りたい令嬢や夫人は山ほどいる。
だからといって、それ以外を否定していいわけではない。勧められた洗髪料は笑顔でやんわりと断る。
「それはうれしいですわ。でも残念ながら、私の髪には合わなくて…お気持ちだけ受け取らせていただきます」
「そうかい、それは済まなかった。残念だよ」
(その残念ってどういう意味かしら?)
ウルスラが聞き捨てならない言葉に苛立ちを感じている時、背後に控えるラルフからも怒気が漂ってきたのが分かった。
彼をそっと、モートンから見えない位置で手で制する。まだ始末してもらっては困るのだから。
そんな和やかとは言いがたい茶会を終え、ウルスラは帰るモートンを見送った。
モートンは馬車ではなく、徒歩で騎士学校の宿舎まで帰るようだ。ヴィンディクタ家の屋敷から宿舎までは歩いて30分ほど。適度な運動にはちょうどいいということで、モートンは帰っていった。
モートンの姿が門から見えなくなったところで、4つ子の一人であるアーサーが動いた。彼は今日のモートン監視役である。
あれからもマイクのカジノ通いは収まっていない。相変わらず負けが続き、だんだん借金が洒落にならない額にありつつある。そろそろなんとかしようと動き出すころだ
それに、領地でのお祭りの開催時期も近づいている。開催まであと2週間ほど。それに合わせて仕掛けてくるから、こちらにも具体的な動きがあるはずだ。
逆に動きが無い…というのが不安を煽る。4つ子を信用していないわけだが、動いている情報が無さすぎるのも怖いのだ。用意周到に事を進めるのが当然だと思うウルスラの考えすぎで、実は過去の死に戻りはモートンが突発的に仕掛けたものなのかもしれない。
むしろそっちのほうが厄介だ。単純な策のほうが力押しだけに破りづらいし、仕返しの逆風として煽りにくい。
(まだモートン様には踊っていただかないと困るのよ。ここであっさり捕まって牢獄に行かれては、私の復讐の火はくすぶってしまうわ)
両親と執事長の死は避けたいが、モートンが捕まる流れは避けたい。けれど、彼にダメージも与えたい。この匙加減が難しい。
ウルスラが焦りを感じ始めた頃、ようやく動きがあったことの報告が来て一安心した。
「それで、どうなの?」
「はっ。昨日、お嬢様と別れた直後に、モートンはマイクと接触。人気のない場所で密談を開始しておりました」
どうやらマイクが屋敷内でこっそりモートンに話しかけていたようだ。マイクは執事長である父や、雇い主である当主を頼れないと考え、将来的に暫定爵位を与えられるかもしれないモートンに狙いを定めた。
マイクは最初は自分が執事長になりたい。なんとかモートンからもとりなしてもらえないかと頼んでいた。しかしモートンにはそんな権限はなく、最初は断っていたそうだ。
そこでマイクは自分はカジノでギャンブルをし、借金があると話した。このままではヴィンディクタ家にも悪影響があるぞと、モートンを脅し始めたのだという。
そんなことでヴィンディクタ家には何の影響もないし、マイクを切って終わりのことだ。呆れるしかないウルスラに、報告してきたデニスも同意するようにうなずいた。
「信じられないわね……」
「全くです。このように自意識過剰、大局を見る力が無いのも執事長を務められる力量が無いと判断される要素です。続けますね」
「ええ、お願い」
モートンもマイクの脅しにはあまり驚かず、むしろ何を言っているんだという態度だった。しかし、目の前の男がヴィンディクタ家に対し、そこまで忠誠心が無さそうだということに目を付けたのだ。
モートンはそれなら執事長を排除すれば、マイクが執事長になれるという提案を持ち掛けた。さらに、ギャンブル好きなマイクの気持ちを刺激するように、自分が暫定領主になればもっとギャンブルができるよう給与を増やしてやれると付け足す。
それに興奮したマイクはモートンの提案を受けた。二人はそれで一旦解散したという。
報告を受けたウルスラは、つい笑いがこぼれてしまった。
「ふふふっ、やっと動いてくれたわね。これは楽しみだわ」
「はい。我々の腕の見せ所です」
「期待しているわ。今後の監視もしっかりとね」
「はっ!」




