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侯爵令嬢ウルスラの愉快な復讐劇~開幕です~  作者: 蒼黒せい


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17/62

第二幕~あなたには友なんて要りませんわね?⑤~

 茶会から一月後。


 ウルスラはその後の報告をするため、フェリクスの諜報部の拠点を訪れていた。念のため、4つ子を通じて先触れを出したら、フェリクスがそのままヴィンディクタ家の屋敷に突撃しかけたので止められたという。


 一応ウルスラは婚約者がいるのだ。そこに未婚の王子がしょっちゅう出入りをしていていは、余計な疑いを持たれかねない。


 それに、フェリクスとウルスラがする話は絶対他言無用の機密とも言うべき話題だ。屋敷で使用人に聞かれるリスクを避ける意味でも、こっちのほうが都合がいい。


 ちなみにウルスラは、王都でウィンドウショッピングがしたいということでお出掛け中ということになっている。


「ささっ、早くこちらに来てくれ!」

「えっ、あっ、フェリクス様!?」


 この瞬間を何よりも楽しみにしていたフェリクス。彼の行動は早かった。


 拠点に入った直後、待ち構えていたフェリクスにウルスラはあっという間に横抱きにされ、奥の個室へと連れ込まれていった。


 その様子に、抱きかかえられたウルスラも、今日の護衛として付いてきたラルフも、拠点にいた他の諜報部のメンバーも唖然としてしまっている。事情を知るラルフはともかく、諜報部のメンバーからすると全く女っ気のなかったリーダーが女性を抱きかかえた光景など、珍事でしかない。


 しかも、その相手は明らかにリーダーよりもかなり年下という点が、余計なイメージを膨らませてしまっている。それを察したラルフは、「お嬢様には婚約者がおりますので」と一言告げ、一緒に奥の個室へと入っていった。


 だが、その一言がさらに場を混沌へと引きずり込む。「女っ気の無かったリーダーが、婚約者のいるかなり年下の娘をお姫様抱っこして部屋に連れ込んだ」として、のちにリーダーをからかうことになる。もちろん、フェリクスの反撃がどれほど恐ろしいものだったかを語る人はいない。


 個室へとウルスラを連れ込んだフェリクスは、嬉々としてウルスラをソファーに座らせ、自分は紅茶の準備を始めた。遅れてきたラルフがすぐさまその仕事を奪いとり、フェリクスは渋々と言った感じでウルスラの対面に座る。


 あまりに一連の流れが早すぎてついていけず、呆然としていたウルスラだが、ようやく自分が何をされたのかに思い至り頬を染めた。


(い、今、さらっと抱きかかえられて……しかも人に見られてしまったわ!)


 今回はおろか、これまで殺された人生を振り返っても、横抱きにされたことはない。初めての経験と、期せずしてフェリクスのたくましさに触れてしまい、心臓の鼓動がうるさく聞こえてくる。胸に手を当て、なんとか静めようと大変だ。


 そんなウルスラに、フェリクスは不思議そうな顔をして訊ねてきた。


「おや、ウルスラ嬢どうしたんだい?」

「い、いいえ、何でもありませんわ!」


 自分が何をしたのか分かっていない元師匠の姿に、元弟子のラルフは呆れるようにため息をついた。もちろん、主人が頬を染めている理由だってなんとなく分かっている。ただ、それを指摘するのはなんとなく気に食わないので、言わないのだが。


 ラルフは二人の前に淹れたての紅茶を置き、ウルスラの後ろに控える。早速とばかりにウルスラは口を付け、ほぅと息を吐いた。やっと落ち着けたようで、カップを置いてフェリクスに向き直る。


「それではさっそく報告させていただきますね」

「うん、よろしく」


 フェリクスの目は、新しいおもちゃをプレゼントしてもらえる幼子のようにキラキラしていた。本当にそういうのが好きなんだなと苦笑しつつ、ウルスラは話し始めた。


 まずモートンの噂を流していた2人について。


 ヴィンディクタ家当主から抗議文を出されたそれぞれの家は、令息をすぐに騎士学校から退学させた。


 子爵家の令息は国境付近にある砦に訓練兵として送られたという。何かあれば戦の最前線になる最も危険な場所であり、それだけに行われる訓練も過酷を極める。戻ってくる時は、腕の一本が無くなるときだろう。


 男爵家の令息は領地に戻されたうえで、勘当されたという。わずかに学があるということで、小さな商会で働くことができたようだ。しかし、元とはいえ貴族だったというプライドのせいですぐにもめごとを起こしてクビに。その後は実家に頭を下げ、下男として使われているという。


 モートンに付き従っていた2人は、もう二度とモートンの元に戻ることはないだろう。今の彼には、友と呼べるような存在はいない。


 そしてモートンは茶会の後すぐに、ラトロ家で嘘の傷で包帯を巻いていたということがバレていた。


 当然父親は激怒。格上貴族の婚約者を貶める発言をしたのだ。モートンを引きずってヴィンディクタ家に謝罪にきていた。よほど絞られたのか、モートンの表情は虚ろだ。


 その時、ラトロ家当主からは婚約解消の話も出ていた。モートン有責で、慰謝料も払うという。


 もちろんウルスラはこれを拒否。婚約を継続したいという旨を伝えた。


 表向きは、モートンが追い詰められていたのにそれに気付かなかったのは、自分も悪い。共に精進していくべきであり、モートンだけが悪いのではない。それに、こういう不測の事態こそ、二人で乗り越えるべきだと主張。


 ラトロ家当主はいたく感激してくれたようで、涙を流しながらウルスラに感謝した。モートンは信じられないものを見るような目で見ており、震えるような声で「…すまない」と謝罪している。


 もちろんウルスラの本心は別だ。婚約継続はモートンを逃がさないため。彼女の抱える復讐心は、こんなちっぽけなことでは到底晴れないのだから。モートンのためなどという慈悲は一切存在しない。


 騎士学校でも、モートンは白い目で見られているようだ。誠意誠実実直がモットーの騎士が、婚約者を嘘で貶めようとしたのだから、当然の結果とも言える。教官からは特に厳しい指導がされ、先輩方からは陰湿ないじめ。同期からは遠巻きにされているらしい。


 …誠意誠実実直の騎士の卵がいじめとかするのはどうかと思うけど、モートンが辛い目に合っているならそれでいい。特に、そういった人たちの中には婚約者がいるのだが、美しいモートンに婚約者の令嬢が首ったけになっていることもあり、嫉妬も手伝って余計にヒドイとか。


 ちなみにウルスラとモートンとの逢瀬はその後も続いている。婚約解消をしなかったので当然なのだが、相当負い目があるようでモートンはいつもウルスラの機嫌を窺っている。それがなんとも心地いい。


 でも、これで終わりじゃない。彼への復讐はまだ始まったばかり。今後、彼は今回のことなど比べ物にならないようなことをウルスラに仕掛けてくる。


 それを防ぎ、逆風としてさらにモートンを追い詰めていく。ウルスラの復讐はまだまだこれからなのだ。


 全てを話し終えると、フェリクスは大喜びで手を叩き、拍手をしていた。


「あぁ面白かった。彼の自業自得と言えばそれまでだが、ここまでした相手とまだ婚約継続する君の執念は素晴らしいものだ」

「ありがとうございます。この程度でそんなに評価されては、照れてしまいますわ」


 口ではそういうが、ウルスラの表情に照れた様子は見られない。こんなのは当然であり、彼女の心で燃え滾る絶望の薪はまだまだ燃え尽きないのだ。むしろこれからは本番なのだと、ウルスラの顔は愉悦に歪む。


 更なる復讐を、ウルスラは既に計画している。とはいえ、モートンが次に何か仕掛けてくるのはまだしばらく先だ。それは過去の死に戻りの中で経験しているし、それを除いても今のモートンがすぐさま何か行動を起こせるとは思えない。


 だが、次の復讐は今回とは比べ物にならない。なにせ、両親の死がかかっているのだ。確実に両親を死から遠ざけ、画策したモートンを更なる地獄へと叩き落す。そこには一切の油断も、見逃しもあってはならない。


「そうだね。君のこれからに、ますます期待しているよ」

「はい、ご期待に沿えるように頑張りますわ」


 ウルスラの報告が終わり、フェリクスは満足したようだ。


 余談として、ウルスラとモートンがいなくなったあとの茶会では、当然と言うべきかフェリクスに大勢の令嬢が集まった。主役を差し置いての人気ぶりに、辺境伯の息子はずいぶん面白くない様子だったらしい。


 そこでフェリクスは辺境伯の息子と同じテーブルに着いた。自然と令嬢たちも寄ってくるので、結果的には目的を果たせたようだ。なお、フェリクス自身はのらりくらりと令嬢たちのアタックを交わし、退散したそうな。


 今回参加した茶会の平均年齢は12歳。22歳のフェリクスからすれば子どもの集まりであり、彼のお眼鏡にかなう令嬢はいないだろう。


 ただ、それとは別に、フェリクスが未婚だということが気になった。ので、聞いてみる。


「殿下は結婚されないんですか?」

「特にその予定はないかな。別に諜報部だから結婚しないってわけでもないよ。単純に、面白い女性と結婚したいだけさ」

「面白い……ですか?」

「そう、面白いことが条件だね」


 目を細めて笑うフェリクスは、本当にその条件を求めているようだ。それを聞いたウルスラは首をかしげる。


 女性に対して『面白い』を望むとはずいぶん変わっている。そう言われると、ちょっと興味が出てきてしまうのが人間というものだろう。


 つい好奇心を刺激されてしまったウルスラは、さらに深掘りしていく。


「どんな女性が面白いんですか?」

「どんな……ふむ…」


 そう聞くと、彼は難しい顔をして考え込んでしまった。


 実は真面目に考えたことはない?そもそもフェリクス本人が変わっているのだから、まともな条件を望むはずがないのか。あるいは、彼の人生の中で面白いと思える女性と出会ったことが無いから、例えでも言えないのか。


 少し冷めてしまった紅茶をラルフが淹れ直す。温かな紅茶でのどを潤し、ついでに出されたスコーンにオレンジジャムを塗って食べていると、いきなりフェリクスは顔を上げ、ウルスラを見る。


 フェリクスの黒い瞳がウルスラを捉え、離れない。その瞳には、ウルスラはどう映っているのだろうか。


 そのまましばし数秒固まるフェリクス。どうしたのだろうと小首をかしげた瞬間、何か分かったかのように目を見開いた。


「………君だ」

「…へっ?」

「面白い女性とは君のことだよ、ウルスラ嬢」


 なるほど、確かについさっきも面白いと評されたばかりだ。彼基準の面白いには、ウルスラは合致するだろう。合点がいき、つい手を叩いてしまった。


 だが、それが意味するところは何か。そこに行きついてしまったウルスラは急激に顔を赤くしていく。


「えっ、あっ、えと、それ…は……」

「……ん、あ、ああ、そう……だね」


 フェリクスも気付いたのだろう。さっきのは事実上告白のようなものであると。彼は顔に手を当ててそっぽを向いてしまった。けれどその耳はほんのり赤くなっている。


 好きな女性=面白い女性=ウルスラ。


 給仕をしていたラルフもそれに気付き、生温かい目で2人を見ていた。一体何をやっているんだと、ちょっと呆れているところもある。フェリクスにしろウルスラにしろ、自分から墓穴を掘るのだから何をやっているんだと言いたいところだ。


 並の駆け引きは常人以上なのに、男女の駆け引きになると常人以下になるという意味では、ずいぶんお似合いのようだ。ラルフはそう思いながら、自分用に淹れた紅茶を飲みながら目を閉じた。

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