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第一幕~手駒を作りましょう④~

 未来の手駒の確保ができたことで、ウルスラは上機嫌だった。

 通算5度目になる淑女教育も、両親を不審がらせないよう、いかにも初めて受けるかのように振る舞う。たまにちょっとだけ理解が早いかのように振る舞って、「さすがですお嬢様!」という教師の賛辞を喜びの感情でもって受け取る。でも、本当は心の中はちょっとだけ死んでいた。


(1+1ができたことを喜んでもらえる大人の気持ちって……こんな感じなのね)


 無知なふりをするのも疲れるものだ。

 その合間に、モートンへの復讐作戦を練るのも忘れない。

 基本はモートンの動向を探りながら、モートンの仕掛けてくる策を逆手にとって気取られずに返り討ちにすることだ。

 その場合、ウルスラの持つ過去の記憶は大いに役立つ。モートンが何を仕掛けてくるかの参考になるからだ。そこでウルスラは、モートンと婚約するストーリーを描くことにした。。


(逃げたり避けたりすると、モートン様もあれこれ仕掛けられなくて、結局私を殺すことだけしかできてなかったのよね。色々仕掛けやすくさせるには、婚約したほうが無難だわ)


 モートンは婚約してウルスラの懐に入り、それから孤立させたり、両親を殺したりと策を張り巡らせていた。つまり、それだけモートンを返り討ちにするチャンスでもあるということ。

 ここで重要なのは、ウルスラからは仕掛けないことだ。あくまでもモートンから仕掛けてきたことを返り討ちに。それが、最もモートンの心を弄るのに効果的だとウルスラは思っている。


(ふふっ、自分の思い通りにいかず、それどころか自分の策が自分の首を絞める。そのとき、モートン様はどんな表情をしてくれるかしら?)


 それを想像するだけで心は浮き立ち、顔には極上の笑みが浮かぶ。

 さしあたって、最初に仕掛けてくるのは10歳になってからの茶会だ。

 そこでモートンは知り合いの貴族令息二人を使い、ウルスラを虐めさせる。それをモートンが助け、モートンはウルスラに一目ぼれし、ウルスラは助けてもらった恩で婚約。それがモートンの立てた筋書きだ。

 この策は5回の死の中で茶会に出掛ければ必ず仕掛けられたことだ。今回も必ず仕掛けてくるはず。一つだけ懸念があるとすれば、ウルスラがこれまでと変わっているので、モートンも変わっているのではないかという点だ。

 それを見定めるという意味でも、とても大事。

 …もし万が一、今回モートンがウルスラに執着を持っていなければ、ウルスラの復讐は何の意味も無いものになってしまう。ただの殺人者になるだけだ。そんなつまらないことになるのだけは許さない。


(モートン様、ちゃんと私を殺しにきてくださいね♪)


 自身の復讐のために、自分に殺意を向けてくれることを望む。ウルスラという少女は、どこか壊れていた。



 そしていよいよ10歳になってから迎えた茶会。

 出席者を確認し、そこにラトロ家の名を確認した。

 緑のドレスを身にまとい、水色の髪を今日は青いリボンでゆるくまとめている。

 年頃の令息令嬢たちを集められた茶会では、互いを将来の伴侶として相応しいかを見極める場でもある。そこでは親の干渉はできるだけ避け、子どもの意思を尊重することが求められた。同時に、10歳という時点で自ら意思決定することを求められる、試練の場でもある。


 こういった場が初めての子も珍しくなく、椅子に座ってただ紅茶を飲むだけの子や、椅子に座ることすら憚られるのか、庭のオブジェになっている子もいる。

 それをしり目に、ウルスラは庭の端っこにいた。もちろんわざとで、人目に付きにくい場に行って誘い込むのが目的だ。

 そしてしばらくすると、こちらに歩み寄ってくる足音が聞こえた。その音に振り返ると、令息二人がニヤニヤしながらウルスラの元へ近づいてきている。


(うふふ…ああ、よかった。ちゃんと来てくれたわ)


 その二人の顔は見覚えがある。想定通りであることに安心しつつ、ウルスラは突然現れた二人に怯えるという演技を始めた。


「あ、あの…何でしょうか?」

「おいお前、なんだその髪は!変なの~」

「ほんとだ、縮れてておかしなやつだ!」


 ウルスラの髪は自然とウェーブがかかっているため、リボンでまとめてもそれが分かってしまう。ほとんどの令嬢がストレートであることから、ウルスラの髪は彼らには変に見えることだろう。

 ウルスラは自分の髪に自信を持っており、今ならそんな暴言は聞き捨てならないところだ。


(ああ…我慢、我慢よ私。今この小僧二人をのしたら意味がないんだから)


 モートンの協力者は例外なく貶める。だが、まだ諜報部をもたないウルスラにはそれは難しいことだ。まして、まだ今の段階で仕掛けてはモートンが警戒するかもしれない。

 ウルスラは冷静に怯える演技を続け、そしてついに待ち人が現れた。


「やめろよ!彼女が嫌がっているだろう」

「げっ、モートンじゃん」

「くそっ。あっち行こうぜ」


 待ち人はウルスラと小僧二人の間胃に立ちふさがった。

 彼の登場で、小僧二人はあっという間に退散していった。

 美しくなめらかな金髪を揺らし、白のシャツに紺のスラックスをサスペンダーで支えたその後姿を、ウルスラは良く知っている。

 待望の待ち人登場に、ウルスラの心にははひどく黒く淀んだ闇が沸き上がっていた。


(うふふ……待っていましたよ、モートン様。ああダメよ、我慢我慢我慢我慢我慢。まだ殺すのは早いんだから)


 その無防備な背中に容赦なくナイフを振り下ろしたい。その金髪を赤に染まるようにナイフで頭皮を引っぺがしたい。女性の誰もが振り向くその美貌を、ずたずたにしてやりたい。

 そんな願望をかなえるチャンスが目の前にあるけれど、まだその時じゃない。ウルスラは漆黒の喜びに湧く心を押さえつけ、怯える演技を崩さない。


「あ、あの……」

「ああ、こんなに怯えて。大丈夫だよ、彼らはどこかに行ってしまった。これからはぼくが君を守るから」


 振り返ったモートンはウルスラを気遣うように声を掛けてきた。

 その瞳はウルスラのことを心配そうに見ている。だけど、彼の瞳の中には獲物を見つけた狩人の殺意が感じ取れた。

 何もかも過去のモートンのまま。それは、彼の殺意も変わらないという確信を、ウルスラに抱かせた。


「は、はい…助けていただいて、ありがとうございます」


 怯えた表情を残しつつ、助かった安堵から涙目で笑顔を浮かべる。我ながら名演技だと思っていると、その演技を見事に信じたモートンはウルスラの髪へと手を伸ばした。


「君の髪はこんなに美しいのに。…全く、彼らは見る目が無いね」


 そんなことを子どもながらに極上の容姿を持つモートンに言われれば、舞い上がらない女性はいないだろう。初めての時はウルスラはすっかり舞い上がってしまった。

 だが、今は真逆だ。モートンに褒められるなど、喜びの欠片も無く、むしろおぞましさと嫌悪でしかない。さっきまでウルスラの心を満たしていた漆黒の喜びは、瞬く間に漆黒の憤怒と化している。


(美しいだなんて、どの口が言うのかしら。本気でそう思ったことが一度でもあったのかしら?ああ嫌だわ、鳥肌が立ちそう)


 それでも、ウルスラは髪を褒められたことを喜び、はにかむ少女の演技を続けた。ここでしくじっては、モートンに余計な疑念を抱かせかねないのだから。


「あ、ありがとう、ございます……」

「さっ、悪者はいなくなった。さっ、一緒に戻ろう?」


 スカートの裾を握りながら、少し上目遣いでモートンを見た。

 ウルスラの様子を、モートンは満足そうに見下ろしていた。きっと彼の内心は、うまくいったと喜んでいるのだろう。自分が仕掛けた策が成功したことを。…その策そのものを食らいつくそうとしている、蜘蛛のごとき女性に手を出した愚かさも知らずに。


(さぁモートン様。もう逃がしませんわよ?)


 その後、予定通りモートンのいるラトロ家から婚約の申し出が来た。

 ウルスラの父は、ウルスラの意思を確認したうえで申し出を受けることにした。ウルスラはラトロ家からの申し出を聞いた時、父の前でいかにもモートンに好意があるという様子を見せつける。それを信じた父は、ウルスラがモートンに恋したと思い、なんとも複雑そうな表情をしていた。

 娘を持つ父親の心境は、いつだって複雑だ。

 それはきっと、父を通じてラトロ家にも伝わるはずだ。ウルスラはモートンのことが好きだと。それを知ったモートンは、きっと安心してウルスラに仕掛けてくるだろう。

 その時を、ウルスラは心待ちにしている。


「さぁモートン様。せいぜい楽しませてくださいね?」


 侍女も退出させた私室で、ウルスラは窓から外を眺めながらそうつぶやいた。


(おっと、早速手紙の一つで書いておこうかしら。好きな殿方と婚約できたんですもの、恋文の一つくらいは贈るのが礼儀というものよね)


 机に向かうと、便箋を取り出してペンを走らせる。

 この手紙を書くこと自体は嫌でしかない。だけど、こういった地道な行動の一つ一つが、彼に自らの策がうまくいってることを思いこませる布石になるのだ。手を抜くことはしない。

 今思えばモートンもそうだった。殺したいと思っているウルスラを相手に、彼はまめにデートに誘っていたのだ。その点は見習うところだろう。それがどれだけ後の絶望を深めることになるかは、身をもって知っている。

 それを今度はやり返すだけ。ウルスラは楽しそうにペンを走らせ続けた。

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