第7話:味噌汁外交と殿の胃袋会談
隣領からの圧力は日に日に強まっていた。
「妙汁を差し出せ!」「秘伝を共有せよ!」
村人の間でも不安が広がる。
そんな中、父上はついに決断を下した。
「――直接話そう。隣領の領主を招き、会談を開く」
おお、戦国っぽい!
外交の場!政略の匂い!
だが、布武丸は知っている。
この勝負に必要なのは兵力でも財力でもない。
「……みそしる、つくる!」
―――
会談当日。
隣領の領主は立派な鎧をまとった厳めしい男。
「ふん、子供の遊びで国が揺れるとはな……」と不機嫌そのもの。
空気が重い。重すぎる。
重臣たちも息を潜めている。
だが、そこへ――
「どうぞ!」
俺が運んできたのは、大鍋いっぱいの味噌汁。
具だくさん、湯気もうもう。
香りが謁見の間に充満する。
「……なにこれ」
隣領の家臣がごくりと唾を飲んだ。
「おみそしる!たべる!」
俺がにこにこと勧めると、父上も苦笑しながら「どうぞ」と椀を差し出した。
―――
領主は鼻で笑った。
「味噌汁ごときで……我を籠絡できると思うか!」
が、ひと口啜った瞬間。
「……ッ!? な、なんだこれは……!」
椀を持つ手が震えている。
二口、三口……あっという間に飲み干した。
「おかわりだ!」
家臣たちも次々に椀を差し出す。
鍋の中身は瞬く間に空っぽになった。
「……くっ、見事だ。戦ではなく……取引としよう」
領主は顔を赤らめながら言った。
完全に胃袋を掴まれている。
―――
こうして隣領との緊張は解けた。
条件は簡単。味噌と醤油を“交易品”として定期的に分け合うこと。
村人も隣領の民も笑顔になり、誰も血を流さずに済んだ。
「さすが布武丸だ!」
「殿、やっぱり変なことばっかり考えてるけど、役に立つんだな!」
村人たちは大喜び。
俺は胸を張って宣言した。
「これぞ……みそしる、こうしょう!」
父上が額を押さえたのは聞かなかったことにする。
布武丸、3歳。
味噌汁一杯で戦を止めた秋の出来事である。