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蒼天の獅子冒険録

作者: たんたん

 冒険者ギルド《蒼天の獅子》――。


 昼下がりの陽にガラス窓がきらめく。その日、新人冒険者向けの大規模な合同討伐パーティの寄せ集め募集がかかり、ギルド内は見知らぬ顔が入り混じってごった返していた。


「ったく……集団行動って、性に合わないんだけどなぁ」


 リタは低くつぶやきながら、壁際の椅子にふんぞり返って座っていた。燃えるような赤髪を結い上げ、手入れの行き届いた愛剣の柄を無意識に指でなぞっている。鋭い琥珀色の瞳は人を寄せ付けない雰囲気だ。


 そこへ、目立たぬローブ姿の青年がそっと隣に腰掛けた。漆黒色の髪、冷たさを感じる湖色の瞳。大きな杖を携えた青年――カイルだった。


「……空いてる?」

「あ? どうぞご勝手に」


 無愛想な返事。しかしカイルは気にも留めず、荷物から本を取り出して静かにページを繰り始める。


 しばらく沈黙が続く。


 リタはちらりとカイルの横顔を見る。


「……アンタ、何者? 学者かなんか?」


「いや、ただの魔術師見習い。リタさんこそ、有名な素人剣士でしょ? ギルドの連中が噂していた」


「素人じゃねえし。ったく初対面なのに妙に馴れ馴れしいな、アンタ」


 舌打ちするリタにカイルは肩をすくめた。


「じゃあ敬語にするべき? 俺、あんまり上下関係って好きじゃない」


「ふん、ガキだな」


 一方的に話を終わらせたリタはそっぽを向いた。



 その日の合同討伐パーティは最悪だった。


 一癖も二癖もある新人冒険者たちは、魔獣との実戦になるやいなや次々と勝手な行動に走り、統率はバラバラ。森に入ったと思ったら誰かが罠にかかり、遠くでは叫び声があがる。


「……ダメだな、これじゃ」


 カイルが冷静に状況を見て呟く。


「はんっ、ならアンタも一人でやってみたら? あたしはあたしで切り抜ける」


 鼻を鳴らしたリタは獣の唸り声が響く方へずかずかと進んでいく。その背中を、カイルが困ったような目で追う。


 いつのまにか二人だけになった森の奥で、灰色熊に似た魔獣が大きな咆哮をあげ飛び出してきた。


「来いよ、馬鹿デカいの!」


 リタが踏み込み、一閃を浴びせる。


「無鉄砲だ……」


 カイルがそう呟いた瞬間、熊魔獣がリタを弾き返し、巨腕が頭上から迫る。


「危ない!」

カイルは、咄嗟に杖を振った。


「《風縛》!」


 疾風の帯が熊魔獣の脚を縛り、動きを止める。その刹那、リタも瞬時に体勢を立て直す。


「援護はありがたいけど、余計なお世話!」

「死にたくなかったら素直に礼くらい言え!」

「うるさいね!」


 魔獣がうなり声を上げ、巨躯を震わせて突っ込んできた。剣を抜き放ったリタが弾むような足取りで前に出る。


「邪魔すんなよ!」

「無茶するなって!」


 カイルの警告も聞かず、リタは魔獣の正面で剣を振るう。だが、巨体に叩かれ地面に肩を打つ。その一瞬、カイルの心臓が飛び上がる。


(こいつ、全然…こっちの補助見てない!)


「ちょっとは連携意識しろ! 《風縛》!」


 再度渦巻く風が魔獣の足を捕縛する。その隙にリタが素早く起き上がり、顔をしかめながらも視線をカイルの立ち位置に向けた。


 魔獣が再び爪を振りかぶった。リタが後退すると同時にカイルが叫ぶ。


「そっちに追い込むぞ!」

「はいはい!」


 リタはあえて右へ回り込んで斬りかかる。魔獣が怒り狂い、反射的にカイルの方向へ巨体を向けたその時―― 一瞬の隙間、カイルの詠唱が鋭く走る。


「《氷針筵》!」


 地面から無数の氷の棘が立ち上がり、魔獣の足裏と関節へ突き刺さる。

 その瞬間、リタはカイルの攻撃意図を悟る。呼吸が合わさる。


(ここで脚を止めるってことか……!)


「今だよ、リタ!」


 一呼吸のタイムラグで、リタは魔獣の側面へ流れ、素早く脇腹を切り裂いた。魔獣が絶叫し、頭から暴れる。カイルは後ろへ避け、リタが一歩攻撃範囲へ踏み込む。


 魔獣はリタを無視できなくなり、咄嗟に右腕で振り払った。リタは避けつつ叫ぶ。


「カイル、封じ!」

「分かった、今度は強めで――《雷嵐縛》!」


 カイルの杖から術式が奔り、雷の鎖が魔獣を縛る。リタはその僅かな硬直の瞬間を全身で感じ取り、すっと踏み込んだ。


(こいつ、さっきより…あたしに合わせて詠唱してる。信じていいのか?)


 敵の重心が崩れたのを見逃さず、リタの剣が一閃。

「おらァッ!」


 鉄を割るような音――魔獣の肩関節が裂け、巨体が膝をつく。最後の抵抗で魔獣がリタに爪を振り上げたその時、カイルの声が重なった。


「下がれ! ――《魔障壁》!」


 リタが反射的に身をひねると、彼女の目前で魔法障壁が発現、魔獣の爪撃を刹那押し止める。

 その背後からリタが飛び出し、ついに剣が魔獣の首元を深々と刻んだ。ゴッ、と巨体が地に崩れ落ち、しんと森に静寂が戻る。


 呼吸が乱れたまま、リタが立ち上がり肩越しにカイルを見やる。


「…さっきまで足引っ張られるのがオチかと思ってたのに、普通に…合わせてくるじゃん」


「君こそ。動きが読めるようになった。……黙ってても結構、分かるもんだね」


 二人の間に、ほんのわずかに柔らかい笑みが生まれた。数十分前まで剣呑な空気だったのが嘘みたいに、リタの胸の奥で不思議な感覚が芽生えはじめる。


(この魔術師、バカにできないな……)




 討伐証明を確かめつつ、二人は木漏れ日の森を並んで歩く。


 最初は無言だった。

 お互い、何か言おうとして飲み込み、やけに土の匂いや葉擦れの音ばかりが気になる。

 リタは胸の奥が妙に落ち着かなかった。


(しくじってたら死んでたかも。でも……)


 カイルはちらりとリタの歩く後姿を見る。少しよろけながらも、きびきびとした足運び。汗ばむ襟足、治療も求めず進む強情さ―― 


(独りで突っ走るだけの奴だと思ってた。けど、……ちゃんと俺の魔法を活かしてくれた。あの瞬間の目。あれは、本物だ)


「……さっきの攻撃、良かった。アレのおかげで、詠唱時間が稼げた」


「アンタの魔法、タイミング掴みやすかった。……嫌味じゃなくて、ね」


 互いにへそを曲げて、けれど、どちらからともなく歩幅が合っていく。


 やがて森を抜け、遠くにギルドの屋根が見えてきたころ。 リタがふいに、ぽつりと呟いた。


「別に、ほんのちょっとだけ……だぞ。アンタとの連携でもう一回やってみても、悪くないって思ったから。……ただ、調子に乗るなよ」


 カイルは目を細めて、口元をゆるめる。


「“ほんのちょっとだけ”でも十分だ。次は、もっと上手くやって……度肝を抜いてやるよ」


 その時、二人の間に妙な安心感が流れた。

 打ち解けた、というより、互いの戦い方や癖をほんの一瞬だけ“信じた”手応え。


「早く帰ろうぜ」


 リタの心の片隅がふと温かくなる。けれど素直になれず、ふいっと背中を向けた。

 カイルも追いかけるように歩きだす。


 互いの足音が決して離れず、話さなくても自然と並んでいく心地よさ――


 それが、最初の反発を越えた、ふたりの間に芽生えた小さな信頼だった。言葉は少ない。でも、歩調も、何気ない視線も、どこか自然に重なっている。



 《蒼天の獅子》の帳が落ちるころ――……。


 「よぉ……また一緒にクエスト受けるか?」


 リタの唐突な誘いに、カイルは驚きつつも優しく頷いた。


 「もちろん」


 



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