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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ちょっと暗がりな異世界

隔たるは水面の恋

作者: 宇和マチカ

お暑い中お読み頂きありがとうございます。

暑さにムシャクシャして書きましたら、あまり爽やかでなくなりました。

 貴族の家に産まれた身は尊く、何をしても構わない。

 気に入ったものは手に入れ、気になったものは何でもやってみる。

 そんな生活は生涯続く。

 大きな池の水面下に沈めた水盤のように、常に潤い満たされ続けられると、彼女は思っている。


 ちょっとしたことが重なり、分かたれ、直ぐに干上がるのに。


 私の名前はジョルジュ・シーバ。シーバ侯爵家の三男に当たるが、兄達がとある高貴な方々の婿に内定していた為に実際は跡取りだ。

 ただ、それは表沙汰になっていない。まあ、調べれば分かることだが。

 次兄が婿入り迄に父と執務を行っている為、私は予備だと思われていることだろう。


 私が跡取りに内定したのは、10歳の時。

 派閥が同じで領地が少しだけ近いという理由で結ばれた、私の婚約者バーバラ・クリッバー伯爵令嬢は実におかしな女だった。


 しかし、出会った当初は、何の特徴もない貴族の可愛らしい女児だった筈だ。

 伯爵夫人である母親の隣に座り、時折頷きながらおとなしく座っていたのを覚えている。


 変な噂を聞いたのは、契約を交わして直ぐ、11歳になるかならないかの盛夏の一際暑かった日。

 バーバラはある日突然、わざわざ今まで寄り付きもしなかった貴族地区と平民地区の境目に有る孤児院に3日かけて出掛けた。

 そして、子供たちに態々菓子を振る舞ったそうだ。

 平民には毒となる草をふんだんに使った、柔らかい菓子だ。


 しかも素人の子供が手作りをしたものを、飢えるか飢えないかの質素な生活を送っている平民の子供たちに、手ずから渡したそうだ。

 料理人が例え貴族でも、慣れていない子供には決して作らない危険な菓子を、だ。


 伯爵家が、娘の無知で残酷な行動に気づいた時には最早遅く。

 食べつけ慣れない上に長い時間放置され、傷んだ菓子を食べた子どもたちは、半数以上も病に倒れたそうだ。

 しかし何故か加害者であるバーバラが、苦しむ子供たちを集め看病した。

 意味不明な罪滅ぼしか? と疑問に苦しむ両親に彼女は微笑む。


 見目麗しい平民が従僕として欲しかったの、と。


 何もかもが理解に苦しむ。

 歪んだ貴族意識の戯れだろうか。刃を振るわない嗜虐趣味なのだろうか。

 従僕にするにも見目麗しい下級貴族の子息なら、巷に数多溢れるだろうに。

 自作自演で虐げた者に忠義を誓わせ、縋らせるその腐った性根に、私は是非とも破談にしたかった。


 大体、夢物語なのだ。私達の身分で、身分違い……平民の友達だの恋人だのを得るなんて。

 住まいも違う常識すら違う相手を、彼方まで引き上げるか、己を底まで引き下げるか。

 出来るはずがない。


 しかし、バーバラは何もしなかった。しようとすらしなかった。

 それに綺麗事だけでも、婚約者の居る身で口だけで仲良くしたいだの好きだのなんて言い回るのはおかしい。

 ましてや平民相手に強制以外の何だと言えるのだ。


 いや。

 感性が本当に合うのなら、身分のない友情も愛情もあり得るのだろうか。

 身分を隠し通したとて、何の柵もなく受け入れられる世界が、有るのだろうか。


 そもそも嘘を吐いている時点で、受け入れがたいと思うのだが。そんな都合の良い利益も生まない清濁を、平民が併せ呑んでくれるのだろうか。

 清廉潔白云々ではなく。

 それを良しとしない上位者に逆らってまで、友情や愛情を築けるのだろうか。


 いるかもしれない。いないかもしれない。

 兎に角、相手の立場を思いやることは出来る筈だ。


 だが、伯爵家の厳しい教育を受けて15歳に成長しても、身分制度を受け入れることもなく、同格の令嬢達と交流もせず、下位の者達を己の良いように弄んでいる。

 あの傲慢さを目にするのが、ひと月に一度の交流すら気が重かった。


 そしてまた幾度目かの夏が巡ってきたある日。

 部屋にバーバラは居らず、庭にいるというので花園に向かった。

 嘗ては美しかったが、度重なるバーバラの奇行で資金難で僅かにしか咲いていない花園だ。

 しかし残った僅かな花でも、バーバラに煩わされる伯爵夫人の心を慰めていると聞く。バーバラの2つ下の令息が健気にも母の為に世話をしているそうだ。


 しかし、支度に忙しい朝でもないのに派手な水音が辺りに響いている。

 そこには残された僅かな花が咲いているはずだった。


 目を凝らすと、何故かそこには大きな水盤が陣取っていた。庭に不似合いな程に、装飾が施されている。

 その中には、何と……見覚えのある花が千切られ踏みにじられていた。

 そして……。

 その中には寝間着の婚約者がいて、その身に血の塊のような赤い花弁が所々に張り付いている。


 あまりの不気味さにゾッとした。


「あら、今日はシーバ侯爵家の方が来る日だったの? 庭で花遊びをしていたの。

 花浴びよ、素敵でしょ?」


 何を狙ったのか知らないが、体に張り付けた寝間着を見せ付けてきた婚約者は、私の名前すら覚えていないようだ。

 そして過剰に華やかな厚着で横に控えさせられていたのは、あの無理に召し上げられた孤児だろうか。


 私の訪れに血相を変えた伯爵家の侍女達が、萎れた花弁がくっついたままのみっともないバーバラを屋内へと引き摺っていく。


 遺されたのは、泥濘の中踏み躙られた花の花弁と、ひっくり返った水盤。

 そして、水盤の重さに薙ぎ倒された花の枝。

 最早、花の修復は成らないだろう。伯爵家に花園を維持できる資金は無い。


 彼女の両親は、常に娘の奇行に振り回されていた。

 愛も資金も信用も尽きそうになっても。


「当家には、庭で破廉恥な格好で遊ぶ痴女……御息女は相応しくありません。最早矯正が可能な年齢は通り過ぎています」

「お、お待ち下さい、シーバ侯爵令息!」


 ツヤツヤと光る肌艶をして健康そうだったクリッバー伯爵夫妻は、ゲッソリと痩せ衰えていた。

 苦労をかけた当人は、無邪気に庭で花を摘んで遊んでいたつもりらしい。

 流石にあの寝間着から着替えては居たが、肌がヌメヌメと光っていた。


「まあ、わたくしを棄てるなんて! 浮気ですか? 酷いわ!」

「バーバラ!? な、失礼を!! 黙りなさい!」

「伯爵、良いのです」

「ですが!」

「最後ですから、今日ばかりは彼女の品位に添いましょう」


 先触れもなく、部屋に侵入したと思ったら私の横に寄り添おうとしてきた。オマケにこの言い草だ。

 私の7歳の妹よりも躾のなっていない行いだった。

 幼い妹よりもあけすけな言い方にゾッとしたし、相手に合わせるなんて滑稽だが、話が通じないので遠慮なく伝えるしか無い。


「無闇矢鱈に花を潰して庭で遊ぶ者は、男女問わず嫌いなんだよ」

「貴方の庭じゃないのに? どうして? 変わってるのね」


 心から不思議そうに訪ねてくる様子が、本当に無理だった。

 自分の家のものなのだから、何をしても良い。

 家族が大切にしている花を薙ぎ倒しても、孤児を虐殺しても。

 見目はとても貴族らしいのに、今日は一段と得体の知れないバケモノに見えた。


「どうしてって、育ちが違うのだから考えが違って当たり前だろう?」

「えっ……」

「君はどうやら、本当に傲慢な性質を持っているようだ」


 私は微笑む。……最早彼女の香りを嗅ぐだけで、吐きそうになっていたから、堪えるのが大変だった。

 近寄られて香った、花を再現した香りの匂い迄が忌々しい。他の誰が付けていてもこの香りを嫌いになるだろう。

 それに最早、本物の花の香りすら彼女は纏えないのに、全く気付いていないようだ。


「各家庭での教育、その者の個性……。ソックリそのまま同じ考えの者なんて、居るかな? 

 居たのなら稀なことだ」

「で、ですからわたくし、見つけたのです」


 慌てて立ち上がったバーバラは、後ろにいたお気に入りの孤児……従僕の腕を取った。

 されるがままの従僕の顔色は、相変わらず良くない。

 肌艶もくすんでいて、小刻みに震えている。具合も良くなさそうだ。

 伯爵夫妻もかなり顔色が悪い。早く終わらせた方が良いかな、と口の中で呟いた。


「その従僕と共に乾いた土地で生きていくと? 

 同じ家に育ち、君のワガママを叶えるように育てられ、逆らう事は赦されない哀れな者を、未だ地獄に突き落とすのか?」

「そ、そんな事をしません!」

「いや違うな。

 あ、自分の身分を落とした責任を取れと迫り、従僕に寄生するのかな」

「な、ち、違います! 彼は、自分の意志で……ねえ!」


 何故何も言わないの。

 何処にでもお供するって、愛してるって言ったじゃない。

 流石に口には出さないが、バーバラからはそんな苛々が見て取れる。


「彼の家族の生殺与奪を握った手で、何を誓わせたのかな?」

「あ……」


 その先は言えないのに、ギョロリとした目は雄弁に語る。

 わたくしは、未だ侯爵令息の婚約者……。何でも叶う!

 バーバラはそのような顔をしていた。

 そのような約束をした覚えもするつもりも皆目無いのだが。


「言い方を変えよう。

 私よりももっと力が有り〝君を理解した高貴なる者〟が現れたらどうする?」

「そ、そんな方に身を任せません! バカにしないで!」

「君の家族を盾にされたら? 全てを棄ててその者と逃げるかな?」

「……そんな勝手な事、出来る訳が有りません! ……あ」


 やっと隣に立つ彼の顔色に目を留めたか。

 本当にこの者を愛しているのか?

 それとも近すぎて顔は見えても顔色が見えないのか。ギョロついている割に、都合のいい目玉をしている。

 あの己に役立つのかどうかで何もかも品定めする目が、本当に嫌いだった。


「嘘よ。ねえ、わたくしを愛しているわよね!?」

「……」

「孤児院がどうなってもいいの!?」

「やれやれ。

 未だ君の為に彼の家族を脅すのか……」


 両親も、従僕も。

 最初は水盤に注がれた水が溢れて沈んで浸かるが如く、愛を注いでくれていたのだろうか。

 今、彼らの目に映るのは恐怖だというのに。


「貴方や親の見た目が悍ましいのよ! わたくしは、この子の! 美しい子が良いの!」

「それが本音か」


 彼女は、婚約者の私は兎も角。

 あんなに愛してくれる両親の顔を見る時すら、嫌悪感に満ちている。


「バーバラッ!!」

「ねえ、わたくしは美しいでしょう!? 平民と同じくらい!」


 彼女の『美しさの基準』が何なのかは知らない。そして、あの心根を知ってから、彼女を美しいと思ったことは全くない。

 彼女に纏わりつく香りも花も出来事すら、嫌悪する。


「あんな、醜いカエルのバケモノよりも! わたくしはヒトが、イケメンが良いのに!」

「バーバラ!!」


 今度は虚言か。訳が分からない。

 カエルとヒトとイケメンが何かは知らないが、彼女だって私と全く同じ種族で、貴族らしい貴族の見た目だ。

 だって、バーバラは貴族の夫婦間に生まれた貴族なのだから。


 我が国の貴族は湿った鮮やかな皮膚をして、水中にいる。乾いた土地は得意ではない。

 平民は土色の乾いた皮膚をして、水中が得意ではないので水面上に住んでいる。乾いた土地でもある程度生きられる。

 住処も、食べ物も違う。


 そして孤児となるのは、水中に生きる貴族と水面上に生きる平民の間に生まれてしまった子。

 どちらでも生きられるが故に、その特異性に耐えられなくなった親が身勝手に棄ててしまった子。


 昨日今日変化した訳でもなく、太古の昔より分け隔てれられているではないか。

 何なら己の姿を毎日見ているだろうに。

 だが、貴族と平民の見た目の話では最早無く。


「奇遇だな。私は、貴女の嗜虐性が堪らなく嫌いだ」

「煩い煩いバケモノが! ああ、何故わたくしをバケモノとして生んだの……! このカエルババア!」


 私に力では敵わないと判断したのか、倒れた己の母親に食ってかかるどころか殴りかかろうとする。

 そんな醜悪なバケモノから、逃げ出したかった。

 だが、そうもいかない。伯爵と共に婚約者であったバーバラを拘束し、手近な部屋へと放り込む。


「すまなかった、早く行きなさい」


 そして、顔色の悪い従僕に向かって手招きし、手近な窓を開けてやると、彼は一目散に外へと泳ぎ出した。

 水を搔く伸びやかな手足に目を奪われる。


「待てっ!! 戻りなさい! わたくしは、わたくししかアンタみたいな半端な子を愛してやれないのよ!?

 わたくしは、カエルなんかじゃ……あんたらと違うのよ……!」


 ……広くない伯爵家で、よく音が響く。

 派閥の関係、伯爵家のこれからと。問題は山積している。

 私達貴族が耐えられない陽の光の下へ、自由へと泳ぎだす彼は、確かに美しい。

 魅入られそうな気持ちを振り切り、私は窓を閉めた。


「同じでたまるか」



救いようのない腹立つタイプの悪役令嬢を目指してみましたが、卑劣小者系令嬢になってしまいました。難しいわ…。

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