婚約破棄された友人が泣いているので少々懲らしめてみましょうか
「ナリア・ノーズウェル!我が愛しのサクラをいじめ抜いた事により、この場で婚約破棄を言い渡す!」
「ナリア様……っ、いくら私が憎いからと言って酷いですわ!」
そう言い放ったのはこの国の王子である、ルイス様。そしてその彼の腕の中には最近彼とよく一緒にいるサクラ様。
そして彼らと反対側に立ち、呆然と立ち尽くしているのはナリア様。今日のナリア様は美しいブロンドヘアを後ろにまとめ、小さな花をモチーフにしたヘアアクセで飾られている。可愛らしい淡いピンク色のドレスの邪魔をしないシンプルなアクセサリーも似合っていて可愛らしい彼女。……それに対してサクラ様は、真っ黒な髪と真っ赤なドレス。
サクラ様は半年前、異世界から来た少女だ。
黒髪が印象的で聖女が来たと皆の話題になった。
ただ保護したのがルイス様で彼の屋敷で共に暮らしているのだ。だがそれが二人の距離を縮めてしまったようだった。
彼には、ナリア様という幼い頃からの婚約者がいるのに。
そしてこの国では婚約者へは赤いドレスを贈ることになっている。赤い運命で結ばれている二人は愛の色である赤を着る……そんな言い伝えがあるから。彼らが一緒に登場して、赤いマントを着たルイス様とサクラ様のドレスを見た時から嫌な予感はしていた。
私、ナタリアはナリア様と同じクラスで、今日のこの卒業パーティーに同級生と共に参加をしていた。
ただ私は友人たちと卒業を祝うために来ただけだったのに開始早々にこんな事になり、今はただ静かに見ている。
「そんな、わ、私はサクラ様にそんなことをしておりません!」
「嘘を言わないで!うそつき!」
「嘘だなんて、そんな……」
「今日だって、私が赤いドレスをルイス様から贈ってもらったのを妬んで、私を叩いたではないですか!」
ほら!と言ってサクラ様は左頬を見せてきた。確かに赤いですが……さすがに人前に出るのにそのままで出てくるだろうか?
せめて冷やすとか、手当てをするとかそういうことをしたら良いだろうに。
まるで、見せつけるために何もしなかったようだ。いったい誰に見せつけようとしたのでしょうかね?
「ナタリア様はどう思われます?」
アレ、と指差したのは私の隣で一緒に見ていたアイナ。眼鏡をクイとあげてそう言う彼女に「馬鹿らしいですね」と言うと、アイナも「まったくです」と言った。その声色はいつもの朗らかな感じと違って冷たい。
そんなやり取りをしている間にも、ナリア様に対して罵詈雑言を浴びせる二人。このやり取りに眉を顰める周りの者は一体どちらを見てそのような表情をされているのだろうか。
ナリア様は俯き、震えている。
微かにほろりと涙が落ちた。
……もう、充分でしょう。
隣のアイナ様に「行ってきますわ」と言うと「行ってらっしゃいませ」と送り出された。
「ナリア様」
「……ナタリア、様?」
私は彼女の元へ歩み、彼女の肩へ手を置いた。私の方を振り向いた彼女は少し大きく目を見開き、ボロボロと涙を流し始めてしまった。
「私、私……っ、本当に何も……っ」
「ええ、存じております。あなたは何もしておりませんわ」
この状況でナリア様の味方をする者が現れたのが心底驚いたのか、ルイス様もサクラ様も私を見ている。
「貴様は……」
「ナリア様と同じクラスでございます、ナタリア・サジリタスと申します」
「何故貴様はそんな奴の味方をするのだ?証拠も今!サクラの頬にあるではないか!」
「そうですわ!私の頬を見たら誰がやったのか分かりますでしょう?!」
ほら!ともう一度見せてくるサクラ様。
私は少し質問することにした。
「おやずいぶんと赤いですね」
「そうでしょう?犯人は今あなたが匿っているそこの……」
「それはいつ叩かれたものですか?」
「え」
一瞬たじろぐサクラ様だったが、直ぐにハッとして言ってきた。こういった事も想定はしていたのかもしれない。
「さ、さっきよ!始まる前に!」
「それはおかしいですね。ナリア様は今この場で断罪される前からずっと私と、そこにいるアイナといましたから」
アイナを見るとコクリと頷き、ナリア様も元へとやってきた。そしてハンカチを出し、ナリア様の涙を拭っている。私もハンカチを持ってくれば良かった。淑女として反省しなければ。
まあ今はアイナがいるからいいか、と開き直り、再び口を開きます。
「そして、仮にも王子の婚約者である彼女が一人であなたのような愛人に会いに行くとでも?」
「無礼な!サクラは愛人などでは無い!私の今まで出会った中で一番愛おしい人だ!」
「ルイス様……!」
「まあ、戦前はそういった意味でしたけれどもね。平成や令和では違う意味になっているんですよね」
ふぅ、とアイナが小さく呟いた。
ルイス様には聞こえなかったのだろうが、サクラ様には聞こえたのだろう。目を見開いて微かに体を震わせている。
「それと、ルイス様。あなたはナリア様の利き手をご存知で?」
「え?」
「彼女、矯正をしていますが本当なら左手が利き手ですよ。普段は右手ですが、咄嗟に出てしまうのは左手だそうで。まさか、婚約者ともあろう方がそれを知らないわけではございませんよね?……さて、人が人を叩く時は咄嗟に利き手が出るものだと思うのですけど、サクラ様はどちらの頬を叩かれたのでしたっけ?」
サクラ様はバッと左頬を押さえた。そうですね、左ですねとにこりと笑って答えた。
「いじめ抜いた、と言っておりましたがその他には何がありまして?」
「そ、それは……」
「サクラの教科書を破いたり、小物や筆記用具を池へ沈めたり、場所を間違えて教えて困らさせたり……これは立派ないじめだろうが!」
サクラ様へ聞いたつもりが何故かルイス様が答えた。なるほど、と考え込みまた口を開く。
「それは学園の中で行われていたのですか?」
「え?」
「どういうことだ?」
「それはすべて学園の中で行われていた事では無いでしょうか?お屋敷では行われていないのですか?」
婚約者だろうから、屋敷へもナリア様は行ったことがあるはずだ。
何故なら少し疲れた彼女から「ルイス様にお会いしに行ったのですが用ができたと5分で帰ってきましたの」と愚痴が零れたからだ。
どうせ大した用でもないだろうに。
「そういえば……無いな」
「行ったことがあるならば、本当にナリア様がいじめをしていればお屋敷でもあるのでは?すべて学園内で起きているようですし、それをナリア様のせいにするには証拠が無いのでは?」
「だが実際実害が起きているだろう!」
「それはナリア様以外にも出来る人がいるということになりますよ。何故、ナリア様だと?」
サクラ様へ視線を向けると、キッと睨んできた。あらあら、可愛いお顔が台無しになってるけど。
「それは、サクラが……ナリアがやったと……」
「なるほど、自分で見ていたと?自分で注意する度胸は無いので言ってもらおうとしたのですね」
「先程からサクラを馬鹿にするのも大概にしろ!!」
「それはこちらのセリフですわ!いい加減になさいませ!」
彼の声量に負けないように大声を出した。
それにはルイス様やサクラ様、ナリア様も驚いたようだった。
私の隣に立ったアイナが今度は口を開く。
「あのー」
「な、なんだ、お前は?!」
「ナリア様の同級生その2のアイナと申します。そもそもなんですが、先に悪いことをしているのはそちらでは?」
「なんだと?!私たちは何もしていないぞ!」
「浮気って悪いことじゃないですか?」
シン、と周りが静かになる。
そして周りから「たしかに……そうだよな」「普通に考えてそうですよね……」と声がヒソヒソと聞こえてくる。
「だってまだ婚約破棄をしていなかったのでしょう?今日、この場でするまでは。それはつまり婚約を継続していたということ。そして愛人と言った時、ルイス様は一番愛おしい人だと言った。普通に浮気発言ですし、私は浮気をしていましたという証拠ですよね?あなたたちはただ単にこの場で「私たちは浮気をしていました!」と宣言しただけですよ」
アイナは淡々と言うので私はおかしくなってクスクスと笑ってしまった。ルイス様とサクラ様は顔を赤くしていたけれど。
「それとルイス様のご両親は婚約破棄を知っているのです?ナリア様のお父上はルイス様のご両親と昔からの仲で、側近のお一人でもあるのに」
「そ、れは……」
「婚約している状態での浮気は慰謝料も発生いたしますよ。これはサクラ様の世界では法律としてあると思います」
そう言うと、サクラはハッとした。
「や、やっぱり、あなた……!あなたも日本か、ら……」
「まあとにかく」
パン、と大きく手を叩いた。周りの視線がこちらへ向く。
「決めるのはあなたですよ、ナリア様」
「……っ!」
ナリア様は私の声に顔を上げた。
私はにこりと笑い、彼女の手を取る。
「私はどんな結末になろうとも、ナリア様の友人でございます。味方でございます。怖がらないで、大丈夫」
今度はアイナも彼女の手を握った。
「身に覚えのない罪を認める必要はございません。あなたの気持ちを顕にしても、私もあなたの味方ですわ」
ナリア様は出てきた涙をハンカチでまた拭った。
そしてもう一度顔を上げると、覚悟が決まった表情をしていた。
「ありがとう、ナタリア様、アイナ様。私のためにたくさん擁護してくれて」
「いえ、そもそもこんなに調査もしていない、今分かる状況ばかりの証拠だけでこんなにもお二人に恥をかかせることが出来て楽しいなって思ってます」
「右に同じです」
素直にそう言うとアイナも同意した。それに対してナリア様は声を出して笑った。
ああ、ようやく笑ってくれた。
――あなた、ナタリアという名前なんですね。ふふ、私と一文字違いなのね。
そう言って笑って話しかけてくれた時から、私は笑顔のナリア様が好きだった。そこから少しずつ話すようになって、たまにお互いの家でお茶をするようになったり、アイナも加わって楽しく学園生活を過ごした。彼女はいつも笑顔で、温かい気持ちにさせてくれた。
だから泣いてる彼女を見て二人が許せなかった。
これでようやく安心出来る。
ナリア様はルイス様とサクラ様の方へ体を向けた。
「サクラ様」
「な、なによ」
「私を強くして下さりありがとうございます」
「え……え?」
「それからルイス様。婚約破棄、お受けいたします」
「えっ」
ここにいる皆様が証人でございます、異議のある方は申し出ください。
ナリア様がホール内の人間に届くように言うが、誰も前には出てこなかった。
「それと、うちの両親と国王様と王妃様には私の方からお伝え致しますわ。今日お忍びでうちへいらっしゃる予定ですの」
「えっ」
言ったらお忍びじゃなくなるんじゃないかな、と思ったけれどルイス様の顔が真っ青なので良しとしよう。
最後にナリア様はにっこりと花のような笑顔を浮かべた。
「お二人とも、裏切り者としてとてもお似合いですわ、どうぞ末永くお幸せに」
あれ、彼女この数分でめっちゃメンタル強くなってない?
□
今日はアイナの屋敷でお茶会がある。
少し早く着いてしまったのでアイナと話をすることにした。もちろん話題はあの婚約破棄のこと。
結局、二人は王室からも屋敷からも追い出されたようだ。今は二人揃ってどこかへ送られたと聞いた。どこ、とは聞いていないけれど少しいろんなものに揉まれてくればいいと思う。
「そういえばアイナ、最後にサクラ様に絡まれていなかった?」
「ああ、あなたも転生者なんて聞いてないって言われたわ」
「あははっ」
思わず大きな声で笑ってしまった。
「転生者というか、あなたは日本へ行った事のある人間だものね」
「あちらの世界から来ることがあるなら、あちらの世界へ行くこともあるものね」
「またその話聞かせてよ」
「もちろん。……今度はナリア様にも教えようかしら」
アイナはポロッと零した。
アイナが日本へ行ったことがある事を知っているのは私だけ。何故か戻ってくる場所が私の屋敷だったからだ。帰る直前、幼なじみである私のことを思い出したら、何故かそれが反映されたのだという。
私としても一年も行方知れずだった幼なじみが居なくなった格好のまま、しかも髪も肌も綺麗なまま突然目の前に現れたら、そんな夢みたいな話を信じるしか無かった。
「まさかあちらで見たアニメの断罪シーンをこちらでも見ると思わないじゃない」
「言っておけば対策出来たのかしらね」
「どうかな。今後の勉強になったということにしましょう。……言ったらナリア様、信じてくれるかしら」
「それはナリア様次第だと思うわ」
反応は分からないけれど、ちゃんと聞いてはくれそうな気がしている。
「あら、そろそろ来たんじゃないかしら」
窓から馬車が見え、降りる人物が見えた。
ナリア様だ。
彼女もこちらへ気が付くと、手を振ってきた。
いつもと変わらない、可愛い笑顔で。