あの日、海を
夢の中で小説を書かなければと焦っている自分がいた。目が覚めるとその小説は夢の記憶に一部がべったりと張り付いていた。その日のうちに原形を書き上げた。
平凡で幸せな日常が突如、ケダモノ達によってひっくり返され、抗うこともできない。そんな許されないことが日々起きている。パレスチナで起きている戦争や特殊詐欺などもそうだ。いったい日本や世界はどうなったんだろう。普通の人々が泣き寝入りしか出来ない現状の悔しさを表現したかったのかもしれない。
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「シノちゃん」・・・シノっち、シノ、シーとかいくらでも呼び方がありそうだが、僕は彼女のことをずっとそう呼んできた。アクセントは下げる。家が近所だったので小さい頃から知っている。小学校低学年くらいまではよく一緒に遊んだ記憶がある。中学年くらいになるとちょっとマセてきてワザと遠ざけるような時期もあったが、田舎の小さな学校なので全学年一クラス、いやでも一緒だった。いや、嫌なわけではないし、仲はなんとなく良かった。大人しいけど勉強も出来、僕としては尊敬している存在だった。だからずっと「シノちゃん」で通してきた。本名は「波多野しのぶ」、波多野家の一人娘だ。
中学校に入っても同じ。近隣の小学校と一緒になったが、メンバーが少し増えたものの結局全学年一クラス。ちょっとホッとしたところもあるが。またちょっと意識するようにもなった。シノちゃんは誰もが振り返るほど綺麗になっていた。クラスの憧れの存在だと気づいた時、僕は明らかに嫉妬心を抱いていることにも気づいた。でも、シノちゃんは相変わらずだった。部活動が吹奏楽部で一緒だったのも幸いしたかもしれない。吹奏楽部というか金管部は小学校高学年の課外活動から続いている。
中学校の三年間は無我夢中だった。田舎だからみんな真面目で勉強も部活も頑張った。まあ、同様に田舎だから余計な遊びもなく、無垢だった。世の中に悪い人間がいるなんて信じられない生活が続いていた。三年生の一学期、吹奏楽部でブロック大会に出るため、市の中心部にある文化ホールに出向いた時だった。ぞろぞろとメンバーが電車から降りて改札口を抜けると、向かい側のコンビニに学生服のまま、タバコを吸っている金髪のお兄さんたちが座り込んでいた。カラーやボタンはだらしなく外され、派手なTシャツがのぞいていた。僕たちは目を合わせないように足早にそこを後にした。初めてのことだったのだが、なんか悪いものを見てしまったような気がした。吹奏楽のコンクールについては、田舎の一中学校では当然ながらレベルが違いすぎて代表の中には選ばれなかった。青春をかけてきた割にはあっけなかった。
受験勉強も一生懸命やった。真面目一辺倒の僕たちの中学校の学力なら、県内の有名進学校でもそう難しくないだろう。でも、結局地元の高校を選ぶ者が多かった。田舎から通うにはけっこう時間がかかったが、下宿するほどでもないので、ほとんどが地元の高校を選ぶのだ。たまに下宿覚悟で有名進学校を選ぶ者もいたが、ごく稀だった。それでもこの地元の高校には学力の高い生徒も進学していくので、そこから大学を進路に選ぶ者も少なからずいた。
僕もシノちゃんもこの地元の高校に難なく進学した。僕はシノちゃんが下宿覚悟で県庁所在地にある有名進学校を選択するものと思っていたが、三者面談の後で、シノちゃんから直接、地元の高校を選んだことを聞かされた。
運命というか奇跡というか、本当は単に確率の問題のはずが、自分に都合のいいように出来事が起きると、そう名付けてしまうんだろう。高校は地元の他の中学校からや他市からも進学してくるので、一挙に六クラスに分けられる。二年生になると進路に応じたクラス分けもあるが、とりあえず、僕はシノちゃんと再び同じクラスになってしまった。選んだ部活動も当然吹奏楽部なので、距離感はそのままからスタートした。でも、行き帰りの電車も一緒。クラスも一緒。部活動も一緒となると嫌でも距離感は縮まってくるものだ。並んで歩くうちにいつの間にか腕を引っ張ってコンビニに駆け込んだり、雨の日は同じ傘に入れてもらったりすることもあるようになった。目立たない、イケメンとはお世辞にも言えない僕がいつも隣で歩いているので、中には強引にシノちゃんに声をかけてくる先輩も少なくなかった。そんな時シノちゃんは先輩達にやんわりと断りを入れた。そして、僕の方をちらりと見て微笑むのである。僕は慌てて目をそらそうとするのだが、今度は僕の片腕を掴んで両手で体重をかけてぶら下がってくるのである。そしてちょっと意地悪そうな目で下から僕を睨むのだ。明らかに僕に気があるような振る舞いだ。でも、幼馴染なら恋愛感情とは別の単なる親愛の印かもしれない。シノちゃんとは今までずっと一緒だったので、当たり前すぎて恋愛感情なんてあまり気にしなかったのだが。どっちなんだろう。一つ言えることは僕には女心はよく分からないということだ。だから、僕も一歩が踏み出せない。
一歩を踏み出してきたのは、シノちゃんの方だった。夏休み、中学校とは違い、エアコンの効いた部室で吹奏楽の部活が行われていた。だが、学校で工事が予定されているということで今年の夏の部活動は早々と休みになった。お盆もだいぶ先だというのに。その最終日、シノちゃんが楽器をしまいながら、僕の方を見ずに、でも明らかに僕に向かって
「海が見たい。」
とつぶやいた。
「えっ。」
「連れてってくれる?」
下を向いたままシノちゃんが訊いてきた。シノちゃんの耳が真っ赤だった。やっと発した言葉だったことが、景色としてぼんやりと見えた。
僕は急に口の中が渇き始めた。
「ああ、行こっか。」
その言葉にシノちゃんがやっと目を上げ、ちょっとだけ目尻を下げてこちらを見た。
今までずっと閉じ込めておいた気持ちがいつの間にか成長を続けていて、溢れんばかりになっていたのに気づいた。無意識から解放され、表舞台に立った感情が爆ぜるように心臓を膨らませていく。心臓の鼓動の制御が外れ、どんどんと加速していく。帰り支度をすすめる周りのメンバーに気づかれないよう、鼓動を止めようとしたが、それは無理なことだった。部長の耳がピクッと動くと、「頑張れよ、お二人さん。」と一声かけて出て行った。みんなが一斉にこちらに振り向いたが、何のことか気づいていない様子だった。
お盆を直前に控えたその日、天気は最高に良かった。海水浴場の一駅手前の小高い丘で電車を降り、しばらく二人で国道を歩いて、海水浴場を見渡せる場所を目指した。松林を抜けると海が見えるのだが、しばらく松林の中の小径をどこまでも二人で歩いた。途中で何組かのカップルとすれ違ったが、騒音や喧騒とは無縁の、誰にも邪魔されないちょっと異次元の空間だ。昼食を駅から少し歩いた人気のパスタ店で済ませた。僕はパスタなんてと言っちゃ失礼だが、あまり食べない。でも、シノちゃんはおしゃれっと言っては、はしゃいながら素直に喜んでくれた。食後のちっちゃいカップに入ったコーヒーがやけに苦く、大人の味がした。
松林もかなり奥に入った所だった。高い松に灼熱の太陽は遮られ、木漏れ日を降らせるのが太陽にできた精一杯の抵抗だった。もう少しで午後の太陽が水面に反射し、無数の光の点滅が海全体に広がるパノラマが見えるはずだった。僕はそれを眺めながら僕の気持ちをシノちゃんに伝え、シノちゃんの真意を聞くつもりだった。
その時、後ろからどんどん足音が近づいてきた。カップルにしては人数も多いし、乱暴な足音だ。
「おいっ」
僕が振り向きざまに目にしたのは、金属バットだった。それは僕の鼻の下のちょっと右側にめり込んだ。倒れまいと踏ん張ろうとするが、時間の流れがドロドロと溶けるようにゆっくりになっていった。二発目は右脇腹の肋骨の下辺りに当たった。かろうじて立ってはいたが、三発目は無意識に顔の前にあげた両腕の脛に当たった。最初の一発が頭部を震動させた影響からもう意識を持続させる限界が来ていた。木漏れ日が真上に見え始め、だんだんと距離が離れていった。倒れながらシノちゃんを見ようとしたが、すべてが闇に包まれた。自分が松葉の上に倒れ込むのも分からなかった。
目が開いた。同時に吐いた。喉を吐物で詰まらせないよう反射的に横を向いたらしい。シノちゃんが横たわっていた。身体中が泥や土でまみれているようだ。ところどころに白い肌が見える。顔は真上を見ていた。顔中に何かがへばりついていた。生きている。そう思ったが、虚ろな目だった。それは必死の抵抗が虚しく終わってしまった後の抜け殻の目だ。
僕は手を伸ばそうとした。でも、動かなかった。意識は再び闇へと消えた。
僕の目が覚めたのは病院のベッドの上だった。上顎の歯が前から5本吹き飛んでいた。腕は左右とも2本の骨がある内のそれぞれ一本ずつが折れていた。右の肋骨の一番下側が1本。その他無数のアザが身体中にあった。特に右の頬や腿には靴の爪先形のアザがあった。気を失っていても執拗に蹴られたらしい。最初の一発は脳震盪を引き起こしただけではなく、頚椎にもかなりの負荷がかかったらしい。医者からはもう少し正面からバットが当たっていたら、頚椎損傷で首から下が動かなくなるところだったという。シノちゃんは?喋れなかったが、付き添いの母は察したらしく、優しく微笑もうとした。しかし、笑みが笑みにならず、引き攣っているのがよく分かった。
シノちゃんは、国道まで戻ったらしい。そして、そこで大型ダンプを狙って前に飛び出した。大型ダンプは慌ててハンドルを切ったが、それは正面に何かがぶつかってからだった。そのままダンプは急ブレーキをかけたが右の前輪で一度その何かを引き潰し、車体が曲がったところでさらに左の後輪でその何かを引き潰した。
わずかに形の残った白い腕の一部と足首が無ければ、それは元人間だったとは分からなかっただろう。衣服は身に着けていなかったそうだ。
シノちゃんの衣服は、僕が見つかったそばに落ちていた。一部は乱暴に引き裂かれた跡があったという。
そんなことを実は刑事さんから聞かされた。まだ、昏睡から目覚めたばかりだ。その時、まだ僕は被害者ではなかった。僕が無理やり・・・刑事さんが使うような言葉は僕には使えない。ましてやシノちゃんの事だ・・・、そんな切ない事をどうして僕がやったと決めつけるのか。僕は一味じゃない。僕を殴った犯人達の事も聞かれたが、僕が見た、いや見えたのは金属バットが向かってくるところだけだ。記憶どころか、実際見ていないのだ。それをどうして覚えていないんだとか、隠しているのかと責めるのか、そして本当はお前が手引きしたんじゃないかって、やめてくれ!
どんなことが起きたのかはだいたい分かった。僕が殴られ気を失っている間にシノちゃんはおそらく数人の男から暴行を受けた。その後、(僕を死んだと勘違いしたか、)国道まで行き、自殺を図った。
刑事さんの話を聞きながら、何も出来なかった自分がどうしようもなく嫌いになった。だけどそれ以上に、少なくとも僕は気を失い一部始終を見なくてよかったと思ってしまう許せない自分がいた。逆に何も出来ないまま全てを見ていなければならなかったと思うと僕の精神は崩壊し、屍と化しただろうと思う。そして、そうでなかった自分は一生重い十字架を背負い、引きずって生きていくことになるはずだ。
事実を知ったシノちゃん家のおばさん、いやシノちゃんのお母さんは半狂乱のまま、行方不明になった。二日後、現場で首を吊って死んでいるおばさんが見つかったそうだ。
僕は半年も入院した。幸い顔の整形もうまくいき、リハビリも順調に進んだのでなんとか退院まで漕ぎ着けた。腕を骨折した時に筋や神経を傷つけたのか、小指から中指まで力がうまく入らない。小指がそういう状態なので握力がずいぶんと落ちた。
病院でも睡眠中は悪夢にうなされたが、退院してからはもっとひどくなった。巨大に成長した罪悪感だ。本来、僕は何一つ悪いことはしていない。でも、シノちゃんを失ったことは自分の責任であることに間違いは無いと思えて。あの時、キラキラを光る海をシノちゃんに見せたいなんて思わなければ。
それからいくらもたたないうちに、犯人達を捕まえたので捜査に協力して欲しいという連絡が警察からあった。ニュースでも報道があった。何でも十五歳から二十二歳までの少年少女五人だという。現場一帯の海岸や駐車場、コンビニの裏などでカップルを襲うこと繰り返し、逮捕されるまでに十数組の犠牲者が出たということだ。僕とシノちゃんもそのうちの一組だったらしい。
僕の両親はすぐに民事裁判を起こした。しかし、それも無駄だということがすぐに分かった。犯人の少年少女は、家庭において性的虐待をはじめ、ネグレクト、薬物中毒、借金地獄など様々な問題を抱えており、まともな環境で生きてくることの出来なかった者たちだ。当然本人達の支払い能力など有るはずもなく、その親に至ってはもっと悲惨な状況だった。世間には、このような境遇に育った彼らを同情の目で見る者も少なからず居た。関係者じゃないから・・・。
シノちゃんの刑事裁判に関し、シノちゃんのお父さんは殺人罪で起訴してくれるように再三申し立てたが、検察はシノちゃんは自殺であるからそれは無理であるとした。それでも、警察は意地をかけて、人間としての原形をとどめない肉塊から注がれたであろう体液を特定、採取し、実刑が基本の強制性交等罪で立件しようとしてくれている。
刑事事件の公判が始まった。その中でシノちゃんのこともその聞くに堪えない状況も事細かに語られたという。最後に裁判官から反省の言葉はありますかと問われ、主犯格の男は
「今度から気をつけます」
と答えたそうだ。
自分で書いておきながら、後味の悪い、重苦しい作品になったと思う。でも、これが現状だ。日々真面目に一生懸命生きていながら、ある日突然、ケダモノのようなものから幸せな日常を奪われてしまう。
このケダモノ達を生み出す今の日本の社会や教育に再生の道はないのだろうか。
今回は「僕」という一人称視点だったが、出来れば他の人物の視点から作品を書き直してみたい。
前書きにも書きましたが、犯人や忍の視点からも見直してみました。「あの日、海を(18禁SP追加セクション)」です。よければぜひ目を通してください。