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6、重めの一発

 各教室での終礼直後まで、時間は遡る。


「今日の五、六限、ラトルが教室にいなかったんだけど何か知らない?」


「知ってるわけないでしょ。ていうか、そこで知ってる知ってる! その時間ラトルはどこどこにいたよ! って言ったらあんためちゃくちゃ怒るでしょ?」


「え? 何で今更そんなわかりきったことを訊くの?」


「じゃあどっちみち言わないでしょ! なんで理不尽に罵られるわかってて情報提供しなきゃなんないのよ!」


「ひどい……、私たちが親友だというのは一方通行の思い込みだったのね……」


「そうね。私からの一方通行だけどね」


 デネッセ・マクラミレンは不憫である。これは自分でそう思い込んでいるだけというわけでなく、屋敷の使用人からも日々憐れまれているという事実からも確定的に明らかだろう。

 その不憫な人生がいったいどこから始まったかと言えば、それはもう間違いなく、ミル・ベリヤフラムと関わり始めてからに他ならない。あれはもう十年前のことと考えると、我ながらよく挫けずに生きているものだと思う。

 そして同時に、よくこんな人間の親友を立派に務め上げているものだ、とも。


「冗談はともかくとして、本当に知らない? 鞄は机の横にかけたままだったから、帰ったわけじゃないとは思うんだけど……」


「保健室とかじゃないの? ラトルが授業サボったなんて聞いたことないし、あんたも知らないんだったらそこくらいしか思い浮かばないわ」


「もう確認したけど来てないって。ていうかそもそも、保健室で休んでたら先生に連絡行くから私が知らないなんて状況にはならないはずなのよ」


「昔からあんたの情報網はどこから通じてるのか本当にわからない……」


 現在二人がいるのは本校舎二階の廊下、その端の端。目立たない場所を探すのが得意なデネッセが入学直後に見つけた人の目が無いとっておきのスポットだった。呆気なくミルにバレた結果、隣の人気者が困ったときの避難場所になってしまったのは未だに納得していない。

 加えて、こうして婚約者への迸る想いをつらつらと語られるのもまた腹立たしい。なんでこんな奴が幸せな結婚を迎えられそうなのか本気で理解に苦しむ。別に親友をやっている以上、嫌いと言うわけではないのだが、いくら文句を言っても飄々としている態度に憎らしいものを覚えるのは確かだ。

 愛憎相半ば。愛というには、少しこの感情は軽い気もするが。


「情報っていうのはね、貰うだけじゃ駄目なのよ。きちんと見返りを用意する必要があるの。そこさえ押さえておけば、後は赤子の首を捻るより簡単なんだから」


「手ね。それ情報提供者を殺そうとしてるから。殺しても死にそうにないのはあんたくらいのもんなんだから、そこら辺は弁えなさいよ?」


「無実のお嬢様だから、監禁生活の彩りが一入なんじゃない。純真無垢は、汚れるほど美しくなるものよ」


 純真無垢なお嬢様という自称に本気で舌打ちしそうになったデネッセだが、校内での評判という観点からだけ見れば嘘というわけでもないかもしれないくらいには可能性があると言えなくもない。いや、やっぱり認められない。

 何を隠そう、デネッセの婚約が解消されたのはミルのせいだからだ。いや、あれは解消なんて甘いものではなかった。ミルに白い印象なんて欠片も無い。腹黒女王くらいが相応しい称号だろう。


「ていうか何回でも訊くけどそれ本気なの? あのラトルがあんたを監禁して嬲るなんていう未来は絶対にやってこないと思うんだけど」


「ちょっと待って。同性への嫉妬は見苦しいばかりよ。いくら私ばっかり幸せそうだからって……」


「私は今ここであんたを不幸にしてやりたい義憤に駆られているわ」


 笑っている親友に悪気は無いのはわかるが、悪気が無いからを言い訳に許容するにも限度がある。しかもこと結婚の話となると、それを気軽に茶化すのはもう人の心がないのでは疑ってしまうほどだ。


 ことが起こったのは二年前、デネッセは当時婚約していた。半ば政略結婚のようなもので、歳も四つ離れていたが、ほどほどに紳士ではあったし、見目も悪くなかったので将来のことは心配していなかった。普通の家庭くらいには辿り着けるだろうと思っていた。

 問題は、ミルがマクラミレン家にお茶のために訪問した時に、近くに来たという婚約者が不意に訪ねてきたことで火蓋を切った。ちらちらとミルを見ている婚約者にデネッセもいい気はしなかったが、まあミルは綺麗だしなあと何も考えないようにした。それがいけなかったのかもしれない。

 一月ほど経って、最近有名なお菓子の店で舌鼓を打っている時、何の前触れもなくミルは爆弾を落とした。


『――三日前、デネッセの婚約者に口説かれたんだけど、あれって公認?』


 噛み砕いたクッキーが気管に入り込み、貴族令嬢とは思えない咳が連発される。周囲からの視線と親友からの爆弾で、もはや持病となってしまった頭痛が発生。座っていたのがテラス席で良かったと思ったが、それだったらこんな話はしてこなかっただろうと思うと、どっちにしろだった。


 詳しく聞き出すとこういう話らしい。学園中等部からの帰り道、偶然通りがかったのだという件の婚約者は、初めて見たあの日に一目惚れをしてしまったのだと言ってミルに求婚したと。

 当然ミルは、私にはもう仲睦まじい婚約者がいるので無理、と適当に流そうとしたらしいが、なんやかんやあって最終的に、ミルが顔面に重めの一発をお見舞いしてやって片が付いたのだそうだ。だそうだじゃねえが。


 殴ったのと同時に治癒魔法をかけといたから顔面の変形とかはないと思うよ! と笑顔で言ってくる親友との縁を今日ここで本気で切ろうかと思ったが、やめた。過失はミルにない。いや、ないか? あるかもしれない。

 事の次第をミルを連れて両親に話したところ、婚約はデネッセを幸せにできるのが前提のものであり、他の女に声を掛けるような男は願い下げだと、無事一週間後には向こう側の有責で婚約は解消された。


 政略結婚とはいえ、立場はマクラミレン家の方が強かったらしく、解消後の婚約者はどうやらろくでもない目に遭ったらしいのだが、その詳細をデネッセは聞かなかった。興味もないし、元気もない。もうどうでもよかった。

 結局、その傷を癒してくれたのは目の前の親友――なんかではなく時間だったわけだが、それでも未だ親友として付き合っている自分に空々しさは感じる。将来的な不幸を若いうちに取り払ってくれたと前向きに捉えてはいるが。


 それでも幸せそうに未来の計画を話してくると若干の苛立ちは沸く。ミルもそれに気付いていて甘えているのだが、デネッセがそれを本人から聞くのは大分先の話だ。


「まあまあ。デネッセも近々ご成婚おめでとうございますって時が来そうだし寛大に許してよ」


「私のどこを見て言ってるのそれ? もしかして凄く馬鹿にされてる?」


 二年前の件以降、男にうんざりしてしまっているデネッセと現在まともな関わりのある異性など、同い年の幼馴染みくらいしかいない。その深刻な男っ気のなさを日頃見ているはずなのに何寝ぼけたこと言ってるんだこいつと、不機嫌な顔が勝手に顔に浮かぶ。


 その顔を見たミルは、なーんにも気付いてないんだなこの子、と呵々大笑を我慢し、何も考えていないような笑みに紛れ込ませる。ミルは親友の幸せを誰よりも願っている自信があったが、それと揶揄うのをやめるのとは話が別だ。

 こんな楽しいこと、やめられない。


「……とりあえず、もう一回教室行ってみたら? 鞄置きっぱなしで帰るわけにもいかないだろうし、待ち伏せしてればその内出て来るわよ」


「ごもっとも。私の暇つぶしを手伝ってくれて感謝してるよ親友。それじゃまた明日」


「今暇つぶしって言った? ねえ、今暇つぶしって言った?」


 教室の方へ歩き出そうと廊下に出たミルの肩を掴もうとした――その腕が、横から掴まれた。突然のことに反応して間の抜けた声が出る前に、デネッセの身体が信じられないほど重くなる。魔法だ。それも重圧系の。

 肩辺りの高さで手首を掴まれたまま、全身が這いつくばるように床に押し付けられる。肩の関節が嫌な音を立てているのを感じるが、その圧が突然消滅した。


 押し潰されていた逆側の手を、ミルが握ってくれている。反対の効力を持つ魔法で打ち消したのだと理解する前に、デネッセの意識は飛んでしまった。瞬間的な身体の負荷に耐えられなかったのだ。ブラックアウト。

 本来ならば殺意を込めて下手人を睨んでいただろうミルが、表面上を取り繕って、顔面の筋肉が悲鳴をあげているのを理解しながら笑顔を作ったのは、立場上の問題だ。ボコボコにしていいのならばとっくにしている。


「大丈夫か、ミル嬢。その女に嫌がらせでもされていたんじゃないだろうな」


 この様子をどう見ればそんな見当違いにも限度があるような恥さらしな見解を口に出せるのかは全く以て理解に苦しむが、それを口には出さない。少なくとも、今はまだ。


「誤解ですよ、会長。彼女は私の友人ですので。その手を離していただけますか?」


 ラトルがいれば、ミルの言葉に秘められた憎悪に似た怒りに気付けただろうが、貼り付けられた笑顔に気を良くした能天気にそんなことがわかるはずもない。

 会長――ファグナ・ハスマルスト第二王子は、あっさりと手の平を開いた。

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