表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

彼女からの手紙~オール・レイドウ・ニッポン~

作者: カツオ・コンプレックス


 妻が死んだ。交通事故だった。車ごと転落してしまった。


 あの時、彼女に代わって自分が車を出していたらと、一人になるとそのことしか考えられず眠れない日々の中、深夜、強いウイスキーを飲むようになって漸く眠れるようになったが、生活が破綻した。


 昨日の昼過ぎ、呼び鈴が鳴って目を覚ました。


 出てみるとお義母さんが訪ねて来ていた。顔だけを簡単に洗ったが、酒の匂いは抜けていないのに嫌な顔せずにいてくれた。


 お義母さんはトートバッグからラジカセを取り出すと、それを俺に渡してくれた。


 ラジカセは黒色で放送局は手動で合わせるダイアル式で、スピーカーとカセットテープを入れる所が一つずつ付いている古くってコンパクトな物だった。


 これは妻の物で、学生時代に夢中で深夜放送を聴いていたらしい。


 それまで残してあった実家の彼女の部屋はもうすっかり片付いて、これだけは、きっとお義母さんにも何か想い出があるのだろう、ラジカセを処分する事が出来なかったと言う。


 彼女がラジオ好きなんて全然知らなかった。俺と付き合い、結婚してからもラジオを積極的に付けたことはなかったと思う。


 そんな自分の知らない彼女の時間をコレは一緒に過ごしていたのかと思うと、また涙が出てくる。


 今夜もキッチンのテーブルに座り込み、強いウイスキーを煽っていたが、何となくこのラジオが気になりスイッチ入れてみた。


 だが、8月15日になった日曜日の深夜は何処も放送はやってなく、それに腹が立って来てムキになり、何処かの電波を受信しないかダイアルを廻し続けていた。


 ようやくノイズ混じりの電波の向こう、陽気な男の声が聴こえてきた。


 楽しげに話すその男を俺は知っている。


 人気芸人だったが女癖が悪く、新人アイドルに刺されて殺された男だった。


 もう10年も前のことだ。


 何か古い放送を再放送しているのかと思い、そのまま聞いた。


 その男が投稿を読み上げる。


「続きましてはペンネーム『ラジオだけがトモダチ』ちゃんから。女の子ですね」


『私には大好きな旦那様が居ます。彼と出会ったのは大学生になった時、その頃の私と言えば、友達もおらず、深夜、芸人さんや声優さんのラジオを聞いてはネタ投稿をし、毎夜、採用されるかどうかにしか興味のない人間でした。大学だってどうでも良かったけど親がうるさいし、就職なんかしたら深夜ラジオを聞いている暇もなくなるしで、まあいいかと受験した程です』


 女の自分語りが始まった。芸人が声色を変えて女性っぽく読んでいるのが気持ち悪い。


『そんな時、彼と出会いました。学食です。入学早々、その日も朝5時までラジオを聞いていたので眠く、授業をサボって学食で居眠りしているとカレーの匂いがして来たのです。もうお昼かと思い顔をあげてみると彼が黙々とカレーを食べていました。時計を見るとまだ10時過ぎ。彼も授業をサボっていたのです。何となく同志な気がしたのと、もしかしたら投稿のネタになるかと思い、声を掛けてみました』


 妻との出会いに似ている。俺もカレーを食べていた時、彼女に声を掛けられた。あの時、朝からカレーを食べていたのは、


『朝までバイトをしていて、シャワーだけして飛び出して来たのでお腹が空き、学食に食べに来たとのことでした』


 そうだ、あの頃、どうしてもバイクと、そしてツーリングする金欲しさに朝7時まで営業している居酒屋でバイトをしていた。帰ってシャワーをして、授業に出るつもりで大学に来たのに、腹減ってフケる、そんなことをしていた。


『家で夜更かしして遊んでいた私を馬鹿にする彼でしたが、それ以来、顔を合わせると話すようになり、気が付くとメル友になっていました。日一日、メールの回数が増えていきます。深夜、彼が働いているのかと思えば、頑張れとメールをすると休憩時間に返信してきてくれます』


 あの頃、友達も居なく、俺はバイクで遠くまでツーリング出来れば、何者かになれるのではないか?そう信じていた俺に、彼女のメールは、そんなことをしなくっても何者かになれると教えてくれていた様だった。


 その後、俺は予定よりもバイト期間を長くし、結局バイクではなく、中古の軽自動車を買った。彼女と北海道まで行く約束をしたが、長い旅に出るには車の方が安全だったし、実際、本当に楽しい旅となった。


『結局、私はネタを投稿するよりも彼に想いを投稿するのに一生懸命になり、ラジオから離れていきました。こうして投稿するのも実に10年ぶりぐらいです。さてここから本題です。お待たせしました』


 10年前といえば妻と知り合った頃.だし、このメールの内容はたまたま偶然、、自分と状況が似ていただけに過ぎないけど、この女性が何を語りたいのかはとても気になった。時たまノイズで聞きにくくなる音声をしっかり捕まえるように耳を澄ますと、信じられない話しをし出した。


『私は一人で車を運転していた時、飛び出してきたシカ(田舎に暮らしているので本当にシカが飛び出してくるのです)を避けた為、転落し転落死って言葉遊びをしてしまう程、マヌケ最後となりました。あなた。聞いていたら、気に病まないで笑って毎日を過ごしてください。私が居なって寂しいようでしたら、早く新しい人を見つけて幸せになってください』


 この人は死んでいるのか。しかも転落死。妻も転落した原因の一つとして動物の可能性があったが、まさか、


『ただ一つ、最後にお願いがあります。もし良ければ最後にもう一度、北海道に連れてってくれませんか。車は私がめちゃめちゃにしたようだから(死んじゃったから、よく知らないけど)、大変かも知れませんが、最後の我がままにお付き合いください』


 これは自分の、いや自分達のことだ。間違いない。


 芸人が妻のメールを読み終わると、ホワイトノイズが音声を飲み込んでやがて何も聞こえなくなった。すぐにradikoのアプリをダウンロードし、番組をチェックしたがこんな時間に放送しているものは何もなかった。


 生活を元に戻し、あの頃乗っていたのと全く同じ型、同じ色の軽自動車を中古で買った。もう古い車なので壊れない様に大事に乗り、あの放送から一年後の今日、妻の代わりに彼女のラジカセを助手席に乗せ、北海道まで走らせている。もちろんラジカセのスイッチは入っている。あの日と同じダイアルのままにして。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ