追放処分
広間の奥の玉座に、正装した陛下が鎮座している。
その正面に、バルバラとシャノンが立たされている。
これは、どういうことなのかしら。
「ねえユリウス。確か、騎士団と共に、魔物討伐の功績を讃えられるために呼ばれたのよね」
「ああ、そう書いてあった」
「でも……」
祝賀行事とは思えない、重苦しい雰囲気が漂っている。
ユリウスはさほど驚いてはいないみたい。
リュカとこそこそ話しているのは知っていたけど、バルバラやシャノンに関することだったのかしら。
両側に居並ぶ貴族たちも、一様に、厳しい表情だ。
「陛下。全員揃いました」
宰相が陛下に、慇懃に告げた。
「うむ。それでは始めるとしよう。国に仇なす者らの断罪を」
……え? なんですって?
それはつまり――バルバラとシャノンの罪を裁くということ?
理解が追いつかないうちに、陛下が話し始めた。
「偽物の聖女がクリスタルに触ると、クリスタルが消える――」
陛下は周囲を軽く見渡して、忌々しそうに言葉を続けた。
「よく考えれば、くだらぬ噂だ。そんな噂が流れた原因は、バルバラ、お前にあったのだな」
バルバラが、弾かれたように反応した。
「な、なにを仰いますか。どうして私が――」
「黙れ! お前が二十年前に、塔にあったクリスタルを盗んで逃げたことは、分かっておる! そして、その罪をクロエになすりつけたこともな!」
……!
陛下、それは本当ですか?
陛下のあまりの剣幕に、バルバラは口をつぐんだ。
うつむき加減の横顔からは、何も窺えない。
……え?
二十年前って。それじゃあ――。
「許せ、ユリウス。そなたの母――クロエにも、申し訳ないことをした」
陛下がユリウスに渋面で言葉をかけた。
「――いえ、陛下。もったいないお言葉です」
……ユリウス。そんな。バルバラのせいで、あなたのお母様が、よからぬ噂を立てられ非難されたというの?
シャノンも呆然としている。知らなかったのね。それはそうよね。私たちが生まれる前の出来事だもの。
でもまさか、バルバラが……。
「陛下。私は――盗んでなどいません。クリスタルが私の手元にやってきたのです。私の保護を求めて!」
「よくも抜け抜けと、そのような世迷言を。まったく反省しておらぬのだな。二十年――二十年だぞ! それだけ長きに亘り、我が国から聖女を奪ったのだぞ!」
広間が静まりかえっているせいで、バルバラのささやき声が隅々にまで届いた。
「シャノン。ねえ、シャノン。あ、聖女様。聖女様からも陛下に口添えを――」
シャノンがまじまじとバルバラの顔を見ている。
「その者は聖女ではない。余を愚弄しおって」
バルバラの抗議の声が響く。
「そんなはずはございません! 現に、クリスタルが光ったのです!」
「それはアデリーンが触れたからだ。もう、シャノンも気がついておるな?」
あのときの光の粒……。私が触れたから?
シャノンは唇を噛みしめている。
「シャノンが成し得なかった魔物討伐も、アデリーンはその癒しの力で見事成功させた。癒しの歌だったかな? 先代たちが歌を嫌っておったのは周知の事実だが、今となっては、その理由すら分からぬ」
陛下が私の方に顔を向けた。
「バカげた因習は、余の代で終わらせることにする」
ユリウスがぎゅうっと私の手を握ってくれた。
「さて、最初に言った通り、断罪せねばならぬ、バルバラ。お前の罪は重い。もはや取り返しはつかぬ。お前を極刑に処す」
「あああーっ」
バルバラがその場に崩れ落ちてしまった。
……極刑だなんて。
さすがにそれはあんまりだわ。
私はほとんど反射的に口を開いていた。
発言の許しも得ずに、割り込んでしまった。
「お待ちください、陛下!」
広間にいる全員の視線が私に集まっている。
人の視線って、身体中に刺さってくるようだわ。
「陛下。魔物は討伐して参りました。その功績に免じて、極刑だけは――極刑だけは、なにとぞお考え直しください!」
陛下の顔に浮かんでいるのは、呆れた表情かしら――?
「アデリーン。そなた、本気で申しておるのか? バルバラに罪を着せられたのだぞ。王都から追放された上に、望まぬ結婚までさせられたのだ。余も後悔しておる」
……陛下。そのことなら、逆に感謝しているくらいなのです。
私は、心から愛する人と結ばれたのですから。
「それでも、亡き父が愛して結婚された方なのです」
「うーむ」
陛下は、顎髭を弄びながら、思案を巡らせている。
周囲の冷ややかな視線は、極刑を支持しているということかしら。
それならば、私だけでも反対の意思を眼差しに込めて、陛下へ届けなくては。
陛下は私と目が合うと、顔をしかめた。
それからバルバラを見やると、刑を告げた。
「そなたがそこまで言うのなら……。バルバラ。お前に、ロワール王国からの追放を申し渡す。今後、もし一歩でも我が国に足を踏み入れたならば、即刻、処刑する。よいな」
「……はい」
……バルバラ。
うなだれて、涙を流すバルバラの姿など、見たくなかった。
「さて、シャノン。次はお前の番だ」
シャノンはキョトンとした顔で、陛下に尋ねた。
「私がどうして裁かれるのです? 私はなにもしていません!」
「そうだ。お前はなにもしなかった。訪れたトリアノン領では、領民の痛みに心を寄せることもしなかった。お前を庇って負傷した騎士に、見舞いの言葉一つかけなかった」
シャノンは憮然としている。
陛下が指摘されたことは、私も前から気になっていたことだけど……。
「だが、聖女だと言われて有頂天になっただけだとも言える。知らないうちに母親の手駒となっておったのだからな」
陛下は、「はあ」とため息をついて、目元を押さえた。
「聖女認定に関しては、こちらの不手際も認める。だが、聖女はおろか、貴族としての振る舞いに欠けていたのは事実」
シャノンは、歯を食いしばって耐えているようだ。
「よって、お前からは、聖女の名と共に、男爵の称号も返してもらう。平民として暮らすがよい」
シャノンはぼんやりとした表情で、陛下の言葉を受け付けられないでいる。
「……え?」
「生きていくためには――報酬が欲しければ、自分で働くのだ」
「なんですって!」
私はまた口を開きかけたけど、ユリウスに目で制された。
最後に陛下はニヤリと口元を上げ、一言付け加えた。
「そうだな。働き口くらいは世話をしてやろう」
*** *** ***
王宮の敷地の離れにある塔に、一人の騎士が駆け込んできた。
「た、大変だ! 大変なことになったぞ!」
上階へ上がるところだった警護担当の二人の騎士は、入り口でハアハアと息を切らせている騎士を、ちらっと見ただけで、相手にしなかった。
「なんだよ。お前も暇なら手伝えよ。ニセ聖女様が散らかした部屋を片付けて、荷物を出さなきゃならないんだぞ」
「ば、バカッ。勝手に触ったりしたら、どんな目に遭うか……」
「もう聖女じゃないんだから、俺たちがあの女に会うことは、な、い、ん、だ、よっ!」
「うっひゃっひゃっひゃっひゃ!」
二人の騎士は、厄介払いできた喜びに浸っている。
「だから、違うんだって!」
呼吸を整えた騎士は、思いっきり息を吸い込むと、王宮から持ってきた知らせと共に吐き出した。
「陛下の命令で、今日から平民として、この塔で働くんだとさ。俺たちと一緒に、塔の管理をするんだとさ!」
警護担当の騎士たちは、そんなふざけた話には取り合おうともしない。
「はあっ? なんだそれ?」
「冗談もたいがいにしろよ」
だが、知らせを持ってきた騎士の真剣な――というか恐怖の表情を見て、みるみる青ざめていく。
「……マジか? ここに帰ってくるのか?!」
「最悪だ。平民になったからって、あの性格までは変わらないよな?」
二人にちゃんと伝わったところで、騎士も愚痴をこぼした。
「当たり前だ。絶対、掃除から何から、俺たちに言いつけるに決まっているさ」
がっくりと肩を落とした三人の騎士は、自分たちの周りの空気が、ぐにゃりと歪むのを感じた。
……この殺気。
塔で働いたことのある騎士なら、全員が一度は感じたことのある、恐ろしい気配――。
「悪かったわね!!」
三人の背後に、シャノンが鬼の形相で、腰に手を当てて立っていた。
「ひゃあーっ!」
「うぎゃあー!」
「ひいいいっ!」
騎士たちの絶叫が、塔の内部にこだました。
あと少しだけ、エピローグとして最終話を書きます。
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