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追放されて老貴族と結婚のはずが……

「永遠に愛することを誓いますか?」


 およそ牧師らしくない青年に聞かれる。


「誓いま――」


 目の前に立っている男は、軽蔑の眼差しで私を見ている。


「――す」


 そう答えるほかない。

 牧師役の青年が、夫となる男にも同じことを聞く。


「永遠に愛することを誓いますか?」

「ふん。ゲス女め」


 ふん――? げ、ゲス女って――。そんな返事がある? まあ……あるか。なにせ、不本意にもほどがある結婚だものね。


 それに、新郎は、ほんの一時間前にお祖父様を亡くされたばかりだし。

 ああもう。私だって、遠い目をして現実逃避をしたい!




 そう、この馬鹿馬鹿しい結婚は、ほんの一週間前に突然決まった。


 一週間前のあの日まで、私はロワール王国のエイデン王子の婚約者だった。

 国王陛下は、親友だった亡き父との約束を違えず、私の十八歳の誕生日に、殿下との婚約を決めてくださったのだ。


 名門の貴族たちは、男爵家では身分が釣り合わないと相当反対したらしい。それに義母のバルバラも、頑なにこの結婚は辞退すると申し伝えたと聞く。

 それでも王様の決心を翻すことはできなかった。


 一週間前のあの日、婚約披露パーティーの打ち合わせのために、王宮から使者が屋敷にやってきた。

 私は、部屋から出ないようバルバラに命じられていたから、言いつけを守って部屋でおとなしくしていた。

 それなのに、バルバラの方から義妹のシャノンを連れて、いきなり部屋に乗り込んできたのだ。

 ……まあ、ノックをせずに入ってきただけなんだけど。私には乗り込んできたように感じられた。


「アデリーン。使者がお見えだというのに部屋に閉じこもって挨拶もしないなんて。そんな娘に育てた覚えはありません!」


 えええっ?! 何それ? こちらもあなたに育てられた覚えはないんですけど。……っていうか、部屋から出てくるなと言っておいて――ひどくない?


「奥様。私はただの使いですから、そのように形式ばったご挨拶は――」

「いいえ! どうぞこちらにいらして」


 バルバラが使者の腕をつかんで、私の部屋に引きずりこんだ。


 ……え? ええ? 未婚の娘の部屋に男性を入れるなんて、どうかしてるんじゃ――。

 私はポカンとした顔で立ちつくしていたらしい。

 バルバラは、邪魔だと言わんばかりに私をにらみつけると、部屋の奥にある飾り棚の前でわざとらしい声をあげた。


「まあ、これは何かしら?」


 バルバラは、飾り棚の中を覗いて驚いたふりをしている。


「こ、これは――。なんと!」


 つられるように覗いた使者の方は、心の底から驚いていた。


 二人の視線の先には、二十センチほどのクリスタルがあった。


「え? 何これ? こんなもの見たことがないんだけど。どうしてここに?」


 思わずつぶやいた私に、使者が疑念に満ちた目を向けてきた。


「これをご存知ないのですか? ご自身でお持ちになりながら、知らないと?」


 いや、本当に知らないので……。何なのですか?


「よくもそんな白々しいことを!」


 バルバラが笑いを噛み殺している。


 ようやく、何かの罠にはめられたらしいことに気がついた。


 バルバラは、今度は一生懸命に悲壮な顔を作ると、棚の中からクリスタルを取り出し、シャノンに手渡した。

 もしかしたら両親のどちらかの遺品かもしれないと思った私は、咄嗟に取り返そうと手を伸ばした。


 がめついシャノンが一度手に入れたものを他人に渡すはずもなく、クリスタルはしっかりとシャノンに握られ、私の手はかわされてしまった。

 それでも、ほんの一瞬だけ、指先がクリスタルをかすめた。


 その途端、クリスタルから青白い光が放たれた。光は小さな粒子となって、私の部屋の中に充満し、しばらくそこに漂い続けた。

 頬に、唇に、瞼に触れる光の粒は、どれもほんのりと暖かくて、幸せな気持ちにしてくれた。


「せ、聖女様っ!」


 使者の叫び声に目を開けると、シャノンの前でひざまずいていた。


 聖女様ですって? このシャノンが?


「これは、二十年間行方不明になっていた聖女の証です。あなた様のお手に還ることができて、嬉しさでお応えになられたのでしょう」


 バルバラとシャノンの勝ち誇ったような顔。


 その後のことは、ぼんやりとしか思い出せない。


 そのまま王宮に連れていかれたかと思ったら、陛下の前で、殿下に「聖女の証を盗んだ盗人」だの、「義妹を退け、聖女に成り代わろうとした痴れ者」だの、散々罵倒された挙句、婚約破棄を言い渡された気がする。


 そして、なんやかんやで、最後に陛下に命じられたのだ。


「ジャンポール家の当主と結婚せよ」と。




 五日後。私は、ほとんど着の身着のままで追い出された。

 家を出るとき、バルバラは上機嫌で声高に笑いながら教えてくれた。


「ジャンポール家のご当主アドルフ様は七十四歳のご高齢。なあに、すぐに未亡人になって、優雅に余生を暮らせるわよ。おーっほっほっほっ!」


 お情けで、丈の長い白いワンピースをウエディングドレスと称してもらった。

 それも、ほとんど投げつけるように、バルバラが馬車の中に放り込んできたんだけど……。



 東の果ての地にあるジャンポール領まで、馬車で二日かかった。ようやく辿り着いた城でも歓迎はされなかった。


「へえ。本当に来られたのですね。どうぞ」


 若い執事は私を一瞥すると、「荷物をお持ちします」とも言わなかった。


 通された部屋には、ベッドに老人が横たわっていた。


「お前が悪名高きアデリーンか」


 あ、悪名ってそんな……。もしかして国中に悪い噂が広がっているのかな。……はあ。


「こんな辺境の地におっても、陛下に忠誠を誓った身。命令通りお前とは結婚する。ワシが独身でよかったな。きっとお前をこの最果ての地に縛りつけておけという命じゃ」


 ええっ?! そういう意味なの? そんな命令、ひどくない?


「あのう。ですが、お体の具合が、あまりよろしいようには見えませんが」

「うるさい! お前のような者が何を偉そうに。大きな世話じゃ! 引っ込んどれっ!」


 あらあら。お元気ですこと。この方がアドルフ・ジャンポール様か。私の未来の旦那様……。


「さっさと済ませるぞ。もう陛下には無事に結婚の誓いを済ませたと報告を走らせておる」


 は、はやっ! ……ってか、私が今日到着しなかったらどうするつもりだったの?


 それでも、若い執事に促され、こじんまりとした部屋で、白いだけのワンピースに着替えた。


 結婚の誓いをたてるために、再び老人の枕元に立たされた。

 もう、こうなったら覚悟を決めないとね。

 部屋には若い執事しかいない。訝しげな私の視線を読み取って、執事が答えた。


「私は執事のリュカと申します。私が牧師役を務めますのでご心配には及びません」

「は、はあ」

「それでは始めます」


 仕方ない。ええいっ、もうどうにでもなれっ!


「ぐふっ」

「旦那様! しっかり!」


 名ばかりの新郎のアドルフが、突然苦しそうにもがいたかと思うと、ピクっと震えたっきり動かなくなった。


 リュカはアドルフの脈をとると、首を横に振った。


 ……え? え? ええっ? 亡くなったってことー?!


 私はまたしてもこぢんまりとした部屋に戻されて、待つように言われた。




 一時間ほどたったころ、リュカが呼びにきた。


「お待たせいたしました。仕切り直して、誓いの儀を行います」


 なんですって? 死人と誓い合うの?


 私はドアを少しだけ開けて、廊下を覗いた。

 リュカはドアを思いっきり開くと、「さ、こちらです」と何の説明もなく歩き出した。

 もう。何だっていうの。もうちょっと説明してくれてもよくない?


 連れていかれたのは、アドルフの部屋ではなかった。


 城の奥まった部屋の重厚な扉をリュカが開くと、「入れ」と目で言ってきた。


 その部屋は舞踏会を開催できそうなほど、広いホールだった。


「主に式典を催す際に使用する格式の高い部屋ですが、まあ、仕方がありません」


 お前ごときに使わせるなんて――と言いたげだ。顔にはっきりそう書いてある。


 不穏な気配を感じた先に目を向けると、若い男性の姿があった。

 背を向けているので顔は見えない。だけど、後ろ姿からでも、鍛えられたたくましい体であることはわかる。


「当主のユリウス様です。先程、アドルフ様の後を継がれました。あなたの結婚相手です」


 なんですってー! どういうことー?!

 リュカが表情ひとつ変えずに伝える。


「国王陛下は、あなたとジャンポール家の当主との結婚をお命じになられました。現当主はユリウス様ですから、ユリウス様と結婚していただきます」


 へ? そんなのあり?


 ユリウスに近づいて、恐る恐るその顔を見た。

 怒りで釣り上がった目。固く引き結んだ口元。私に向ける表情は厳しいものの、目鼻立ちの整った美青年であることはすぐに分かった。

 おっと。見惚れている場合じゃなかった。


「貴様のようなやつは、俺がもっとも軽蔑する類の人間だ。だが結婚はしてやる。俺も侯爵をいただく身。領主として陛下の命令には従う」



 そうして、夫婦になるために、形ばかりの誓いの儀を行うことになったのだ。


「ふん。ゲス女め」


 花嫁に向けるには、恐ろしく冷たい目だった。


 誓いの儀が終わり、執事に連行されるように戻されたのは、やっぱりさっきのこぢんまりとした部屋。


 どうやら、この部屋が私の終のすみかとなるらしい。

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