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本当に学業を修めに来ただけです  作者: 樫本 紗樹
番外編

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48/50

公爵家を構える場所

 ボジェナはフリードリヒの助けもあり、四年の課程を終え教授になる道へと進んだ。メイの助手としても活動し、大学で白衣を身に着けて診察もするようになった。教授になる為に色々と忙しくしているが、彼女は充実した毎日に満足している。

 そんなある日、結婚後に暮らす場所について相談をしたいと言われボジェナはフリードリヒと寮の応接間で向かい合っていた。彼女は正直どのような場所に、どのような館を構えるのが正しいのかわからない。しかし彼が独断では決められないと言うので、とりあえず話を聞く事にしたのだ。

 テーブルの上にはレヴィ王都の地図と、三軒分の間取り図が広げられている。王都の地図にも三ヶ所印が付いており、その位置はそれぞれ離れている。

「どこがいいと思いますか? こういうのは直感も大切です」

 フリードリヒにそう言われても、ボジェナは地図から何も感じなかった。そもそも彼女は基本的に大学敷地内で過ごしているので、高級住宅街の場所さえわからない。王弟である彼が庶民と同じ場所に暮らすとは思えないが、かといって王都内に点々と高級住宅街があるとも考え難い。

「この三ヶ所に絞った理由は何でしょうか?」

「陛下に提示された物件がこの三ヶ所なので、絞ったのは私ではありません」

 フリードリヒが選んだわけではないと知ってボジェナは少し安堵した。フリードリヒも公爵位を賜りながら王宮で暮らしている人間だ。王都にも館にも興味は薄いだろう。エドワードが提示した場所ならば、弟に相応しい場所を選んだに違いないと思えた。

「これは全て王家所有という事でしょうか」

「そのようですね」

 ボジェナの質問にフリードリヒは無表情のまま他人事のように答える。彼女もさして家に興味はないのだが、結婚して暮らすのだから出来れば二人で過ごす時間を確保したい。彼女は地図を見ながら王宮と病院を探した。お互い通う場所が違うのだから、その中間がいいと思ったのだ。

 しかし王宮と病院の間に印はない。病院の近くにひとつ、王宮の近くにひとつ、両方から離れた場所にひとつだ。両方から離れた所だけ妙に土地が広い。提示した場所の土地の広さが違う理由が彼女は気になった。

「どうしてここは広いのでしょうか」

 ボジェナの質問を受け、フリードリヒは間取り図に視線を向ける。

「そちらは公爵家跡地ですね。舞踏会や茶会が出来るように大きな屋敷と綺麗な庭があるようです」

「それはしないといけないのですか?」

「しなくても問題ありません」

 フリードリヒの答えにボジェナは心を撫で下ろす。以前参加したスミス家での舞踏会を自分が催す側になるのは想像出来なかった。茶会も一度ライラに誘われて王宮まで出向いたのだが、あの準備をバルバラに任せるのは難しいと感じ、バルバラ本人もレヴィの風習に理解が追い付いていない様子だった。

「それなら舞踏会を催さなくてもいいように小さい館がいいです。こちらでいいのではありませんか?」

 ボジェナは王宮に近い場所を指し示した。二ヶ所を比べると王宮に近い方が広い。それに仕事は国王の側近の方が大変だろうと思えた。

「ボジェナさんは王宮に近い方がいいですか?」

「私はどちらでも構いません。けれど王宮に近い方が色々と便利ではないかと思います」

 フリードリヒの為と言っては聞いて貰えないとボジェナはわかっているので、あえて便利という言葉で誤魔化した。しかしフリードリヒは無表情のままだ。

「私は王宮から離れたいのですが」

「王宮嫌いは治ったのではないのですか?」

「両親は暮らしていませんし、陛下との距離も縮まりましたが、好きになったわけではありません」

「王宮で暮らされているので好きになったのかと思っていました」

「ボジェナさんに相談する前に住む場所を決めたくありませんでした。それだけです」

 フリードリヒは対等でありたいとボジェナに告げたが、基本的に彼女を優先する。それをわかっているからこそ王宮近くを希望したのだ。馬車移動とはいえ、移動時間は短い方がいいはずだ。しかし王宮から離れたいと言われてしまうと、彼女もこれ以上王宮近くの物件を推せない。彼女が病院に近い方がいいと思っているのを見透かされていて、既に決めているとしか思えなかった。

「フリッツさんはこちらと決めているのに、相談という形を取ったのですか?」

「私とボジェナさんの希望は一致すると思っているのですが、思い込みほど怖いものはないので相談という形を取りました」

「希望、ですか?」

「私は業務上、急な呼び出しはありません。しかし医者は違います。病院に近い方が二人の時間を長くとれると思います」

 フリードリヒは微笑む。彼女はこの愛おしそうに見つめられる事に未だに慣れていなかった。彼女が彼の為にと考えても、それ以上に自分の事を考えて提案してくれるのがとても嬉しかった。

「それとこちらの間取りの方が暮らしやすそうな気がするのです」

 そう言いながらフリードリヒは王都の地図の上に、ひとつの間取りが描かれた紙を広げる。二階建てのこぢんまりとした館は、一階には客間や食堂など、二階はいくつもの小部屋がある。二階の部屋の大きさがあまり変わらない為、どこが何の目的の部屋なのかボジェナにはわかりかねた。

「何をもって暮らしやすいと思っていますか?」

「ボジェナさんはラナマンの部屋が大きいと思っているようですが、ここはそれより小さい部屋しかありません。またこれは私の希望なのですが、寝室は別がいいと思っています」

 ボジェナは隠していたつもりなのだが、毎年年末年始に訪ねる領地ラナマンの領主館の自分に宛がわれた部屋の広さに落ち着かなかった事を見破られていて恥ずかしくなった。王女である彼女には別段広い部屋ではないはずだ。しかし母国で小さな部屋と最低限の家具に囲まれて育った彼女には、未だに慣れない空間である。

 ボジェナは部屋が狭くなる事は歓迎だ。しかし寝室に関しては受け入れていいのかわからない。

「寝室が別の理由を尋ねてもよろしいですか?」

「隣に人がいて熟睡する自信がありません。慣れの問題だとは思いますので、少しずつ慣らしていければとは思っています」

 ボジェナも長らくベッドでは一人で寝ている。フリードリヒと一緒に過ごす時間は長いに越した事はないが、寝ている間まで一緒に居なくてもいい気がした。それに睡眠不足になる方が深刻である。

「私も一人の方が熟睡出来そうです」

「勿論、寝室は別でも抱かないと言っている訳ではありませんので、そこは勘違いしないで下さい」

 フリードリヒに微笑まれながらそう言われ、ボジェナは困ったようにはにかみながら頷く。ラナマンの館に行くようになって口付けをする機会は増えたものの、それ以上の関係にはなっていない。

「結婚式まで二年を切りました。楽しみですね」

 フリードリヒの姉サマンサが参加出来るようにと、結婚式の日取りは既に決まっていた。ボジェナが六年で学生生活を終えて教授になる事を前提にしたその日程は、彼女にいい意味での圧力となっている。今日の選定も、結婚式をサリヴァン家の王都屋敷お披露目を兼ねてする為に、そろそろ決めなければという事だった。

「そうですね」

 ボジェナはフリードリヒに敵わないと思っている。金銭面に関しては完全に頼りきりであるし、男女関係に置いても彼に翻弄されっぱなしだ。何とか反撃出来ないかと考えた時期もあるのだが、彼が幸せそうに微笑むのを見てこのままでいいと思うようになってしまった。そのような事を考える暇があるなら、立派な医者を目指した方がいいはずだ。

「卒業論文を書き終えれば寮で暮らす利点はないと思うのですが、どう思いますか?」

「え?」

 予想していなかった提案にボジェナはフリードリヒを見つめる。彼は笑顔を引っ込めて真剣な表情で彼女を見据えていた。

「特待生対応は卒業までではないのですか?」

 ボジェナが寮で暮らせているのは特待生だからである。彼女は教授となりメイの研究を引き継ぐと明言しており、常に成績は首席を維持している。特待生特典を剥奪される覚えはなかったが、いつまでという話は聞いていなかった。

「勿論卒業まで国が保障しますが、早く出ても大丈夫です」

「結婚式の前に一緒に暮らすのは良くないのではありませんか?」

「婚約期間も長く、年齢も問題ありません。先に婚姻届を出せば済む話です」

 予定している結婚式は、宗教に則ったものではなく人前式だ。二人が信頼する人達だけを招待して、結婚の報告をする。その前に婚姻届を出して夫婦になっていたとしても咎める者はいないのかもしれない。しかし真面目な彼女としては筋を通したいと考えてふと、反撃の機会なのではと思い立つ。

「それ程私と早く暮らしたいのですか?」

「えぇ。いけませんか?」

 フリードリヒに平然と返され、ボジェナは言葉に詰まる。反撃をしたつもりだったのに、困惑したのは彼女だけだった。

「いけなくはありませんけれど、私は筋を通したいです」

「わかりました。場所はこちらでいいですか?」

「はい」

 フリードリヒのあっさりとした対応にボジェナは内心困惑する。筋を通したいのは本心だが、彼に求められるのも嬉しかったのだ。簡単に引かれると、どう対応していいのかわからない。

「建物は一部老朽化している為補修工事をしますが、一年後には暮らせるようになると思います」

 フリードリヒの言葉にボジェナは首を傾げる。彼女は学生生活五年目を始めたばかりだ。それ程早く終わらせる必要性はない。彼は柔らかく彼女に微笑みかけた。

「私がこちらで暮らし始めたら定期的に顔を出してはくれますよね?」

 やはりフリードリヒには敵わないと思いながらボジェナは頷いた。それでも彼に嬉しそうに微笑まれると、彼女も幸せなので不満などはない。

 部屋に満ちた甘い空気に従者の目は光を失い、バルバラは心から喜んでいる事など、フリードリヒとボジェナは気付かなかった。

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