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本当に学業を修めに来ただけです  作者: 樫本 紗樹
番外編

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ケィティ訪問

 婚約発表後もボジェナは特に生活を変えなかった。フリードリヒは王宮で暮らすようになったが、彼女はそのまま寮に留まっている。彼からの生活費の申し出は、母国からの支援がなくなった為に最低限受け入れる事にした。急に高級な物を身に纏えば、金目当ての結婚と思われかねない。彼女はそれを恐れたのもあるが、今まで着用していた物が快適だったので変えたくなかったのだ。婚約指輪もとても質素な物である。

 そして何事もなくボジェナは大学一年目を終えた。フリードリヒも卒業をし、二人はケィティに暮らす彼の両親に会う為に移動をしていた。

「本当に大丈夫でしょうか」

「問題ありません。形式的な挨拶をして終わりです」

 ボジェナはフリードリヒの両親に会うのに緊張していた。しかも相手は前国王夫妻である。彼女も王女ではあるが国の大きさが違う。流石にいつもの格好ではよくないだろうと、今日はラナマンで貰った服を着ていた。髪飾りは母の墓前で貰った物だ。

「本当にこれで良かったのでしょうか」

 挨拶に行くのに手ぶらは申し訳ないと、ボジェナはフリードリヒに何を手土産にするか相談をした。しかし彼は両親の好みを一切知らないので何も要らないと答えたのみ。流石にそれはよくないとライラにも相談したのだが、ライラにも好みがわからないと言われ、彼女はバルバラと相談をして日持ちのする焼菓子を王都で買ってきたのである。

「私は両親に関心を示されていないと話したはずですが」

「心の中でどう思われているか、わからないではありませんか」

「父はわかりませんけれど、母は本当に私に興味を持っていません」

 フリードリヒは無表情に言い切った。ボジェナはその言葉をどう受け止めていいのかわからない。

「注意した事だけ守って頂ければ問題ありません」

 フリードリヒの言葉にボジェナは頷く。彼からの注意は、彼の母ツェツィーリアの公国訛りを指摘しない事である。ボジェナが訛っていないのはアルロのおかげだった。訛りはレヴィの貴族社会において見下されると知っていたアルロが、ボジェナの発音を細かく指導したのだ。ボジェナはその事情を知らずに、難しいと必死に覚えたのだが。

「公国語はメイネス語に近いですから、訛っていても問題なく聞き取れると思います」

 馬車がゆっくりと停車した。ケィティの道はそれほど広くなく、貿易中心の為に荷馬車しか通れない。人々が町の中を移動するには徒歩か水路に浮かぶ舟しかないのだ。これは身分制度のない共和政時代から続いている。

 フリードリヒとボジェナが馬車を降りると、一人の男性が一礼をした。

「ようこそいらっしゃいました。ウィリアム様の所まで案内をさせて頂きます」

「あぁ、宜しく頼む」

 男性が預かると言うので、ボジェナは男性に手土産を渡した。そして暫く黙々と歩き、小高い丘の上にある邸宅へと辿り着く。前国王夫妻が暮らしているとは思えない、可愛らしい建物で彼女は驚きを隠せなかった。しかし前にいる男性は彼女の気配など気にもせず扉を開ける。

「フリードリヒ様をお連れ致しました」

 男性が戻った旨を伝えると奥から女性が出てきた。

「旦那様と奥様は奥でお待ちです、さぁどうぞ」

 女性に案内されるがままフリードリヒとボジェナは館の中を進んでいく。女性がこちらですと歩みを止めたので、二人も止める。女性がフリードリヒ達の来訪を告げて扉を開けた。ボジェナは緊張しながらその部屋へと足を踏み入れる。

「遠い所まで悪かったな」

 優しい男性の声が聞こえ、ボジェナの緊張が少し緩む。癖で跪きそうになるのをぐっと堪えた。フリードリヒは一礼をする。

「ご無沙汰しております、父上、母上」

「まずは座るといい」

 ウィリアムはフリードリヒに腰掛けるよう勧めた。フリードリヒはボジェナの手を取り、両親が腰掛ける向かいのソファーまで歩くと、先に彼女に腰掛けるよう勧め、彼女が腰掛けたのを確認してから自分も腰掛ける。

「フリッツが進んで女性に手を差し伸べる姿を見られるとは思っていなかった」

「えぇ」

 からかい口調のウィリアムにツェツィーリアが微笑みながら同意をする。ボジェナはどう受け止めるべきなのか判断に迷った。フリードリヒから両親はそれほど仲が良くないと聞いていた。しかもツェツィーリアは滅多に笑わないとも。しかし、ボジェナの前にいる夫婦はとても仲が良さそうであり、二人ともにこやかな表情である。

「本日はお時間を割いて頂きありがとうございます」

「ここはレヴィ王宮ではない。砕けて構わない」

「砕き方がわかりませんので遠慮させて頂きます」

 フリードリヒの態度にウィリアムは少し困ったように笑う。

「何故ウルリヒよりもエドワードやジョージに似ているのだろうな。不思議だ」

「私は陛下とも閣下とも似ていません」

「そうか? 私に対しての態度がそっくりだ」

「それは父上の息子に対する態度の問題かと思います」

 ウィリアムはにこやかに、フリードリヒは無表情に言葉を交わしていく。ボジェナは困惑を隠すので精一杯だった。

「その態度でエドワードの側近として勤められているのか」

「今の所問題はありません」

 事実フリードリヒは負担を感じる事なく働いていた。学生時代にやっていた公務の延長であり、医者としての仕事と王宮往復の時間がなくなった為にむしろ余裕のある生活を送れている。

「そうか。エドワードがフリッツを側に置くとは思わなかったが、問題がないのならそれでいい」

 ウィリアムは穏やかな表情だ。しかしツェツィーリアの表情は翳る。彼女が一番可愛がった息子だけが王宮で仕事をしていないのだ。

「私はウルリヒにとってよくない母だったのかしら」

 ツェツィーリアの呟きをフリードリヒは無言で聞き流した。彼にとって彼女は母という認識がない。それでも自分の結婚の報告に来たというのに、ここにいない兄を持ち出されるのは面白くなかった。ボジェナはツェツィーリアの訛りは気にもしなかったが、彼の微妙な変化は見逃さない。

「申し遅れました。私はボジェナ・ポトツキと申します。常に気を遣って下さるフリードリヒ様と今後幸せに暮らしていきたいと思っております。不束者でございますけれども、優しく見守って頂ければ嬉しいです」

 ボジェナは自己紹介から一気にまくし立てた。王女として正しい振舞いではなかったかもしれない。しかしどうしても空気を変えたかったのだ。それを察してウィリアムは微笑む。

「フリードリヒの父ウィリアムだ。気難しい息子だが末永く宜しく頼む」

「気難しいと感じた事はありません。本当にフリードリヒ様はお優しい御方で」

「ボジェナさん」

 婚約者のいい所をわかって欲しいと語り始めるボジェナを、フリードリヒはやんわりと止めた。流石に両親の前で語られるのは恥ずかしかったのだ。

「いい人と出会えたのだな」

 二人のやり取りを見てウィリアムは柔らかく微笑んだ。彼の子供達の中で唯一、自分で結婚相手を選んだのがフリードリヒである。恋愛結婚でも破綻する時はする。しかしウィリアムは二人が一生添い遂げる気がした。

「どうせ長居をする気はないのだろう? ケィティ観光を楽しむといい」

「はい、ありがとうございます。それでは失礼します」

 フリードリヒは無表情のままそう告げると立ち上がる。ボジェナはこのまま帰って大丈夫なのか不安の表情で彼を見つめる。しかし無言で差し出された手を取らないという選択肢を彼女は持っていなかった。

「ボジェナ殿下。フリッツを連れて来てくれてありがとう」

 立ち上がったボジェナにウィリアムは優しい表情で告げる。ボジェナは何と返していいのかわからず一礼で応えた。



 二人はケィティにある高級宿の一室にいた。フリードリヒの従者とバルバラで荷物は既に運び込まれてある。二人が泊まる部屋は別だが、ボジェナはフリードリヒと話をしたくて訪ねていた。

「本当にあのような挨拶で宜しかったのですか?」

「私は両親と会話をしたいとは思いませんので、あれでいいのです」

「それでもウィリアム様はとても優しそうでした」

 ボジェナにとって父親は家族ではない。少なくとも優しさを向けられた記憶がないのだ。彼女はフリードリヒも似たような感じなのだと勝手に思っていた。しかしウィリアムの表情は明らかに息子を思う父親であった。

「変わったとは姉から聞いていたのですが、変わり過ぎていて正直正しい対応がわかりません」

 フリードリヒの声には困惑が滲んでいる。彼も自分の対応に悩んでいるのかもしれないと思ったボジェナは、これ以上話さない方がいいだろうと話題を変える事にした。

「機会があればサマンサお姉様にもお会いしたいです」

「結婚式の予定を早めに教えてくれたら調整する、と手紙にありました。ただ、海の向こうの国の王太子妃ですから、本当に来られるかはわかりません」

 フリードリヒは窓の向こうへ視線を向けた。しかし広がるのは海と空のみで、大陸などは見えない。ボジェナも彼と同じ方向へ視線を向ける。

「フリッツさんさえよければ、私はアスラン王国へ行ってみたいです」

「それは陛下の許可が下りないので難しいですね」

 フリードリヒはライラがアスラン王国へ定期的に行きたがっている事を知っている。ボジェナが卒業するまでに一度は行くだろうから、便乗出来ればと思っていた。しかしエドワードからアスラン王国への渡航許可は得られなかったのだ。

「側近は国外に出られないのですか?」

「いいえ。陛下も姉上に会いたいので、こちらへ連れて来いという話です」

 レヴィ王国は平和を享受している。エドワードが外遊したとしても他国が攻めてくる可能性も、国内で反乱が起きる可能性も極めて低い。それでも万が一を考えて王都を離れられないのだ。エドワードは自分の大切な人に対して心が狭い部分があり、フリードリヒだけサマンサに会いに行くのは許さない、という訳である。

 事情を聴いてボジェナはどこか安心した。大国の王族に連なる不安はある。だがフリードリヒやライラから聞く話、そして先程会ったウィリアムも人間味に溢れていた。それほど身構えなくても、公爵夫人としてやっていけそうな気がしてきていた。

「気を取り直して観光にしましょう。ライラ姉上に美味しいタルトの店を聞いて来たのです」

「私もその話を聞きました。とても楽しみです」

 フリードリヒが立ち上がって手を差し出すので、ボジェナは笑顔で手を乗せて立ち上がる。すると彼は指を絡めて手を繋ぐ。驚いて彼女が彼を見つめると、彼は微笑を浮かべていた。

「私もケィティは初めてなので楽しみにしてきました。色々と見て回りましょう」

「はい」

 ボジェナは父との関係修復をする気はない。フリードリヒも母との関係を変える気がないのならば、別の場所で暮らす以上無理強いする必要はないだろう。彼女はケィティ観光を楽しもうと、愛情を込めて手を握り返した。

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