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本当に学業を修めに来ただけです  作者: 樫本 紗樹
本編

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31/50

研究棟にて

 ボジェナとフリードリヒは、王都内にあるレヴィ国立病院を訪れていた。国内一のこの病院で働く医者は基本国立大学医学部出身者であり、敷地内にある研究棟で日々色々な研究を進めている。

「今から紹介する教授は少し変わっているのですが、人としては問題ありません」

「変わっている、とはどのような?」

「平民なので振舞いを正しく捉えていませんが、決して相手を不快にさせようとしているわけではありません。大目に見て頂ければと思います」

「私は一学生としてここを訪ねていますから、問題ありません」

 ボジェナは笑顔を浮かべた。教授に畏まられる方が対応し難いと思ったのだ。フリードリヒは上手く伝えられなかったと思ったのだが、そもそも伝える自信がないので諦めて目的の場所へと歩く。

 フリードリヒが研究棟にある一室の前で足を止めたので、ボジェナも立ち止まる。従者が扉を叩き、返事を聞いてから開けた。

「あら、フリッツ殿下いらっしゃいまし」

「相変わらず敬語が謎だな」

 四十代くらいの女性がにこやかにフリードリヒを迎え入れる。ボジェナは愛称に敬称を付けるという呼び方が正しいのか困惑した。しかしフリードリヒは不満そうではないので、とりあえず流す事にした。

「お気に召さないのなら、教授職なんてこっちから願い下げでございますわ」

「わかった。その奇妙な言葉遣いはやめて、王妃殿下の前と同じにしていいから」

 フリードリヒがそう言うと女性は笑顔を浮かべた。そしてボジェナに向き直る。

「はじめまして。ここで教授職を押し付けられた助産師のメイです」

「はじめまして。メイネス王国から留学しているボジェナ・ポトツキです」

 押し付けられたと言われてボジェナはどう反応するべきなのかわからず、頭の中で色々混乱させたまま自己紹介をした。そんなボジェナを気にせず、メイは彼女の手を取った。

「ボジェナさん。是非こちらへ来てくださいね」

「え?」

「私は助産師なんです。色々な女性の意見を集めて研究発表をするなんて性に合わないの。貴女は優秀だと聞いたわ。是非とも私の代わりを!」

 ぐいぐいと迫ってくるメイに、ボジェナは混乱するばかり。ボジェナは将来医者になろうと思って留学をしたのだ。教授になろうなどとは考えた事もない。

「メイ。相手は王女だから距離感は考えて」

「でもナタリー様は全然気にされませんよ」

「王妃殿下をそう呼ぶのは不敬だとわかっているのか」

「むしろ王妃殿下と呼ばないで、と言われたの。だから問題ございませんのですよ」

「だからその言葉遣いはやめてくれ」

 フリードリヒは少し疲れたような表情をしながら、メイの手をボジェナから離させた。

「人を教授にしておいて、研究成果を発表する時は敬語がなってないと指摘される身にもなって下さいよ。貴族様の使う敬語なんか知るか! と思うじゃありませんか、ねぇ?」

 メイに同意を求められて、ボジェナは曖昧に微笑む。ボジェナ自身王族らしい話し方に違和感など持たずに育ち、それをレヴィ語にも当てはめて使っている。敬語に関しては苦労をしていない。

「彼女は王女なので、そのような言葉は慎んでほしい」

「さっきナタリー様の前と同じでいいと言ったじゃないですか」

「王妃殿下はその言葉を受け入れているのか?」

「えぇ。母と娘の感じでいいと言われてます」

 フリードリヒは流石に驚きを隠せず、一瞬眉を動かした。いくら何でも王妃と助産師の関係が母娘と同等扱いとは思っていなかったのだ。

「王妃殿下の母とはまた、随分と素晴らしい待遇だな」

「そりゃ私はナタリー様専属の助産師ですからね。フリッツ殿下も私がいなかったら産まれてなかったかもしれないんですから」

「それは流石に大袈裟だろう。当時は見習いだったと聞いている」

「何だ、聞いてたんですか」

 メイはつまらなさそうな表情をフリードリヒに向ける。そしてすぐにボジェナに向き直った。

「聞いて下さいよ。ナタリー様の専属助産師だからって教授になるなんておかしいと思いませんか? しかも大学を出てない私に他の教授達は冷たくて。好きでやってるわけじゃないのに!」

 一気にメイにまくし立てられて、ボジェナは上手く言葉を返せなかった。その様子を察してフリードリヒが口を挟む。

「陛下に認められているのなら悪くないと思うが」

「いくらお金を貰ったって、使う予定がないんですよ。私は今自由時間が欲しいんです。もう研究発表なんて御免なのよ!」

 メイは言いたい事を言いきると息を吐いて椅子に腰掛けた。そしてはっとした表情を浮かべる。

「ごめんなさい、椅子も勧めないで。空いてる所にどうぞ」

 メイに勧められ、フリードリヒとボジェナは椅子に腰掛ける。ボジェナは改めて室内を見回した。色々な所に書類が山積みにされている。

「教授というのは大変そうね」

「そうなの、大変なんです。でもそれは私が平民だからで、ボジェナさんは王女様だからきっと平気だと思います。だから代わって下さい」

「私は今年入学したばかりだから、すぐに教授にはなれないの。ごめんなさい」

 ボジェナに断られ、メイは訝しげな表情をフリードリヒに向けた。

「フリッツ殿下。私はあと何年我慢すればいいんですか?」

「最低三年半。四年で卒業後、実習の際に助教授にする事は出来る」

「遅い、遅いです」

「しかもまだ彼女はここの教授になるとは言っていない。その場合は死ぬまで拘束されるだろう」

「えぇー。ちょっと、ボジェナさん、じゃないな。ボジェナ殿下。私を見捨てないで下さいませ」

 メイは泣きそうな表情をボジェナに向ける。表情がころころと変わるメイの忙しさに、ボジェナは困惑しかない。そしてずっと引っかかっていた疑問を口にした。

「何故教授職を受けられたのですか?」

「平民が陛下に呼び出されて拒否なんて出来るわけがないじゃない! で、ございます」

「言葉遣いは普通にして欲しいわ。母国語ではないせいか理解し難くて」

 ボジェナはメイの言っている事が上手く理解出来ないのは、彼女の言葉遣いのせいだろうと判断をした。一方メイはフリードリヒに確認するような視線を向ける。

「彼女の希望通りで構わない。ここには私達だけだから、嫌味を言う教授に伝わる事もないだろう」

「わかりました。丁寧語なら話せるんですよ。それ以外がよくわからなくて」

「王妃殿下専属の助産師から教授が上手く結びつかないのだけれど」

「それは私から説明しましょう」

 そう言ってフリードリヒはメイが教授になった経緯を説明した。元々エドワードが願った研究だったが男性教授の誰もが引き受けなかった事、その為にナタリーの専属助産師だったメイが客員教授に指名された事。

 勿論メイに拒否権はあったのだが、エドワードの前で嫌だと言える人間はそうそういない。当然メイも引き受ける以外の選択など考えられなかった。

「陛下の考えは素晴らしいと思うんですよ。女性の為に医療を発達させるのは私も賛成です。ただ、人の研究発表に頭の固い教授達が文句を言うんです。だったらお前が教授代われよ! みたいな」

 メイは大きなため息を吐いた。フリードリヒはメイに視線を向ける。

「その件についてだが、発表をしないように手を回そうと思っている」

「どういう事でしょう?」

「そもそもメイの研究内容を、研究を拒否した教授達が議論するのはおかしい。今までの大学研究とは違う立ち位置に持っていこうと思っている」

「そんな事出来ますか?」

 メイは疑いの眼差しをフリードリヒに向ける。彼はおもむろに頷く。

「陛下は大学の事情に詳しくないから、私から色々と説明をしてみよう」

「それが出来るなら、もっと早く言って欲しかったんですけど」

「私も兄に簡単に物を言える立場ではないので、準備が必要なのだ」

「あぁ、それはそうですね。でも、ボジェナ殿下はお待ちしてますよ。一人じゃ大変なんですよ。ナタリー様の様子も確認しないといけないし。あ、今度の定期検診の時、一緒に行きます?」

 突然湧いた話にボジェナは困惑しかない。検診と言われても何をするのかわからなかった。

「いえ、私は未だ何の知識もないので遠慮しておきます」

「健診より出産の方がいいですか? 出産の立ち合いは、いい経験になると思います。ナタリー様もきっと快く引き受けてくれるはずです」

 メイの言葉にボジェナはどう返答するのがいいのが迷った。確かにいい経験にはなるだろうが、自分がナタリーの出産を見届けるのは違う気がしたのだ。ボジェナの様子を見て再びフリードリヒは口を挟む。

「彼女はまだ基礎を学び始めた所で専攻は決めていない。これから他の研究所も案内する予定だから、それは受け入れられない」

「ここに来ない可能性もあるのに連れてきたんですか?」

「何度も言うが彼女はメイネス王国の王女だ。レヴィ王国に残るとも限らない」

 無表情のフリードリヒにそう言われ、メイは明らかに肩を落とした。そしてボジェナも複雑な気持ちになった。彼女は残りたい気持ちがあるのに、彼は引き留めてくれないのだろうかと。

「貴女も教授を押し付けられたのが嫌なら、彼女に押し付けてはいけない。まずはこの研究の必要性を説き、共感してもらう所から始めるべきだと思う」

「そうですね。私が間違ってました。ごめんなさい、ボジェナ殿下」

「いえ。ただ興味はあるので、どのような研究をされているか教えて貰えると嬉しいわ」

「そうですか。それでは私がどのような研究をしているか、少しお話ししますね」

 メイは笑顔になると、どのような研究をしているのかを語り始めた。そしてそれをボジェナは真剣に聞いていた。その様子をフリードリヒは無表情のままずっと眺めていた。

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