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意図がつかめない

 レヴィ国立大学に入学したからといって、全員が学生寮に入るわけではない。王都に家がある者は通うのが普通だ。そもそも貴族が生活に困らないように色々と配慮されている学生寮なので、学費以上に生活費がかかる。実家が裕福ではない地方出身者は王都で部屋を借りて通う為、この学生寮で暮らす学生は少ない。

「本来なら別の階にするべきなのでしょうが、王族が暮らすとなると最上階しかなかったのです」

 セオドアは学生寮最上階の廊下を歩きながらボジェナに説明をした。

「私はひとつ下でも構いませんけれど」

「流石にそれは出来ません。この学生寮は実家の爵位順で部屋が割り当てられていますから」

「それでは最上階には他に誰がいらっしゃるのでしょうか」

「フリッツと私だけですね。フリッツに配慮されているのですよ、ここは」

 どういう意味だろうとボジェナが聞き返す前にセオドアの足が止まった。彼女も慌てて歩みを止める。

「こちらがボジェナ殿下のお部屋になります。この一角は好きにされて大丈夫ですよ」

「好きに、とは」

「学友と騒いでも問題ありません。私達の部屋は逆側にありますから」

 この学生寮の階段は建物中央にある。そして東側の端にフリードリヒの部屋、西側の端にボジェナの部屋が用意されていた。セオドアの部屋はフリードリヒの隣である。

「この廊下の突き当りにある扉の奥には非常階段があります。男性を連れ込まれる場合は周囲に気を付けて下さいね」

「そのような事は致しません」

 ボジェナは着ているドレスが誤解を招いたのだと察した。しかし彼女は真剣に学びに来たのである。それを否定されるのは嫌だった。

「親元を離れ自由を謳歌出来る絶好の機会です。逃したら後悔しますよ」

 セオドアは笑顔だ。ボジェナは彼の立ち位置がわからない。そもそも王弟に対し、敬語を使わない事が許されるとは思えない。可能性があるのならば幼い頃からの学友だろうと彼女は考える。しかしセオドアという名前の響きがレヴィ語なので他国の王族ではないはずだ。彼女は目の前の男を自分より身分が下で、敬意を払う必要はないと判断をした。

「私は学びたいのです。それこそが私の求める自由です」

「本気ですか?」

「本気です。このドレスは父の趣味で、私の意思ではありません」

 はっきりと言い切ったボジェナにセオドアは笑顔を浮かべた。

「つまり普段はそのような服装をされないのですね」

「当たり前ではないですか。この服装が学生に相応しくない事くらいはわかっています」

「そういう事にしておきましょう。あ、私は貴女を娶る気はありませんので、色仕掛けは無意味ですよ」

「そのような事は致しません」

 ボジェナは悔しかった。彼女は結婚相手を探しに来たのではなく、学業を修めに来たのである。そもそもこの妙な態度の男に嫁ぐなど、願われても嫌だと彼女は思った。

「わかりました。私達は忙しいので、正直貴女に構っている時間が惜しいのです。是非お一人で頑張って下さい。それでは失礼致します」

 セオドアは微笑んで一礼すると来た道を戻っていった。ボジェナは言い返したいのに適切な言葉が思いつかない。小さくなっていく憎たらしい男の背中を暫く睨んだ後、部屋の扉を開ける。室内には王宮に入って以降別行動になっていたバルバラが待機していた。

「おかえりなさいませ。謁見はいかがでしたか?」

 バルバラは声を掛けたと同時に、謁見が上手くいかなかったのだと判断をした。ボジェナの表情が明らかに不機嫌だったのである。その原因がセオドアの言葉によるものだとは、扉の前のやり取りを聞いていないバルバラにわかるはずもない。

「終始穏やかだったわよ」

 ボジェナは不機嫌そうに言い放つと、部屋に視線を移した。学生寮なのだから期待はしていなかったが、彼女が暮らしていた部屋よりも広い。調度品も華美ではないが、高級感がある。勉強する為の机も、客人をもてなす為のソファーやテーブルも揃っていた。

「どうしたの、この部屋」

「王妃殿下からの配慮と、管理人の方より説明を受けました」

 ボジェナはため息を吐くとソファーに腰掛けた。メイネス国王の狙いをレヴィ王妃であるナタリーが察していないはずがない。それにも関わらず厚遇してくれるのは、自信があるからなのか、同情されているのか、彼女は意図をつかみかねた。

「シェッド帝国出身者とは思えない配慮ね」

 ナタリーの母国であるシェッド帝国は以前国土拡張の為に周辺国と揉めていた。メイネス王国も散々苦労してきたのである。しかし数年前に帝国で内乱があり、現在連邦へと移行中である。それを機に国土拡張路線は廃止されたが、ボジェナはシェッドという国にいい印象がない。

 しかし先程直接話したナタリー個人の印象は悪くない。服装も気にかけてくれた。態度は悪かったものの、世話役も用意してくれている。しかも王弟なのだから賓客扱いという事だろう。

「このお部屋には御手洗いも浴室も付いているのですよ。水に困っていないそうです。流石はレヴィ王国ですよね」

「水に困っていない?」

 ボジェナは怪訝そうにバルバラを見つめた。メイネス王国は山に囲まれた国である。決して水不足というわけではないが、安全に使える水は多くない。

「シェッド側は確かに山脈があるけれど、レヴィ王国はほぼ平地でしょう? どこから水が湧いてくるの?」

「私にそのような難しい事を聞かれてもわかりません」

 聞く相手が間違っていたとボジェナはこの質問を切り上げた。彼女の専攻は医学であるが、大学ではそれ以外にも色々と教えて貰えると聞いている。相応しい教授を探して質問してみようと思った。

「とりあえずこのドレスを脱がせて。レヴィ王国では不評だったわ」

「そうでしょうね。ですから申し上げたではありませんか」

「そうね。私が普段着ている服の方が余程ましだわ」

 ボジェナは小さくため息を吐いた。今日着ているドレスは今まで着た中で一番高価なものだ。形が気に入らなくても、素材がいい事はわかる。通学用にと持ち込んだ服は決して王族らしくない。

「ですが、本当にあれで通学なさるおつもりですか?」

「仕方がないでしょう。お金がないのだから」

 メイネス王国は小国故に王家に富が集中し、国王に気に入られなければ恩恵には与れない。国王には四人の夫人がいるが、亡くなれば誰かが嫁ぎ常に四人という状態だ。そして母を亡くしているボジェナの立場は弱く、しかし父に阿る気にはなれず、自立の道を探した。自分に割り当てられた生活費の多くを学習費用に回してしまった為、彼女の衣服は平民と大差がない。

「着ている物で判断をするような人とは付き合わなければいいのよ。私は学びに来たの。社交をしに来たわけではないわ」

 ボジェナは普段着に着替えて再びソファーに腰掛けた。部屋の設えと自分の服装が噛み合っていなくて、思わず自虐的な笑みが零れる。ナタリーはおろか、フリードリヒやセオドアの隣にも並べない。しかし彼女は卑下などするものかと気を引き締めた。今年の入学試験で最高点を取った彼女は、特待生として学費と生活費を免除されている。大学開校以来、最高点を取ったのが他国の者というのも、女性というのも初めてであった。全て自分の努力で手に入れたのだから堂々としていればいいと、彼女は自分に言い聞かせた。

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