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本当に学業を修めに来ただけです  作者: 樫本 紗樹
本編

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22/50

秋の王宮舞踏会

 ボジェナとバルバラを大学の門まで送り、フリードリヒはそのまま王宮へと向かった。陽は傾いているが、舞踏会が始まるのは暗くなってからだ。それでも彼にはその前にやる事がある。

 従者が指示を出し、王宮の使用人がフリードリヒの身なりを整えていく。普段は学生らしくしている彼だが、正装をすれば王族でしかない。両親のいい所を受け継いだ容姿は憧れの存在にもなり得るだろうに、基本無表情なので女性受けはいまいちだ。

 フリードリヒは用意されていた資料に目を通していく。そこには成人を迎え初めて舞踏会に参加する女性の名が記載されている。婚約者がいる者はいいが、独り者の場合踊る相手が必要になる。昔はそれをエドワードが請け負っていたのだが、フリードリヒが成人してからは彼の役目になった。これは王家と貴族が縁を結ぶきっかけとして始まったしきたりだが、エドワードが側室は要らないからと押し付けられたに過ぎない。

 踊る人数を確認してフリードリヒは資料を戻す。正直面倒臭いのだ。気に入った女性がいれば遠慮なく言えとエドワードに言われているが、今までそのような女性などいなかった。このしきたりをなくせばいいとエドワードに進言した結果、希望制になった。自分と踊りたいと望む女性などいないだろうと思いフリードリヒはそれで良しとしたのだが、何故か毎回希望者がいる。

 フリードリヒが早く帰りたいとため息を吐くと、扉を叩く音がした。誰かはわかっているが、従者は一応確認してから扉を開ける。

「フリッツ。少し時間はあるか」

「あるけどアリスの件なら聞かない」

 部屋に入ってきて遠慮なくフリードリヒの向かいのソファーに腰掛けるセオドアに、フリードリヒは冷めた視線を向ける。

「どうして」

「どうしても何も、私は姪と親しくもなければ、陛下とも親しくはない」

「王妃殿下とは親しいだろう?」

「王妃殿下は陛下の決定にしか従わない」

 フリードリヒはふと視界に入った資料をセオドアの前に差し出した。

「今日が初参加の令嬢の資料だ。ここから選んでみるのも悪くないだろう」

「アリス殿下以外の令嬢など興味がない」

 セオドアは資料をフリードリヒにつき返した。フリードリヒは無表情のまま資料を受け取る。最初はサマンサをと望んでいたのに、サマンサが他国に嫁ぐと決まってからアリスに乗り換えた男に、エドワードが許可をするわけがない。また、フリードリヒは直接知らないが、ナタリーやライラの話を聞いた限り賢い王女である事は間違いなく、セオドアを選ぶとは思えなかった。

「私はモリス家がどうなろうと構わないが。陛下夫妻の仲の良さを考えれば、将来公爵家は増えるだろうから」

「少しは協力しようとは思わないのか」

「私は陛下に睨まれるような事はしない」

 フリードリヒはライラに言われた言葉を真摯に受け止めていた。エドワードとはいずれ向き合わなければいけないと思っている。しかしセオドアを絡める気はない。

「そもそも本来ならサマンサ殿下が私の所へ嫁ぐはずだったのだ」

 レヴィ王家は元々男系で女性が少ない。また権力が偏らないようにと公爵家を順番に降嫁させる暗黙の了解がある。その通りならサマンサはセオドアに降嫁するはずだった。年齢も同じなので問題はない。しかし前国王のウィリアムは娘を他国へと嫁がせた。セオドアも大国なら納得出来たのかもしれないが、サマンサが嫁いだのは別大陸にある、国としてはレヴィ王国より小国だ。

「姉上はアスラン王国で幸せに暮らしている。娘の幸せを願った父の判断は間違っていない」

「私だって幸せに出来る。モリス家の財政は素晴らしいのだから」

 フリードリヒは憐みの気持ちを何とか圧し潰した。サマンサは確かに色々と着飾り、美味しい物を追求していたが、それは経済を回す為だと彼は知っている。それにサマンサは愛情不足の彼に愛情を惜しみなく与えてくれた。一人息子故に愛されて当然と思っている節があるセオドアが、サマンサを幸せに出来たとは思えない。

「それなら他の道を探すべきだ。私は絶対に協力しない」

「大学まで付き合ったのに冷たいな」

「付き合って欲しいとは頼んでいない。そろそろ会場に向かう時間だ」

 フリードリヒは立ち上がるとセオドアを急かした。ここは王宮内のフリードリヒの部屋なので、セオドア一人では滞在は出来ない。セオドアは渋々ソファーから立ち上がった。



 秋の王宮舞踏会は厳かに始まった。楽団が演奏をし、それに合わせて人々が踊る。フリードリヒもこの時ばかりは無表情を封印し、ボジェナに向けたのと同じ作った表情で希望者と踊った。

 ひと仕事を終えてフリードリヒは退場しようと出口へ向かう。しかしその途中に待ち構えているかのように、ライラがウルリヒと話をしていた。

「フリッツ」

 気付かなかったふりをしようとしたフリードリヒをライラが呼び止める。彼は仕方なく声がした方に足を向けた。

「こんばんは、ライラ姉上。お久しぶりです、兄上」

「今帰ろうとしたわよね」

 ライラの指摘をフリードリヒは無表情で受け流す。

「連続で踊ると疲れるのですよ。エレノア姉上はいらっしゃらないのですか?」

 エレノアはウルリヒの妻である。クラーク家の長女として生まれ、ウルリヒと結婚し今はベレスフォード家と家名を変えたものの、実際の領主は彼女である事を彼女自身が隠していない。

「エレノアは友人達に会いに行っている。こちらに来るのは年二回だから」

「クラーク領へ赴いてからそれなりに経ちましたから、そろそろ年の半分はこちらで過ごされないのですか?」

 公爵家当主は国の中枢で仕事を担っている事が多いので、基本的には王都の館で暮らしている。しかしウルリヒは国政に関わっていない為、結婚してからずっと領地クラークで暮らしている。それでも貴族は社交も必要なので、春から秋は王都で過ごすのが普通なのだ。

「エレノアがそれはまだ早いというから」

「何でもエレノア姉上のいいなりですか」

「もう、フリッツ」

 ライラは窘めるような視線をフリードリヒに向ける。しかしフリードリヒはそれを平然と受け流す。

「大丈夫だよ、ライラ姉上。フリッツは皆が思っている事を代弁しているだけだとわかってる。だけどエレノアと対等に話すには、まだ僕の学びが足りない。遅いとは思うけど、頑張ればいつか届くと思うから」

 ウルリヒの瞳には決意が滲んでいる。フリードリヒは頼りなかった兄の成長を感じ、複雑な思いがした。ウルリヒを国政から追い出したのはエドワードだが、この成長を待つ為だったのかもしれないと思えたのだ。

「遅くなんてないわ。前に進んでいるもの」

「ライラ姉上はいつも相談に乗ってくれてありがとう」

「いつでも相談に乗るわよ。フリッツもいつでもいいからね」

「いえ、ライラ姉上も忙しいでしょうから」

「国の為に忙しく出来るなんて誇らしい事よ」

 ライラは笑顔だ。レヴィ王国の政治に女性は関わっていない。しかし彼女は嫁ぐまでガレス王国で外務大臣である父の仕事を手伝っていた。現在の立場から国政に関わる事は難しいとわかっているので、いずれ国政に関わるだろう者達の助けになればと行動をしている。公国語の辞書作成にフリードリヒを引っ張り出したのも彼女である。

「僕もそう思えるように頑張る」

「えぇ、応援しているわ」

 フリードリヒは二人のやり取りを聞きながら、そろそろ自分も身の振り方を決めなければいけないと感じていた。大学教授になる夢を諦める気はなかったが、エドワードを納得させるだけの理由を探さなければと思った。

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