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本当に学業を修めに来ただけです  作者: 樫本 紗樹
本編

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豊穣祭

 フリードリヒはボジェナからの手紙にどう答えるべきか悩んでいた。平民と貴族では豊穣祭の楽しみ方が違う。共通なのは劇場での催物鑑賞だが、その入場券の販売は既に終了している。貴族の集う舞踏会ではなく、平民が楽しむ露店を見て回りたいと言われても、彼は参加した事がないので許可していいのかがわからない。

 フリードリヒは参加した事がなくても、ライラは参加しているので大丈夫だろうとは思う。ただ彼女の場合は夫婦で出掛けており、夫であるジョージが剣技に長けた軍人なので安全面に申し分ない。一方、彼は剣を手にした事もなかった。本来なら王族男子の義務である軍隊経験をしていないのだ。彼が成人する前に戦争は終わり、時代にそぐわないだろうと言われ、彼も興味がなかったので軍隊経験をせずに大学へと入学した。

 各地方から人が集まってくる為、王都の賑わいは通常とは違う。人が集まると犯罪も発生しやすい。喧騒の商業地区を他国の王女が歩くのは正直勧めるべきではないだろう。それでもフリードリヒはボジェナの手紙の一文が引っかかっていた。彼はため息を吐くと返事をしたため始めた。



「おはようございます。今日はありがとうございます」

「いえ、私も初めてなので満足に案内出来るかわかりませんが」

 豊穣祭は王都全体で行われる。国王夫妻が参加する劇場での催物の他に、屋外にある舞台でも催物があり、各地から集まる露店は商業地区の広場を埋め尽くす。ボジェナはフリードリヒから許可が出るようにと、手紙にはあえてレヴィ王国で一番賑わうという豊穣祭に参加して、この国をよく理解したいと書いたのだ。それは功を奏し、こうして彼と一緒に回る事になった。彼には従者が付き、彼女にもバルバラが同行するので二人きりではないが、それでも彼女には十分だった。

 人出の多さを配慮して、馬車では会場の手前までしか行けない。そこからは徒歩になるのだが、馬車を降りた瞬間ボジェナはあまりの人の多さに驚いた。

「普段でも多いと思いましたけれど、これほどなのですね」

「地方からも多くの方が参加するそうです」

 四人は目的の舞台へと向かった。こちらでは庶民が踊りを披露する事になっている。舞踏会での踊りとは違うが、音楽に合わせて踊る雰囲気は伝わるだろうとフリードリヒが提案したものだ。ボジェナは彼が予定を立ててくれただけでも嬉しく、そのままの予定を受け入れた。

 こちらの舞台は入場券などなく自由席だ。全体が見渡せた方がいいだろうと、四人は後ろの方の席に腰掛けた。舞台では撥弦楽器の演奏に合わせて男女が楽しそうに踊っている。ボジェナはそれを真剣に見つめた。足の動きさえも思うように動かせないのに、舞台で踊っている人々はいとも簡単に足を運び、時に回転している。講習会の初日に見せて貰った踊りとは違うものの、どちらの難易度が高いのか彼女にはわからない。それに彼女は舞台で演奏されている楽器さえ初めて見るものだった。

「舞踏会でもあの楽器で演奏をするのですか?」

「王宮の舞踏会では楽団が演奏しますから、いくつもの楽器を使います。私は楽器に詳しくありませんので、あの楽器が楽団の中で使用されているかは把握していません」

 ボジェナは聞こえてくる音楽だけでも充分だと思っていた。屋外の舞台にもかかわらず、しっかりと音色が耳に届く。舞踏会は王宮内で催されるのだから、楽団での演奏を想像して彼女は憂鬱になった。

「舞踏会は非常に音が大きいという事でしょうか?」

「それ程でもありません。主役は踊る人達だという事を演奏家達は理解していると思います」

「演奏家の方々は爵位をお持ちなのですか?」

「貴族の次男以下が多いようです。楽器に触れる機会は貴族の方が多いでしょう」

 フリードリヒの説明にボジェナは頷いた。何かを極めるのなら、始めるのは早い方がいい。元々舞踏会を知っている貴族の家に生まれたからこそ、楽器に触れる機会も出てくるのだろう。そうなると舞台で演奏している人の背景も気になってくる。見た感じでは貴族子息には見えない。

「舞台上の方も貴族なのでしょうか」

「見覚えがないので平民ではないでしょうか。酒場では演奏や踊りを披露する場所もあるそうです」

「サカバ、ですか」

 ボジェナは聞き慣れないレヴィ語を思わず聞き返した。フリードリヒは相変わらず無表情である。

「酒も提供する大衆食堂ですね。ただし庶民向けなので絶対に行かないで下さい」

「学生はお酒を飲む事を禁じられているのですか?」

「酔った男性に襲われたいというのでしたら止めませんけれど、王女としては不適切だと思います」

 ボジェナはフリードリヒの言葉が面白くなく、不快をあらわにした。

「襲われたいはずがないではありませんか」

「それなら興味を持たないで下さい。王族と平民とでは常識が違います。簡単に歩み寄れない壁がありますから」

「壁、ですか」

「身分制度はあった方がいいのか、全員平等の方がいいのか。私はこの答えを出せないでいます。ゆっくりとなくす方向を模索して活動をしているのですが」

「公務とはそのような難しい事をされているのですか?」

「詳しくはお答えできかねますが、そのような事です」

 二人のやり取りをバルバラは無表情で見つめていた。折角豊穣祭に遊びに来たというのに、踊りをそっちのけで違う話をしている。それは後日にして豊穣祭を楽しめと言いたいのだが、流石にフリードリヒの前でそれは憚られた。フリードリヒの従者が何か言ってくれればいいが、彼は完全に空気と化していて期待は出来ない。

 バルバラがやきもきしている時に音楽が終わり、拍手が起こった。舞台の上では踊り手と演奏者が一礼をしている。ボジェナもそれに気付いて拍手をする。

「ごめんなさい、折角連れて来て頂いたのに。次は集中して見ますね」

「参考にならないようでしたら露店を見て回りましょうか」

「それでは次の方々を見た後でお願いします」

 ボジェナの言葉にフリードリヒが頷きで応える。彼女は舞台に視線を向けた。先程とは違う音楽が響き踊りも違う。軽妙な足裁きを見てボジェナはとても出来ないと思った。それと同時に、何故庶民でも踊れるものが自分に出来ないのかと落胆しながら踊りを見つめた。

 踊りが終わり拍手をした後で四人は移動をした。ボジェナは歩きながら露店をちらちらと見る。見た事もない料理や可愛い手芸品などがあり、彼女はじっくり見たい気持ちになった。

「あの、もう少しゆっくり見てもいいですか?」

 ボジェナは前を歩くフリードリヒに声を掛けた。彼は足を止めて振り返る。

「何か興味があるものがありましたか?」

「何もかもが興味深いです」

 ボジェナにとって大勢の人が行きかい、色々とやり取りをしている事も新鮮だった。以前服を買いに来た時は、目的だけ済ませたのだ。

「それなら貴女の速度に合わせます」

「ありがとうございます」

 ボジェナは満面の笑みを浮かべて礼を言うと、早速立ち止まった場所にあった露店を覗く。その店は色々な宝飾品を扱っていた。勿論庶民向けなので、本来なら王女が身に着けるものではない。それでも彼女にとってはどれも魅力的に見えた。

「バルバラ、一緒に見ましょう」

「はい、お嬢様」

 バルバラは以前と同じ設定でボジェナをお嬢様と呼び、楽しそうに露店の商品を見た。そのやり取りをフリードリヒは無表情で見つめていた。

「折角だから何か買おうかしら」

「そうですね、ひとつなら大丈夫です」

 庶民向けの露店でも簡単に買えないのは悲しいが、だからこそボジェナは真剣に商品を見つめていた。彼女の格好は平民なので店主も大人しくその選択を待っている。

「この髪飾りはどう?」

 ボジェナはひとつの髪飾りを手にして髪に当ててみた。バルバラは笑顔を浮かべる。

「いいですね。今の装いにも合います」

「それを下さい」

 ボジェナは驚いて背後を振り返る。そこには相変わらずの無表情があった。

「あの」

「贈らせて下さい」

 ボジェナはどう対応していいか迷い、ちらりとバルバラの方を見る。バルバラは贈り物なら頂きましょうと目で訴えた。ボジェナは小さく頷くとフリードリヒに向き直る。

「ありがとうございます。大切に使いますね」

 従者が支払いをし、店主が商品を包んだ袋を差し出した。それをボジェナは嬉しそうに受け取る。

「折角だからつけましょうか」

「そうね、お願い」

 ボジェナは袋をバルバラに渡すと、バルバラは髪飾りを取り出してボジェナの髪につけた。

「似合うかしら」

「えぇ、お似合いですよ」

 ボジェナとバルバラは嬉しそうに微笑んでいる。フリードリヒはそのような安物が似合うと喜んでいいのか不思議に思いながら、それでも嘘はなさそうなのでいいかと見守っていた。

 撥弦楽器……ギターのような楽器

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