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本当に学業を修めに来ただけです  作者: 樫本 紗樹
本編

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18/50

講習会二日目

「フリッツ、近々王宮へ行く用事はないのか」

「次は豊穣祭の夜会だ」

 フリードリヒは手元の資料から視線を外さずにセオドアに答える。

「今纏めている仕事の報告に行くだろう?」

「これは夜会の日に提出する」

 レヴィ王宮はフリードリヒが生まれ育った場所ではあるが、現在両親は暮らしていない。元々居心地のいい場所ではなく、異母兄が国王となった今では近寄りがたい場所である。彼の部屋は残っているものの、大学に入学してからは寝泊まりさえしていない。

「アリス殿下は流石に夜会には出席されないよな」

「未成年は出席出来ない決まりだ」

 アリスとはエドワードとナタリーの娘である。第一王女として健やかに成長しているが、公の場に出るのは成人してからなのであと六年かかる。

「元気にしていらっしゃるかな」

「多分エドガーと仲良くしているだろう」

 エドガーはリアンの長男である。年齢も近く、スミス家に降嫁するのではないかと噂になっている。あくまでも噂であり、婚約はしていない。

「これ以上スミス家の権力が増すのを陛下は許されるのだろうか」

「陛下は娘に甘い。嫌いな男の元へ嫁がせたりしない」

「アリス殿下に私は嫌われるような事をしていない」

 フリードリヒは書類から視線を上げると、セオドアを一瞬見つめてから視線を逸らして息を吐く。フリードリヒはアリスと交流をしていないので気持ちは知らない。ただ、エドワードがセオドアをよく思っていないと感じているので口にしただけだ。

「いつまでも降嫁に拘っていると結婚し損ねるのではないか」

「モリス家を見下すな。嫁ぎたいと思っている貴族女性は大勢いる」

 果たしているだろうかとフリードリヒは思ったが、口にはしなかった。爵位の継承権が男性にしかないレヴィ王国では嫡男の結婚は早い。それは爵位が上になるほど顕著である。公爵家の嫡男として生まれ、しかも弟がいないセオドアが二十四歳で独身となると、本人に何か問題があると思われてもおかしくはない。実際十五歳も年下のアリスと結婚しようとしているのだから、問題ないとは言い切れないのだが。

「用件はそれだけなら戻って欲しい。用があってこれから出かける」

「王宮に行かないのだろう?」

「ライラ姉上との約束だ」

 ライラの名前を聞いてセオドアはつまらなそうな表情をした。ライラにとってアリスは姪にあたるが、実の娘のように可愛がっている。その為、結婚を望んでいる自分の事を警戒しているとセオドアは感じていた。

「あの人は王族でもないのに偉そうなのが気に入らない」

「ライラ姉上の偉そうな態度を私は一度も見た記憶がないが」

「春の式典で私を軽く扱った」

 レヴィ王家には独自の風習がある。王家に生まれた男子は国王になる者と、それを支える国軍の総司令官になる者がいる。総司令官は王族のままだが、家族は王族にはならない。故にレヴィ国軍総司令官ジョージを夫に持つライラは王族ではない。それでもレヴィ王宮の一角で家族と暮らしており、ナタリーとも親しい為に王族のように振舞っているように見える。

 フリードリヒからしてみれば自由人としか言いようがないのだが、ライラもまた外向きの仮面を被るのが上手いので、近しい者以外が彼女の素を知る事はない。

「ライラ姉上は久しぶりに会った兄上に構っていただけだと思うが」

 領地で実務を勉強中であるウルリヒが王都へ来るのは年二回の夜会のみ。ライラはウルリヒの事も弟として扱っており色々と心配している。

「ウルリヒなんか目をかける程の価値もない」

「私の兄をそこまで堂々と非難するセオドアが信じられない」

 フリードリヒと同母兄であるウルリヒは仲が良くも悪くもない。それでも目の前で馬鹿にされるのは面白くなかった。

「実質クラークの娘が領主なのだろう? 妻に逆らえない夫に何の価値がある」

「あの政略結婚は父ではなく陛下が提案したのだと聞いた」

「それは初耳だ。あの結婚はウィリアム前陛下時代の話だったはずだが」

「詳細は私も知らない。とにかく約束があるから帰ってくれないか」

 フリードリヒは不機嫌そうにセオドアに告げる。セオドアも不機嫌そうな表情を浮かべると大人しく部屋を出ていった。



「あら、どうしたの。疲れた顔をして」

「遅くなり申し訳ありません」

 フリードリヒが応接間に入った時、既にライラとボジェナは足の動きを練習していた。彼は壁際に立ち練習の続きを促す。ライラは首を傾げたものの、練習を再開した。

 フリードリヒは手拍子を聞きながら、セオドアの態度を思い出していた。セオドアもまた、公爵家嫡男らしく人前では相応に振舞う。フリードリヒの前では元々取り繕ったりしていなかったが、サマンサが他国へ嫁ぐと決まってから態度が変化した。

 レヴィ王家は男系で王女が生まれ難く、フリードリヒの父も二人兄弟だ。しかし妻が元王女だからといって、公爵家の序列は変わらないとフリードリヒは思っている。二代前の宰相を務めたハリスン公爵家当主の妻は確かに元王女であり、現在の宰相はその孫だが独身だ。ウォーレンは祖母が元王女だからではなく、エドワードが資質を見込んで宰相に任命している。そもそもエドワードに忌憚なく意見を言える人間は少ない。エドワードはそれをわかっていて、国の為になる意見を言える者を重用しているとフリードリヒには感じられた。実際、国の為にならないような発言をする者は政治から遠ざけられている。そしてセオドアは国の為になるような意見を持っている様子がない。

 ボジェナの息が上がってきたので、一旦休憩となった。元々用意されていた果実水をライラの侍女がボジェナに差し出す。ライラは笑顔でフリードリヒの横に立った。

「いつになく難しい顔をしているわね」

「側近の教育は私の仕事でしょうか」

「少なくともウルリヒはダニエルを教育していたとは思えないわ」

「兄は参考になりません。閣下はどうですか」

「カイルはジョージを敬っているわ」

 カイルはジョージの側近である。側近とは幼い頃より一緒に学んだ学友だ。カイルは早々にジョージには敵わないと判断して身の振り方を決めている。フリードリヒは最初の態度から間違えていたのだろうと思ったが、後悔しても遅い。

「まだアリスを諦めていないの? いい加減現実を見るように言ったら?」

「言っても伝わらないのですよ。セオドアは中途半端ですから」

「あら、まるで自分は違うみたいな言い方」

 ライラはからかうような声色だ。フリードリヒは無表情で彼女に視線を向ける。

「私から見たらフリッツも中途半端よ。お義兄様と本気で向き合わなければ、一人前にはなれないわ」

「避けて通れない道なのはわかっています」

 エドワードはジョージを重用しているが、ウルリヒは王都から追い出した。フリードリヒは最初、自分も見極められるのだろうと思っていた。しかし六年経った今も、問題なく学費をはじめとした生活費は支払われている。公務に関しても継続中だ。どこで判断をするつもりなのか彼には見当がつかない。

「暗い顔は良くないわ。気分転換をしましょう。ボジェナ、落ち着いた?」

 ライラは明るい声でボジェナに声を掛けた。ボジェナもライラに笑顔を向ける。

「はい。大丈夫です」

「それならフリッツと組んでみましょう」

「ですが、まだ足の動きは覚えきれていません」

「雰囲気だけでいいのよ。見るのと感じるのは別物だから」

 ライラはフリードリヒに視線で合図を送る。二人はそのままボジェナの近くへと歩いていく。フリードリヒは仕方なくボジェナに手を差し出した。

「フリッツ、こういう時は顔を作りなさい」

「表情の作り方を存じ上げません」

「嘘はいけないわ。レヴィ王家の血が流れているなら出来るでしょう?」

 フリードリヒは諦めたように小さくため息を吐く。そして一旦手を下げると、優しい表情を作って再びボジェナに手を差し出した。

「一曲私と踊って頂けませんか?」

 ボジェナはフリードリヒの表情を見て固まってしまった。作った表情だというのはわかっているのに、初めて向けられる優しい表情に戸惑ってしまったのだ。

「ボジェナ、ここは喜んでと言って手を乗せるのよ」

 ライラの言葉にはっとしたボジェナは、言われたまま行動をした。ボジェナの手を握ったフリードリヒはそのまま踊る体勢に入る。あまりの密着にボジェナは恥ずかしくなって俯いた。

「足元が気になるかもしれないけれど、顔は上げて」

 ライラの見当違いの指摘にボジェナは混乱しながらも顔を上げる。そこには無表情に戻ったフリードリヒがいた。

「ゆっくり動きましょうか?」

「あ、はい。お願いします」

 ライラの侍女が普段よりゆっくりと手拍子を始める。それに合わせてフリードリヒは合図を出すと、ゆっくりと一歩を踏み出した。ボジェナも必死にそれに合わせようとしたが、三歩目で思い切りフリードリヒの足を踏んでしまった。

「申し訳ありません」

「いえ、大丈夫です。ライラ姉上、雰囲気だけならもう宜しいでしょうか」

「そうね。もう少し練習が必要みたいだわ」

 ライラの言葉を聞いてフリードリヒはボジェナから離れた。ボジェナもフリードリヒから距離を置いてライラの側へと向かう。

「足を踏むのは初心者なら誰でもする失敗よ。気にしなくていいわ」

 ライラはボジェナを安心させるように微笑んでいる。ボジェナは頷きながらフリードリヒの方を見た。

「本当に申し訳ありません」

「いえ、踊れるようになるまで付き合いますから気にしなくて結構です」

 フリードリヒは相変わらずの無表情だ。ボジェナには怒っているのかわからない。仕方なくボジェナは次は踏まないようにしようと、必死に足の動きを覚え始めた。

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