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本当に学業を修めに来ただけです  作者: 樫本 紗樹
本編

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16/50

講習会初日

 ボジェナはライラと約束した通りに部屋を押さえた。用件をスーザンに伝えると、当日は家具を部屋の端に寄せておきましょうと快く引き受けてくれた。ボジェナは講義の日は勉強に集中して、約束の日を迎えた。

 ボジェナがバルバラを連れて部屋に入ると、フリードリヒとライラが談笑をしていた。

「おはようございます」

「おはようございます」

 ライラがレヴィ語だったのでボジェナもレヴィ語で返す。

「メイネス語を勉強したいのですけれど、今日は説明の都合上レヴィ語にします」

「わかりました」

 メイネス王国にない踊りを教わる上に、きっと日常会話に必要のない言葉が多く出てくるのだろう。ボジェナにとっても知らないレヴィ語が出てくる可能性はあるが、質問をすればライラなら教えてくれるだろうと思って受け入れた。

「音楽があるといいのですけれど、流石に楽団は用意出来ないので手拍子でごめんなさい。今から私とフリードリヒ殿下で踊ってみるので見ていて下さいね」

「ライラ姉上からそう呼ばれると妙な感じなのですが」

「私は時と場合で言葉を選ぶのですよ。まずは踊りましょう」

 控えていたライラの侍女が手拍子を始める。ライラに引っ張られたフリードリヒは無表情のまま、踊りの構えをした。ライラが合図を出すと二人は優雅に踊り始める。ボジェナとバルバラは二人の踊りに見入った。

 ライラとフリードリヒは三種類踊って見せた。しかし初めて見たボジェナに、何がどう違うのかはわからない。手拍子が違ったので音楽が違うのだろうが、手拍子から音楽を想像するなどボジェナには出来なかった。とにかくわかったのは、見様見真似ですぐには踊れそうにない事と、男性と密着する踊りだという事だ。

「レヴィ王国の方は異性とこれ程密着して踊られるのですか」

「離れると上手く踊れません。それでは早速踊ってみましょう」

 ライラは微笑みかけてくるが、ボジェナはそもそも基礎がないので足運びがどうなっていたのかなど、見ただけでは全くわからない。

「ライラ姉上、一度見ただけで踊るのは難しくないでしょうか」

「習うより慣れた方が早いと思います。頭で考えながら踊ると拍子が合わなくなってしまいますから」

「わかりました。宜しくお願いします」

 ボジェナはライラに頭を下げた。教えて欲しいとお願いしたのは自分である。出来るかどうかはやった後の判断でも遅くはないだろうと思ったのだ。

 ライラは丁寧にボジェナに指導をしていった。まずは足の動かし方。何種類もあるものを三拍ずつボジェナの横で動きながら教えてくれた。わからないレヴィ語はメイネス語を交えてくれた。しかしボジェナは足の運び方が全く理解出来ない。

「少し休憩しましょうか」

 体力の少ないボジェナの息が上がってきたのを見て、ライラが休憩を提案してくれた。ボジェナはそれに甘えようと頷く。手拍子をしていたライラの侍女は部屋の外に出ていった。

「私達は幼い頃から学んでいましたけれど、大人になってから覚えるのは難しいのですね」

「ライラ姉上、私は戻っても宜しいでしょうか」

「いいわけがないでしょう。男性役をして貰うのですから」

「とても踊れる状態には見えませんけれど」

「足が動かなくとも立つ姿勢は覚えられます」

 ライラとフリードリヒのやり取りをボジェナは呼吸を整えながら聞いていた。ボジェナの横で手本を見せていたライラは汗ひとつかいていない。踊る以前にまず体力が不足している事をボジェナは痛感していた。

「スミス卿の夜会は踊らないようにして差し上げて。来春の式典には間に合わせますから」

「私は夜会には出席しませんが」

「あら、陛下から招待状を渡されたと聞きましたよ」

 ライラの言葉にフリードリヒは不満そうな表情をした。

「言葉遣いが気持ち悪いので普段通りにして貰えませんか? ライラ姉上から陛下と聞くと寒気がするのですが」

「どうしてよ」

「ライラ姉上が陛下を敬っていない事は皆知っています」

「それをボジェナ殿下の前で言わないで」

 ライラの言葉遣いが乱れ始めたと思ったら、フリードリヒの言葉に驚いてボジェナはライラを見つめた。ライラは気まずそうな表情を浮かべている。

「違います。国王としては敬っています。一人の男性としては敬っていないというだけで」

「その意見はどうなのですか」

「フリッツが妙な事を言うからでしょう。そもそも私はジョージ以外の男性なんて興味ないのよ」

「それも皆知っています。それでも陛下は閣下の兄上なのですからもう少し隠された方が」

「隠そうとしているのを暴いているのは誰よ」

 ライラの恨みがましい言葉が発せられた時、扉を叩く音がして侍女が戻ってきた。彼女はカートを押して部屋に入り、角によけられていたテーブルの上に紅茶の準備を始める。ライラはボジェナに顔を向けた。

「ボジェナ殿下、誤解しないで下さいね。私と陛下は義理の兄妹として普通の関係です」

「ライラ様、一度剥がれた仮面は着け直しても手遅れです」

 準備をしながら侍女は冷静な声をライラにかける。ライラは侍女にもの言いたげな視線を向けた後、柔らかい笑みをボジェナに向けた。

「ごめんなさい。普段は上手く立ち回れるのだけれど、フリッツが側にいると気が緩んでしまうの」

「気が緩むとはどういう事ですか」

「フリッツが悪いのよ。手のかかる弟の前で姉になってしまうのは仕方がないわ」

「私はライラ姉上の手を煩わせた記憶がありません」

 目の前で始まった義理姉弟喧嘩をボジェナは無言で見つめていた。フリードリヒの雰囲気がセオドアやナタリーと接していた時とは違うのはわかる。相変わらず笑顔はないが、ライラには心を許しているようにボジェナには感じられた。

「御二人ともボジェナ殿下を忘れて仲良くするのはその辺りにして下さい。紅茶が冷めてしまいます」

 侍女は冷静に二人の口喧嘩を止めると、ボジェナにソファーへ移動するように促した。よけられているとはいえ、ソファーとテーブルは腰掛けられるように置かれていたのだ。

 ボジェナは謁見の日以来の紅茶と茶菓子に困惑した。あの時食べたクッキーは美味しかったが、紅茶は微妙な味だった記憶しかない。寮では基本的に水しか飲んでいなかった。

「メイネス王国には紅茶を飲む習慣がないと聞きましたので、ボジェナ殿下には別の物をご用意させて頂きました」

 侍女はそう言うとボジェナの前にティーカップを置いた。その間にライラとフリードリヒはボジェナの向かいに腰掛ける。

「林檎風味の紅茶です。もしお口に合わなければ果実水もご用意しています」

「ありがとう」

 ボジェナは喉が渇いていたのもあって紅茶を口に運んだ。王宮で飲んだ時は緊張もあったが、今口にした紅茶の方が自分の好みに合っていた。

『美味しい』

 思わずメイネス語が出てしまい、ボジェナは慌てて侍女にレヴィ語で美味しいと伝えた。侍女は一礼をして受け止める。

「ボジェナ殿下。まだ早いかと思うのですが、彼のせいで素が出てしまいましたので普段通りに話しかけても宜しいでしょうか」

「勿論、大丈夫です」

 ライラは黙っていると近付き難い美人であるが、優しい笑顔でメイネス語を流暢に話すからか親近感があったので、ボジェナはかしこまられる必要性を感じていなかった。

 ボジェナの言葉にライラは嬉しそうに微笑んだ。その笑顔を見て、今まで自然だと思っていた笑顔が作り笑顔だったとボジェナは気付いた。これでより親しくなれたのだと思うと、ボジェナも自然と笑みが浮かぶ。

「よかった。学業に専念したいのに夜会や式典を強制されて辛いでしょう? 本当に嫌なら不参加の方向も考えていいのよ」

「そのような事をしても宜しいのでしょうか?」

「私は夜会が苦手だから最低限しか出席しないわ。ボジェナも自由にしていいの」

「ライラ様」

 侍女は咎めるような声を出した。ライラは小さくため息を吐く。

「殿下なんて敬称は堅苦しいから嫌いなのよ。呼ばれ慣れている愛称があったら教えて。それにするわ」

「愛称は特にないのでボジェナで大丈夫です」

「嫌な事は最初に嫌と言われないと修正がききませんよ」

「いえ、ライラ様と親しくなりたいので問題ありません」

 ボジェナの言葉に勝ち誇った顔をするライラ。侍女は諦めて口を噤む。

「私は色々と気遣って頂けて本当に嬉しいです。勉学以外に時間を割くのに抵抗があったのですが、ライラ様と過ごすのは楽しいので前向きに捉えられそうです」

「踊りなんて医者には不要よ。だから本当に辛くなったら遠慮なく言ってね」

「はい、ありがとうございます」

 本当に不参加と言っていいとはボジェナも思っていない。そもそもドレスは既に手配済みだ。それでも嫌ならやめていいと言って貰えて彼女の心は軽くなっていた。

 こうして踊りの講習会初日は穏やかに時間が過ぎていった。

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