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本当に学業を修めに来ただけです  作者: 樫本 紗樹
本編

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14/50

世話役としては頼りになる

 フリードリヒが置いていった従者はボジェナ達の行動を特に監視せず、少し離れて歩いていた。ただバルバラが持っていた荷物を持ち、ボジェナが買った荷物を持ち、帰りの馬車まで案内して、荷物も寮まで運んでくれただけだった。

「しかし困りましたね」

 バルバラは今日購入したドレスを箱から出してハンガーにかける。既製品なので不安ではあったが、ボジェナに合うドレスを無事購入出来た。しかし来春用のドレスについては、フリードリヒが指摘したようにその格好では難しいだろうと言われたのだ。

「店員が教えてくれた服装を先に用意するのは出来たら避けたいわ」

 こういう格好ならと店員は丁寧に教えてくれたので、二人は勧められた衣料品店に向かってみた。店に入った瞬間から店員の態度は微妙で、それでも相場だけは調べなければとバルバラが確認をすれば、今日買ったドレスと大差のない価格を言われ、二人は何も買わずに店を後にするしかなかったのだ。

 ボジェナは式典用のドレスを準備する為に、高級なワンピースを買うのがどうにも納得いかない。今日買ったドレスを着て店に向かう手もあるのだろうが、街中でドレスを着て歩いている人などいなかった。馬車を借りて店に行ったものの結局断られたらと思うと、彼女は気が進まない。

「どうして平民と貴族の服がこれほどまでに違うの」

 ボジェナが今着ている服は平民向けのものだ。形にはあまり拘っておらず布地の柄で個性を出している。一方、貴族向けのものはレースをふんだんに使っていたり、意匠を凝らしていたりと、一見して高そうだとわかる。凝っている分、既製品でも値段が張るのだ。

「そのドレスで式典に行くのは、非常識になってしまうのかしら」

 ボジェナからしてみればハンガーにかかっているドレスで十分な気がする。

「兼用出来るのなら、大使はドレス一着分しかお金を用意しなかったでしょう」

 それもそうかとボジェナはため息を吐いた。舞踏会を知らない彼女には何が違うのかさえわからない。誰かに意見を求めたい所だが、生憎大学の同級生は男性しかいない。ナタリーに手紙を書いたら教えてくれるだろうが、それも気が進まなかった。

「フリードリヒ殿下かセオドア様に相談されては如何でしょうか」

「バルバラはあの馬車でのやり取りを聞いていて、フリードリヒ殿下に相談をしろと言うの?」

「それはボジェナ殿下を心配されての言葉だと思います。カーディガンを用意して下さった方ですから、頼めば聞いてくれるのではないでしょうか」

 ボジェナは少し悩んだものの、ソファーから立ち上がって机に向かう。そして便箋に用件を書くと封筒にしまった。

「バルバラ、前触れを持って行って頂戴。本人が戻ってなかったら従者に渡して」

「かしこまりました。早速行ってきます」

 バルバラは封筒を受け取ると部屋を出ていった。ボジェナはそのまま勉強を始めるべく、辞書と教本を開く。色々と余計な事が増えてしまったものの、ボジェナは時間を無駄にするまいと時間があれば極力勉強をしていた。

 ボジェナが勉強に没頭して暫くしてからバルバラは部屋に戻ってきた。

「フリードリヒ殿下はお戻りでなかったので従者の方に渡してまいりました。本日のお戻りが夜になるので、明日以降対応しますとの事です」

「夜?」

 バルバラの報告を聞いてボジェナは首を傾げる。フリードリヒの格好は普段と特に変わりなかった。遅れると困る用事だったのだろうが、出かけたのは昼前だ。納得いっていなさそうな主に、バルバラは言葉を続ける。

「はい。公務の為に王宮へ向かわれたとの事でした」

「公務? 学生なのに公務を担っているの?」

 ボジェナは想定外の話に驚き、思わず声を張り上げてしまった。彼女は国で公務に携わった事などない。そもそも王女に出来る公務がないのだ。王子達は何かしていたかもしれないが、国王の補佐をしているとは聞いた事もない。

「そのようです。講義のない日は基本的に公務にあたられているそうです」

 バルバラの言葉にボジェナは顔を顰めた。それでは自由な時間などないに等しいと思ったのだ。

「前触れを撤回しようかしら。それ程忙しいとは思っていなかったわ」

「いえ、フリードリヒ殿下は在籍六年目なので学業はそれ程忙しくないそうです」

「戻って来るのが遅いと思っていたら、話し込んでいたの?」

「大使の資料以外の事も色々と知っておいた方がいいかと思いましたので」

 バルバラは笑顔だ。確かにコンラトから受け取った資料は肩書や年齢しか書かれていなかった。フリードリヒにしても大学に在籍して六年目という事さえボジェナは知らなかった。

「四年制なのに、六年目とはどういう事かしら」

「流石にそこまでは聞きませんでした。今から聞いてきますか?」

「いいわよ。王族なのだから特例があるのでしょう。勉強するからもう黙っていて頂戴」

 そう言ってボジェナは視線を机上の教本に戻す。バルバラは黙って一礼をすると部屋の端に控えた。



 翌日の朝、フリードリヒの返事を従者が持って来た。夕食前に話を聞くとの事だったので、ボジェナはバルバラを連れてフリードリヒの部屋を訪れていた。

「セオドア様はいらっしゃらないのですか?」

「セオドアがいない方が話しやすいのです。必要なら呼びますけれど」

「いえ、問題ありません」

 従者に案内されボジェナはフリードリヒの向かいに腰掛けた。テーブルには封筒が置いてある。

「こちらは何でしょうか」

「昨日、義姉に貰った仕立屋の紹介状です。それさえあれば今の格好でも式典用のドレスを仕立てられるはずです」

 ボジェナは目を丸くしてフリードリヒを見つめた。前触れには仕立屋の事は書いていない。ただ相談したい事があるから時間を割いて貰えないかとお伺いを立てただけだ。しかも昨日教えて貰ったのならば、ボジェナの前触れを見る前に対応してくれていたという事だ。

「ケィティ出身者が経営する仕立屋です。老舗の仕立屋はなかなか新規顧客を受け入れませんから」

「貿易都市ケィティですね」

 ケィティはレヴィ王国の南に位置している。元々は共和国だったが、今はレヴィ王国の自治区となっている。ボジェナはケィティの存在を知っていた。何故なら彼女にレヴィ語を教えてくれたのがケィティ人なのである。

「はい。メイネス王国にも商人が出入りしていますし、問題なく受け入れてくれるでしょう」

 フリードリヒの説明にボジェナは頷く。ケィティ人は色々な国で商売をしている。ボジェナにレヴィ語を教えてくれた商人は、メイネス王国でしか育たない薬草中心に商売をしていたのだ。彼等は外見など気にせず接してくれると知っているので、心から安堵をした。

「ありがとうございます。無事に仕立てられそうで安心致しました」

「踊りの方はどうされるのでしょうか」

「何もわからない状況ですから、一度どのようなものなのか見てから考えます」

「昨日確認した所、陛下はメイネス王国に舞踏会がない事を御承知でしたから、無理に踊りを覚える必要はないと思います」

 フリードリヒの言葉にボジェナは疑問を覚えた。舞踏会がない事を知っていて招待状を送ってきた理由がわからなかったのだ。

「何故陛下は私に招待状を下さったのか、殿下はご存じでしょうか」

「妙齢の女性なら憧れるだろうと仰せでした」

 ボジェナは舞踏会がどういうものなのか知らないので憧れようがない。だが、レヴィ王国に生まれた女性なら、舞踏会に憧れるものなのだろう。しかし大国の国王が親切心だけで招待状を送ってくるとは彼女には思えなかった。

「踊れなくとも楽しめるものなのでしょうか」

「私は部屋で勉強している方がいいですね。それでも普段交流のない方と会話をするのが苦痛でないのでしたら、楽しめるのではないでしょうか」

「踊らずに話しているだけでも問題ないのですね」

「踊らない方を見かけた事がないのでわかりかねます」

 相変わらず無表情のフリードリヒに、ボジェナも無表情になる。自分の為に色々と聞いて来てくれたのかと思ったのだが、思い違いのようだと感じたのだ。

「来春の式典では私の馬車で、貴女を連れて行く事になりました。式典中も私の側にいて頂ければ対応致します」

 フリードリヒの言葉にボジェナははっとした。ドレスが作れない事で頭がいっぱいで馬車などすっかり忘れていたのだ。

「ありがとうございます。御言葉に甘えさせて頂きます」

「私も世話役を引き受けた以上、出来る範囲で対応致しますので気になる事があればいつでもどうぞ」

「お気遣いありがとうございます。今日の所は失礼致しますけれども、また何かありましたら相談させて頂きます」

 感謝を笑顔で伝えたボジェナをフリードリヒは無表情で受け止める。この人は笑えるのだろうかと疑問に思いながら、彼女は封筒を持ってバルバラと共に部屋を辞した。

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