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本当に学業を修めに来ただけです  作者: 樫本 紗樹
本編

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12/50

辻馬車で十分なのに

 講義が休みの日。ボジェナとバルバラは辻馬車で商業地区へ向かうべく、部屋を出て廊下を歩いていた。すると階段の所でフリードリヒと会った。彼とは学年が違うので同じ講義を受ける事もなく、辞書を貸して貰った日以来である。ボジェナは黙って階段を下りるのは良くないだろうと彼に一礼をした。

「殿下、おはようございます」

「おはようございます。侍女と一緒なのは珍しいですね」

 ボジェナは構内を基本的に一人で歩く。フリードリヒが入学してから大学の警備は厳重になった為、女性が一人で歩いていても問題はない。ただ大学に女学生が少ない為、ボジェナが何者なのかは皆が知る所である。それでも誰も気に留めないのは、レヴィ国民がメイネス王国に詳しくないからだ。

「構外へは一人で出歩きません」

 ボジェナは地図が読めないので、見知らぬ土地を一人で歩く事は無理だとわかっていた。今日もコンラトに貰った地図と延べ棒はバルバラの手元にある。

「王都観光でもされるのでしょうか」

「そのようなものです。辻馬車の時間がありますので失礼しますね」

「辻馬車? ここへ来た時の馬車はどうされたのですか」

「それは国に戻りました。学生に馬車は必要ないと思われたのでしょう」

 生活費は手に入れたが馬車の手配はされていない。コンラトもそこまでは気が回らなかったのだろう。しかしボジェナは気にしていなかった。そもそも構内の移動は徒歩で問題なく、ドレスの件さえ解決したら構外に出る必要もないと思っている。

「流石に王女ともあろう方が辻馬車はいかがなものでしょう。私もこれから出かけますから送ります」

「お気持ちだけで結構です」

「遠慮しなくても大丈夫ですよ。辻馬車で移動させたなど、王妃殿下の耳に入って責められるのは私ですから」

 フリードリヒの言葉が上手く理解出来ず、ボジェナは首を傾げた。辻馬車の乗り心地は悪くなかった。構内から商業地区への定期便で、学生と図書館利用者しか使用しない。彼女には問題がどこにも思い当たらなかった。しかし以前フリードリヒに渡されたカーディガンについての経緯と礼を述べた手紙を書いた所、丁寧な返事を貰っている。そこにも必要な物は遠慮をせずに何でも言って欲しいと書かれてあった。

「王妃殿下は何故これほど私に良くして下さるのでしょうか」

「立ち話を続けるよりは馬車で話しましょう」

 そう言うとフリードリヒは階段を下りる。確かに王族同士が廊下で立ち話をするのはおかしい。結局断る事が出来ず、ボジェナとバルバラはフリードリヒと同じ馬車に乗り込む事になった。

「王妃殿下は母が嫌がる公務を一手に引き受けてしまう程には良い人です」

「嫌がるとはどういう事でしょうか」

「母はローレンツ公国出身ですから敬虔なルジョン教徒です。無宗教であるレヴィ王国の祭事は受け入れられないと欠席していました。それを同じルジョン教徒の王妃殿下は、王太子妃時代から受け入れていました」

 シェッド帝国もローレンツ公国もルジョン教を国教としている。宗教の解釈の違いにより帝国から独立したのがローレンツ公国だ。皇帝の血を色濃く継いでいるのはナタリーだが、ナタリーの方が柔軟に対応していた。

「王妃になられてからはまるで無宗教者のように振舞われています」

「殿下の母君はそれで宜しかったのですか?」

「父が許していたのですから良かったのでしょう。あの人は今もルジョン教徒ですよ」

「エドワード陛下が許さなかったという事でしょうか?」

「さぁ。それは私の興味外なので存じ上げません」

 フリードリヒは本当に興味がなさそうだ。両親の話をしている時でさえ声色は冷淡だった。ボジェナがどう会話を繋げようかと迷っていると、彼が先に口を開く。

「見た目が整いましたが、王妃殿下に依頼をされたのですか?」

「まさか。国から援助を受けただけです」

「それにしては王女らしくないですね。商家の娘くらいには見えるようになりましたが」

「レヴィ王国の基準がわからず申し訳ありません」

 実際、ボジェナはレヴィ王国の王族貴族がどのような格好で過ごしているのかを知らない。大学にいる女性達の身分さえわからない。彼女の価値観としては、買ったばかりの服なのだから上々の格好である。

「つまりその格好がメイネス王国の標準でしょうか」

「メイネス王国の標準は初日に私が来ていたドレスです」

 あれ程良い素材のドレスを着ているわけではないが、国王ベネディクト好みのドレスを着ている女性が多いのは嘘ではない。ボジェナは好きではなかったのと、金銭的な問題で地味なものを着ていただけだ。

「私はただの大学生ですからこれで十分です」

「来春の式典のドレスはどうされるのですか」

「どうしてそれを」

 ボジェナの質問を気にせず、フリードリヒは言葉を続ける。

「あぁ、今日は仕立屋に行かれるのですね。しかしその格好で店に入れますか」

「仕立屋に行くのに必要な格好があるのですか?」

 ボジェナは不安そうな表情をフリードリヒに向けた。まさか仕立屋に行くのにドレスが必要なのだろうかと思ったのだ。

「生憎私は仕立屋を訪ねた事がないのでわかりませんが、その格好では侮られると思いますよ」

『バルバラ、踊り以外にも問題が出てきたわよ』

『今日のお店で詳しく話を聞いてから考えましょう』

 ボジェナはバルバラにメイネス語で話しかけ、バルバラもそれに答えた。レヴィ語を使わなかったのは内容を隠す為であったのだが、フリードリヒはそれを平然と聞いて口を開く。

『まさか踊れないのですか?』

 フリードリヒからメイネス語で語りかけられ、ボジェナは驚きの表情を浮かべた。

「何故、メイネス語を?」

「ご存じだったと思いましたが」

 確かにボジェナはナタリーに聞いていた。だが少しと聞いていたのだ。こそこそと小声で話した言葉を的確に捉えるのは、それなりに慣れが必要である。日常会話に困らない程度は理解しているという事だろう。

「少しと聞いておりました」

「以前お話ししたように公国語に近いので、ある程度は理解しています。それよりも踊れないのですか?」

「メイネスにはブトウカイがないのです」

 ボジェナは舞踏会の発音をまだ習得出来ていなかった。普段流暢にレヴィ語を話す彼女のその違和感で、フリードリヒも納得する。

「つまり音楽も踊りも一切わからないのですね。そのような方に招待状を送るとは陛下にも困ったものです」

「いえ、メイネス王国の王女として招待状を頂きました。レヴィ王国に合わせるのはこちらの方です」

「それで、例のドレスでは踊れないからレヴィ式のドレスを探しに来たのですか。陛下の側室はそれほど魅力的なものとは思えませんけれど」

 フリードリヒは冷たい眼差しをボジェナに向けた。彼女は側室に魅力など一切感じていないので、強気に彼を見返した。

「私はメイネス王国の者として恥ずかしくないよう整えようと思っているだけです」

「踊りはそれほど簡単ではありませんよ」

「殿下は踊れるのですか?」

「私は踊れるから王族のままなのです」

 フリードリヒの言葉の意味を測りかねたボジェナが口を開こうとした時、ゆっくりと馬車が止まった。

「目的地に着いたようですね」

 フリードリヒの従者が踏み台を置いて扉を開ける。扉を開けられてしまった以上、これ以上会話をするのは適切ではない。ボジェナは仕方なくフリードリヒに座ったまま頭を下げる。

「わざわざ送って下さってありがとうございます」

「いえ、帰りは別の馬車を迎えに来させます。案内役としてそちらの者を同行させましょう」

「しかしそれでは殿下が困りませんか?」

「貴女が辻馬車を使う方が困ります。申し訳ありませんが早く降りて頂いて宜しいでしょうか。私にも予定がありますので」

 フリードリヒにそう言われボジェナは返す言葉もなく、受け入れるしかない。バルバラとボジェナは大人しく馬車を降りた。二人を下ろした馬車はすぐに動き出す。ボジェナは横に立っている従者に視線を向けた。

「行く場所はわかっているので案内は特に要らないのだけれど」

「私は帰りの馬車の為の目印ですから、どうかお気になさらず」

 そのような事を言われても、まるで行動を監視されているみたいでボジェナは受け入れ難かった。そもそも彼女は辻馬車で何も困らないのだ。しかし土地勘のない場所で従者をまく事は出来ない。

「今日の目的は買い物なの。店の中までは入って来ないと約束をして」

「かしこまりました」

 従者は頭を下げて了承する。ボジェナは小さく息を吐くと、バルバラと王都を歩き出した。

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