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本当に学業を修めに来ただけです  作者: 樫本 紗樹
本編

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11/50

不安な事は一旦忘れよう

 コンラトより再び謁見の申し込みがあり、ボジェナとバルバラは以前と同じ応接間で対面していた。

「先日は資料と資金をありがとう」

 ボジェナは先日バルバラと買いに行ったワンピースを着ていた。王女らしさはないが、庶民派王女なのだと言われれば納得出来る程度には整っている。勿論肌や髪の手入れに力を入れているバルバラの努力もあってこそだが。

「お役に立てて光栄です」

 お金も十分に役に立ったが、資料も細かく書かれていてボジェナは満足していた。王族が多かったらどうしようと恐れていたが、フリードリヒが末子であり、現在レヴィ王都にいるエドワードの兄弟は他にジョージのみ。むしろ現在ナタリーが第五子を妊娠中の方に驚いた。彼女の異母兄弟で同母は三人までなのである。この夫婦に側室を持ち掛け続ける父の心境が彼女には全くわからない。

「それで父から色よい返事は貰えたかしら」

「あの日は招待状を見て冷静さを欠いてしまい申し訳ありませんでした。辞してからレヴィ風のドレスでないと問題である事に気付き、その旨を伝えました所、こちらが送られてきました」

 コンラトは持っていた包みをテーブルの上に置くと広げた。そこには金の延べ棒が一本と銀の延べ棒が三本ある。レヴィ王国で流通している貨幣がメイネス王国になかった為、延べ棒になったのだろう。

「私はまだレヴィに来て日が浅いからわからないけれど、ドレスを仕立てるのには十分なのかしら」

「勿論でございます。舞踏会用のドレスを二着ご用意出来ますよ」

「ブトウカイ?」

 コンラトとボジェナの会話はメイネス語である。しかしレヴィ語の舞踏会に当たる言葉がメイネス語になかった為、コンラトはレヴィ語のままで発音をした。当然、聞いた事もないボジェナは首を傾げる。

「はい、舞踏会でございます。楽団の音楽に合わせて踊るのですよ。式典でエドワード陛下と踊る事が叶いましたら、これ以上なくレヴィ王国の貴族の皆様方にボジェナ殿下を印象付けられる事でしょう」

「音楽に合わせて踊るとは、どういう踊りなのかしら」

 そもそもメイネス王国では舞踏会自体がない。夜会といえば宴であり、酒食を楽しむのである。ボジェナはその夜会さえ出席した事はないのだが。

「私も不得手でございますので、フリードリヒ殿下にご確認頂ければと思います」

「フリードリヒ殿下は夜会に出られないと言っていなかったかしら?」

「えぇ。夜会には出席されませんが、式典には参加されるそうです」

 コンラトにそう言われボジェナは困ってしまった。夜会の招待は断れても、国の式典は王族であるフリードリヒに参加義務があるのだろう。しかしエドワードの側室は不要だと言っているフリードリヒが、踊りを教えてくれるとは思えない。セオドアも忙しいと言っていたのだから期待は出来ない。

「半年で何とかなるものかしら。私、音楽には疎いのだけれど」

 ボジェナは当然何の芸術にも触れずに生きてきた。また、学生寮の階段で息が上がる自分に、踊る体力があるのかもわからない。

「ボジェナ殿下は難関であるこの大学に入学できたのです。出来ぬ事などありましょうか」

 コンラトは真剣な表情でボジェナを鼓舞している。しかし彼女は何でも出来る完璧人間ではない。そもそも勉強と踊りでは、努力する方向が違い過ぎる。

「一度経験があった方が宜しいかと思いまして、勝手ながら晩秋に催される夜会の招待状を手に入れました。実際、どのようなものか見て頂く方が早いでしょうから」

 そう言ってコンラトは封筒をボジェナに差し出した。彼女は封蝋を見ても、一体どこの家の招待状なのかわからない。しかし予習は是非ともしておきたいので、彼女は前向きに受け入れる事にした。

「他国の人間を招待してくれるなんて、心の広い方なのね」

「えぇ、スミス卿は誰にでも気さくに接して下さいます」

 スミスと聞いてボジェナは固まった。予習なのだから小規模の夜会だと思ったのだ。スミス公爵家ならば王宮ほどではないにしろ、大規模に分類されるに違いない。

「何の知識もない私が公爵家へ出向いても大丈夫かしら」

「不安はもっともでございます。スミス卿に相談した所、ダニエル様を付き添わせてくれるとの事でした」

 ボジェナの知らない所で話が纏まっており、断れる雰囲気はない。彼女はどうしようかと悩んだ。彼女の不安は表情に出ており、それを見たコンラトは笑顔を浮かべた。

「ドレスの事でしたら心配はございません。式典用のものはお任せ致しますが、スミス家の夜会用のものは案があります」

「すぐに用意なんて出来ないでしょう?」

 晩秋ならばあまり時間はない。数週間でドレスが用意出来るとはボジェナには思えなかった。しかしコンラトは延べ棒の横に一枚の用紙を置いた。そこには地図が描かれている。

「スミス卿に教えて頂いたのですが、既製品のドレスを扱っているお店の地図です。流行に左右されないものしかないそうですが、陛下のドレスよりは宜しいかと」

「父のドレスを批判していいの?」

「陛下のドレスはゆとりが少なくて踊るのに向きません。それを伝えたからこそ資金を出して頂けたのです」

 ボジェナがエドワードとの謁見の時に着用したドレスは身体の線に沿っていた。裾が広がっていないので踊るには不都合なのである。それを理解したボジェナはメイネス流のドレスなら踊りを回避出来る事に気付いた。しかし、明らかに場違いなドレスで出向くのと、踊れないのとではどちらが辛いのか判断が出来ない。

「このお店では仕立屋も紹介して頂けるそうですから、一度足を運ばれてはいかがでしょうか」

「随分とよくして下さるのね、スミス卿は」

 一体何の利益があって、リアンがここまでしてくれるのかボジェナには見当もつかない。

「陛下が一番お好きな物をボジェナ殿下はご存じでしょうか」

 コンラトの質問にボジェナは首を横に振った。流石に若い女性と言うわけにはいかないが、それ以外に何も思いつかなかったのだ。

「スミス地方の葡萄酒です。メイネス王国はスミス卿の顧客でもあるのですよ」

 コンラトの説明にボジェナは納得した。彼女は葡萄酒に詳しくはないが、スミス地方以外でも作られてはいるだろう。ベネディクトが一言、別の地方の葡萄酒を買うと言えばそれまでだ。それなら恩を売っておいた方がいい。しかも招待状と店の紹介だけなら元手はかかっていない。彼女はリアン・スミスの認識に計算高い男を追加した。

「今度講義が休みの日にバルバラと一緒に出掛けてみるわ。ちなみに生活費の方はどう?」

「そちらも期限付きではありますがお約束頂きました」

「期限付き?」

「はい。式典までは毎月支払うとの事です」

 ボジェナは思わずため息を吐いた。ベネディクトの考えがあからさま過ぎて呆れたのだ。式典で色よい返事がなければ用済みという事なのだろう。しかし大学は四年制である。残りの三年半を生活費なしでやっていくには、目の前にある延べ棒をそのまま取っておかなければ、着る物に困るだろう。

「それで納得したの?」

「来年も招待状を貰ってから交渉した方が早いと思いましたので」

 果たして次も招待状が貰えるものなのだろうか。コンラトとリアンの繋がりが見えた以上、在学中は手を回して貰える可能性はある。だが、以前コンラトはリアンの事をエドワードの意思を誰よりも尊重すると言っていた。顧客よりも仕える王の意見を優先するのではないだろうか。

「わかったわ。色々とありがとう」

「いえ。それでは、そろそろ失礼致します」

 コンラトは一礼をすると応接間を出ていった。扉が閉まったのを確認してバルバラはボジェナに近付く。

「ボジェナ殿下。生活費は半年きり、という事はないですよね」

「多分半年きりよ。だから無駄遣いは一切出来ないわ」

 不安気なバルバラにボジェナは冷たく言い切った。バルバラは悲壮な表情を浮かべたが、何か思いついたのか、明るい表情をボジェナに向ける。

「図書館があるのですから書物はもう買われないですよね?」

「そうね。辞書も借りられるし、教本は無償提供だから」

「それなら生活費の全てを被服費と日用品費にしても大丈夫ですね」

 メイネス王国では書物が手に入り難いので値段も高かった。書物を買わず、今ボジェナが着ている服で良ければ何とか四年やりくり出来るとバルバラは思った。

「全部を一気に使わないでよ。何が起こるかなんてわからないのだから」

「かしこまりました。レヴィ式のドレスはどれほど素敵なのでしょうか。お店に行くのが楽しみです」

 バルバラがあまりにも楽しそうに話すので、ボジェナもつられて微笑む。踊りには不安しかないが、どういうものかわからないので一旦忘れる事にした。

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